15、屑が化けると疫病神になるらしい
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(殿下、閣下! 大変です!)
昼下がりの執務室。いつもより若干多めの仕事を片付け、昨日話し損ねた残り二つの改革事項の話をしようと思っていたら、突然脳内に叫び声が。
これ、確かあのクリスマス魔術騎士のハラルドの声だ。
目の前で私の言葉を待っていた姿勢のまま瞠目している所を見ると、「閣下」は宰相の事を指しているようである。
そんなことを考えていると、再び脳内に声が響く。
(たった今、極秘で皇帝陛下の捜索に当たっていた騎士より知らせが入りました)
ああ、厄介事の予感しかしない。まーたあの屑親父が何かやらかしたのか。
我らが麗しき皇帝陛下は私が問題なく執務をこなしているのに安心したらしく、あれ以来失踪する頻度と期間が増加しているらしい(宰相談)。
「殿下、アレキサンドライト魔術騎士が面会をと」
「通して下さい」
おっと、ご本人の到着のようだ。
……なるほどね。こっちに急行しつつ、魔術で最低限の情報共有をしてくれていた訳だ。
「失礼致します。殿下、申し訳ございませんが緊急の案件ですので、正式な挨拶などは」
「ああ、結構です。騎士が急行ともなればそれなりの事情があるのは察しがつきますので」
「それでは早速。先ほど、仮住居にこちらの封書が届けられました」
屑親父の失踪率が高くなった辺りで、屑親父が厄介事を引き起こす確率が跳ね上がった。
(自分の身一つ守れないほど剣術が弱い癖に)わざわざ町のなかでも特に治安の悪い場所へ行き、身ぐるみを剥がされて。(ついでに命も盗られたらよかったのにと思った)
(ワイン数杯で酔うほど酒に弱いくせに)安酒をがぶ飲み飲みし、道端で行き倒れて。(そのまま凍死すればよかったのにと思った)
(一回もハンデ無しで勝ったことがないほど武術が弱いくせに)相手を見ずに喧嘩を吹っ掛けてはぼこぼこにされ。(そのまま撲殺されればよかったのにと思った)
それでも懲りずにまたやらかす。(その度に死ねば良かったのにと思った)
あんな屑でも一応は皇帝陛下。あの屑に何かあれば責任を負うのはその守護たる第一騎士団の騎士達。
まあ最も私が皇帝代理になってからは何とか彼らに責を問わないように取り計らってたけど。一応はあの屑の息子として、罪のない将来有望且つ自分の守護である騎士達を庇うのは当然といっていい。……恩を売っておこうとかは考えてないよ? 本当だよ?
っと、脱線、脱線。
とまあいろいろとやらかしやがった屑親父。
そして、やらかしまくったせいでかなり有名人に。
だがまさか、自分の力量も分からずにノコノコと危ない場所ばかりに遊びにいく阿呆が、二十三にもなって自分が飲める酒の量もわからない間抜けが、ヤクザさんに喧嘩を売って弱すぎて殺す価値も無いと判断された身の程知らずが、我が国の皇帝だと知られる訳にはいかない。
というわけで、作っちゃいました偽戸籍。ついでに仮住所やなんやらまで。
今では酔い潰れたり行き倒れてたりすれば、酒場とかの顔見知りが仮住所まで配達てくれる。
なので、騎士はその仮住所で屑を受け取るだけ。以前に比べれば格段に楽になったことだろう。(自主的に探しに行きたいものは行っても構わんと伝達しておいたのだが、誰も行かなかったらしい。懸命な判断である。)
で、その仮住所に届いたというお手紙。
封筒から取り出してみる。うわ、字が汚い。転生チートありがとう!多分普通に読んでたら解読不能だわ!
「えーと、『ハイルは我々が預かった。明後日の夜までに必ず血縁者が我々の元へ来るように。さもなくば、ハイルの命は無いと思え。尚、此方には血の繋がりが確認できる魔術の保有者がいる。血縁者の偽物を仕立てた場合もハイルを殺す』と。何が目的なんでしょう?」
ハイルとは、屑が町で使っている偽名だ。(初めて聞いたときにカルツじゃないことに安堵した)
「それが……全く分からないのです」
「送り主の住居はわかりますか?」
「はい。この手紙と一緒に地図が投函されておりました故」
「じゃ、早速行きますか」
全く以て迷惑極まりない話だが、現時点では屑の血縁者は私とアレクシスしかいない。まあ探せば他にも居るのだろうが、いたとしてもこの状況を知る者を増やす事は得策ではない。
……下手をすれば国中が大混乱に陥る。
「今すぐに、でございますか?!」
「現時点で最も防がなくてはならないのは陛下の殺害です。今あの人が死んだら、皇帝の座が宙に浮いてしまう。私では、まだ位を継げません」
そう、私は皇太子であり、皇位継承順位の第一位を有しているが、まだ、皇位を継ぐことができない。
一見矛盾しているこれは、国家の混乱を防ぐための「即位することができるのは皇位継承権を持つ成人のみである」という規定によって成り立つ物だ。
こんな状態に陥っているのは、ひとえに現在の皇室がかつてないほどに縮小しているからに他ならない。
通常、皇帝は正妻たる皇后の他に、側室たる皇妃を複数人娶る。しかし私の祖父である先帝はその皇后ーー私の祖母ーーを愛し過ぎるあまり、皇帝としての義務よりも愛をとり、皇妃を娶らなかった。挙げ句、祖母は1人目ーー屑親父ーーを産んだ直後に体調を崩し、それ以上の子を望めなくなってしまった。
ジュエリーを含め、この世界の「皇室」「王室」の定義は「君主の二親等までの血縁者から構成される」となかなかに厳しい。
そして、先帝の兄弟は既にこの世を去っている。
つまり、現在「ジュエリー皇家」の構成員は屑親父(役立たず)、母上(絶賛療養中)、私(二歳のガキ)、弟(右に同じ)の四人。そして繰り返しになるが、この中で玉座に座る資格があるのは屑親父ただ1人。
さて、ここでそもそも論を展開すると、私が今政務ができているのは皇帝の命令があってこそ。その屑が死ねば、私は皇帝代理の称号を剥奪され、かわって、「仮帝」という制度が発動する。これはラピスラズリ、エメラルド、ガーネットの三大公爵家当主のうちの1人が皇太子に代わって政務を行うものだ。
これ、本音を言うと結構怖い。
現・三大公爵家当主のなかで私がまともに話した事があるのはエメラルド家の当主である宰相ーーテオフィール・フォン・エメラルドーーのみであり、他の二人については顔と名前が一致する程度。まあ彼等についての悪い噂は聞いたことがないから政務を任せる事自体には、悲観視していない。
問題は、その周囲どもがどこの当主が仮帝になるかのいさかいーー下手を打てば内戦ーーを引き起こす可能性がそれなりにある、ということである。
特に、私の母はラピスラズリ、アレクシスの母はガーネット、屑親父の母はエメラルドと出身の家がそれぞれ違う。
皇帝の外戚であり、二人の皇子のどちらとも血縁関係を持つ、エメラルド。
それぞれ濃い血の繋がりがある皇子を擁する、ラピスラズリとガーネット。
どこの当主が仮帝になってもおかしくない。
だから、争いで解決しようと考える人間がいてもおかしくない。
そうなれば、幼い皇子たちは自身の利益しか考えない連中により利用され、最悪の場合暗殺される可能性もある。
……本編開始以前に死ぬとか御免なんだけど?ていうか内戦とか論外だし。どれ程の人間が巻き込まれ、命を落とすのか考えただけでもぞっとする。
そもそもあの屑がここまでやらかしまくることができたのは「息子にやらせれば自分は好き勝手遊んで大丈夫」と思い込んだからこそ。つまり、うかうかと代わりを勤めた私にも責任の一端くらいはある。
私が原作通りの私であったのなら回避できた事件。
私が私になったから、起きた事件。
ならば、私が今すべき事はとっくに決まっているはず。
屑親父を救い、現状を維持する。
そのために、屑親父を助ける。
というわけで。
「ハラルド、指定された住所までの案内を頼みます。すぐに支度を済ませるので移動の準備をお願いします」
「それでは、後ほど騎士団の詰め所までお越し下さい。あそこには専用の出入口がありますので、正面玄関に比べればより人の目に触れる機会を減らせると思います」
「分かりました」
仕事ができるイケメンというのは素晴らしい。
後は、これが何らかの陰謀であった時のための対策を。
「宰相は何かあった際に対応できる様に皇宮に残っていて下さい」
「承りました。必ずや、無事にお戻り下さい」
「……善処します」
あの屑が関わっているのだ。何が起きてもおかしくはない。
深呼吸を一つして、私は執務室を後にした。




