13、年齢と能力をかけた天秤は能力の方に深く沈む
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「宰相閣下、失礼致します。財務大臣がいらっしゃっております。」
自身の側近の声とノックの音に、思案の沼に沈んでいた現宰相、テオフィールは現実に引き戻された。
「通せ」
「おいテオフィール!なんだこれは!」
入ってくるなり手にしていた「それ」を眼前に突きつけてきたのは、財務大臣で、テオフィールの旧友でもあるフェルディナント・フォン・トパーズだった。
「見ればわかるであろう。皇帝代理の御意見書だ。」
「馬鹿言うな!たった二歳の子供にこんなものが書けるか!貴様、何をした!」
「何もしとらんぞ。そもそも何か言いたいことが有れば皇帝の威光なぞ借りずに宰相の権力でどうにかしとるわ。」
「…っではこれは誠に皇太子殿下によるものだと?」
「ああ。一言一句間違いない。ラインハルトがその場で書き取っていたからな。」
「……」
つまるところ、たった二歳の子供が財務省の書類の内容を理解し、それにコメントをつけるだけの知識量と頭脳を持ち合わせていた、ということだ。
「あの陛下のご子息とは思えんな…」
完全に不敬罪に問われる発言だが、テオフィールは咎めなかった。臣下として、同じくカールハインツの我が儘に振り回されてきた者同士である。もはや皇帝の悪口は暗黙の了解、咎める者はいない。
「他に何か?」
「いや、それだけだ。それと、恐らく他の大臣達もこの事に気づいているだろう…」
「そうだな。今夜辺り晩餐会でもやるか。」
「ならば私の屋敷が一番近い。セッティングは任せろ。連絡を頼めるか?」
「了解した。」
こうして、非公式の七長官会議が行われる事が決定した。
数時間後。
帝都でも一二を争う豪邸に、この国を動かしている面子が集まっていた。
宰相 テオフィール・フォン・エメラルド
財務大臣 フェルディナント・フォン・トパーズ
地方行政統括大臣 ルイス・フォン・ラピスラズリ
軍務大臣 フォルカー・フォン・ガーネット
外務大臣 オトマール・フォン・ラピスラズリ
司法大臣 イオニアス・フォン・ジェダイト
儀礼大臣 フレンツフェン・フォン・オパール
皇帝を補佐する六人の大臣とそれを纏める宰相。文字通り国を動かす彼らは、俗に「七長官」と呼ばれている。
「さて、本日皆に集まってもらったのは、皇帝陛下不在の際の御執務についてだ。」
口火を切ったのは宰相。他の六人よりも上の立場であることもあり、公式の場でも彼が議長を勤めることが多い。
「それでは、何か意見のある者は挙手を」
まずは意見交換から。そう思って発言すると、すぐに全員が手を挙げた。
「……では、財務大臣から右回りに発言をせよ。」
「……財務省の、本日の仕事効率は、私の知る限りでは最高のものだった。……常の四、五倍はあったかと思う。話によればこれは皇帝代理の制度を運用した結果であるというが、……これほどの成果が認められるならば今後も積極的に活用していくべきだと思う。以上だ」
「地方統括大臣」
「コメントの質が、普段とは段違いだとの印象を抱いた。各地の気候、風土、特産品、住民の人間性まで……それだけの知識がなければ、あれは書けまい。それも一つや二つでなく、本日分の書類が全て、だ。いつものように私が余分な指示を出さなくとも良いほどに。以上」
「軍務大臣」
「ここ二年間で初めて、期日内に書類が帰って来たのだ。それだけでもう十分にありがたいと思うよ。以上」
「外務大臣」
「国境問題の本質をきちんと捉えておられるのがコメントからよく読み取れた。『大事にするな』としか書かれていない今上帝や、『話し合いでどうにかしろ』との無茶振りしかしてこなかった先帝とは大違いだ。以上」
「司法大臣」
「……とある事例として提示なさった物が、二千年前の軍法会議でした。私も詳しくは目を通した事の無いほど、マイナーな物です。末恐ろしいとはこの事ですな。以上です」
「儀礼大臣」
「今度の御前祭礼の責任者の神官が、二年ぶりに皇帝の式辞を考えなくて済むと喜んどったわい。以上じゃ」
……現皇帝の執務のいい加減さが多分に伺える会話内容である。
「他に言いたいことのあるものは?………居らんか。では諸君らの総意は、この先も皇太子殿下による執務を認める、で宜しいか?賛成者は挙手を」
即座に、七人全員が挙手をした。
この段階で、皇太子の年齢に触れるものは誰もいない。
二年前に亡くなった、先帝の時代はまだ良かった。極度に「平和」を重んじ、軍部の縮小を図ろうとし、その隙に隣国が攻めてくるという事件こそあったものの、大幅な書類の遅れは見られなかったし、何より最低限の仕事はする皇帝であった。
今上帝の治世になってからは、期日内に書類が戻ってくる方が珍しくなり、その分面倒な手続きをしなければならない回数が激増した。そのため、就業時間に帰れる文官の方が少数派になる始末。既に数人、過労による物とみられる死亡者がいる。体調を崩した者に至っては最早数えきれない。
そんな状況でのこの吉報だ。皆が皆、諸手を上げてこの皇帝代理の存続を望むのは当然と言って差し支えない。
「補佐」どころか「丸投げ」してくる皇帝と、「補佐」が要らないほどに聡明な皇太子とならば、後者の方をとるのはギリギリとはいえ常識の範囲内だろう。
別に彼らに良識が無いわけではない。彼らとて、自分の子供や孫と同世代の幼児に進んで重責を負わせたいとは思っていない。だが、その能力のある二歳児に仕事をさせるという良心の呵責と、自身と部下の命を天秤に掛ければ……。結果はまあお察しの通りだろう。
誰しも、死ぬのは怖いのである。
そして、彼らの頭の中には最早、今上帝に再び執務を任せるという選択肢は残っていなかった。
皇帝陛下、ついに部下にも見捨てられました。
ブラック企業な労働環境の恐怖は恐ろしい……




