12、皇帝代理の仕事とは
第236代ジュエリー皇帝カールハインツ三世。
それが私の血縁上の父にあたる男である。
そして、五年前に皇室とラピスラズリ家の顔に泥を塗り、ガーネット家に多大な迷惑をかけ、自らの婚約者――まあつまりは私の母の事だが――の心を病ませた人間の屑でもある。さらには皇帝という立場を軽視して、自重の"自"の字も知らず、護衛の隙をついて公務をサボり、町へ繰り出す始末である。
ご丁寧に『余が不在の間は皇太子に代理を務めさせるように。公務に必要な権限は全てクラウスに与えるものとする』とか書いた置き手紙を残して。
という訳で、前世の事を思い出してから約1ヶ月。私ことクラウス・フォン・ダイヤモンドは若冠二歳にして「皇帝代理」の職を賜り、まだ先の事と思い込んでいた政務をする事と相成った。
あーあ、屑親父め。自分の仕事くらいは自分でしろよ。私は今「ジュエリー帝国戦争史」読むのに忙しいんだよ。あーあ、早く終わらせて読みたいなぁ…。最近はとりあえず世の中の常識程度は頭に入れておこうと思って地理系の資料集ばっか読み漁ってたから、久々の読書らしい読書に張り切ってたところだったのに…。せめて一回読み終わった後だったら諦めがついたのになぁ~。まだ十分の一とちょっと位しか読んでないのになぁ~。あーあ、早く続きが読みたいな~。
「どうせよというのだ…。儀礼や外交はともかくとして、書類仕事は流石に殿下では荷が重いだろうに…」
「しかし本日の執務は全て書類仕事でございますよ?一応とはいえ陛下のご命令。背くわけにもいきませんし…」
どうしたものだろうか。
目の前でこちらに背を向け、困惑した様子で会話をしているのは、テオフィール・フォン・エメラルド宰相と、皇帝の側近を勤める、ラインハルト・フォン・ターコイズだ。時々ちらちらと私に目を向けているのは話の内容が内容だからだろう。
まあ困惑するのも無理はない。歴史をどんなに紐解いても二歳の皇太子に仕事を押し付けて遊びに行く皇帝など出てこないだろう。
しかし、お忍びで城下に逃げ出すほどに面倒くさい仕事とはどんなものなのだろう。
テーブルに置かれた書類を手に取ってみる。読み始めた感覚ではそこまで難しい内容では無さそうだが。ペラペラとページをめくっていく。まあ回りくどい説明をしているところもあるから、強いて言えばそこが読みずらいという程度。それだって普段読んでいる、図書室にある小説に比べたら単純だし、情報量は資料集やら戦史の本に比べれば格段に少ないので、すらすらと頭に入る。
数分で読み終えた書類の最後にサインする欄っぽいものを見つけたので、未だこそこそと話している二人に声をかける。
「あの、この書類って読み終わったらどうすればよいのでしょうか」
「…っ!殿下、その内容が理解できるのですか!?」
「ペリドット侯爵領で起きた雪崩の件ですよね。雪崩の防止柵の設置が早急に必要だというのはもっともだし、その他の危険性が高そうな地域にも設置をするのは公平性を重んじる上で大切だと思います。しかし、全てに国家の支援をしていてはかなりの出費になりますから各領主の資産状況などを確認し、適宜資金を出させるべきでしょう。程度については…そうですね、まずは爵位ごとに基準を作り、その上で微調整をしていくというのは?」
「……っ失礼いたしました。殿下のご聡明さを侮った事、深くお詫び申し上げます。」
何をそんなに驚いているのだろうか。そもそも私がここに連れてこられたのはそれが目的だったのではなかろうか。
「だって、わたしが皇帝陛下の代わりにこれをどうにかしろというご命令なんですよね?理解できなければ元も子も無いではありませんか」
「確かにその通りでございますが…ああだが他に解決策が見つからぬ以上仕方ない…。読み終わりましたら、指定欄にサインをお願いいたします。」
素直に疑問を口にすれば、暫く逡巡してから応えてくれた。言われた通りにサインとコメントをし、次を手に取る。サインした書類は側近がコメントを書き取った紙と共に宰相が控えている侍従に運ばせる。昼休憩を挟みつつ、それをひたすら繰り返すと、思ったよりも可及的かつ速やかに机上の書類の山は無くなった。こんなに簡単でいいのだろうかと宰相を伺うと、お疲れ様でしたと頭を下げられる。
「他にすることはありませんか?」
「本日は御前会議もございませんし、本日の執務はこれで終了でございます。」
「…いつもこのような感じなのですか?」
「はい。他国の要人の訪問や月はじめの御前会議、三ヵ月に一度の各省庁の視察、重要なパーティーへの出席、新年の国民への演説など以外はこういったものばかりでございます。」
…まじかよ。皇帝ってこんなに暇なのか。前世の高校生のがよっぽど忙しいだろ。
「…陛下はこれが嫌で逃げ出したんですか?」
「恐らく、そうかと。」
どんだけ面倒くさがり屋なんだ。
「ところで、ここに来る書類はいつ頃届けられるのですか?」
「基本は前日の夜に各省庁から提出され、執務が始まる前に私とラインハルトで緊急性の高いものから並べ直しておきます。」
「一週間前の日付の書類も在りましたが、それは?」
「陛下が長ったらしいから後にする、と仰って、そのままになっていた物ですね。」
…なるほど。先程父上の事を「面倒くさがり屋」と評したが、これは「半端ではない無能」と訂正すべきだな。
「ともかくも、これで用済みであれば失礼しても?」
「はっ。お疲れ様でした。この後は皇后陛下の元へ?」
「ええ。日課みたいなものですから。」
母上の調子はだんだんと快方に向かっているらしい。とりあえずは最初に決めた通り「婚約者ごっこ」を続けるべきだろう。
そんな事を考えながら、「カルツ様」を待っているであろう母上の元へ向かう足を少し速めた。




