7話 調理実習
火鷹たちのクラスは家庭科室に移動していた。火鷹の隣には舞が歩いていた。
「調理実習かー、課題なんだっけ?」
「今日は包丁の使い方をみるらしい。大根とイワシだったはず」
「魚かー、苦手なんだよなー」
舞は口をへの字に曲げて憂鬱そうな表情をしていた。
「俺も料理はしないから自信ない。練習はしてきたけど上手く出来るか……」
「一緒に頑張ろう!」
「班は別々だけどな」
「一緒の班だったらもっとやる気出たわ。あたしの手料理を食べてもらえる良い機会だったのに」
家庭科室の席に着くと先生から今日の課題について説明がされた。
「今日は大根の桂剥きとイチョウ切り、それからイワシを三枚に下ろしてもらいます。包丁を使うので気を付けてね」
火鷹たちはエプロンを付けて、班ごとに順番に食材を捌き始めた。それを先生が見守って一人ひとり採点していくのだ。
クラスメイトはみんな苦戦していた。野菜ならまだしも魚を捌くことは今までになかったからだ。
「火鷹くん、どう? 自信ある?」
同じ班の夜露が火鷹に質問した。
「あんまりだな。夜露は?」
「あたしはバッチリ。普段から料理手伝ったりしてるから」
夜露は普段から家事を手伝って料理もしているため、今回の調理実習にも自信があった。
(火鷹くんにいいところを見せなくちゃ!)
夜露は気合十分だった。
そして夜露と火鷹の班の番になった。夜露は長い黒髪をポニーテールに結んで、邪魔にならないようにした。
まずは火鷹が先生に見られながら包丁で捌き始めた。
火鷹は包丁を持って大根に刃を入れる。力が入っており、刃が滑って危なっかしかった。大根の桂剥きは途中で途切れ、厚さもバラバラで無惨に失敗に終わった。
イチョウ切りをする際も力を込めすぎて、切るたびにダンっと大きな音を立てていた。まな板に包丁が叩きつけられる音がした。
一方で夜露は力の抜けた自然体で大根に刃を入れていた。そして見事に繋がったまま桂剥きを成功させた。
「おぉー、すごい」
火鷹と班員から称賛の声が漏れた。そんな夜露はイチョウ切りも難なくこなした。
そして次はイワシの三枚下ろしだ。火鷹はイワシの頭を落として、腹を裂いて内臓を取り出した。
「うっ……」
火鷹はこの作業が苦手だった。家で練習したときも内臓が出るグロさから顔を顰めていた。また手先が生臭くなるのも嫌な点だった。
火鷹は綺麗に血を洗い流したイワシを三枚に下ろす。骨に沿って包丁を入れていくが、かなり身を骨に残してしまった。
火鷹は綺麗に魚を下ろせなかった。
一方で夜露は何の躊躇もなくイワシの頭を落として内臓を取り出した。夜露は表情ひとつ変えない。
他の女子は派手なリアクションを取っていると言うのに。他の女子は叫んだり呻いたりして顔を歪ませていた。
そして夜露は滑るように骨に沿って包丁を入れる。骨から綺麗に身を取っていた。
「完璧ね」
先生は夜露に最高の評価を与えた。
「夜露は器用なんだな」
「ふふ、上手でしょ」
夜露は火鷹に褒められて嬉しそうにした。それを見ている別の班の舞はつまらなさそうに仏頂面をしていた。
班が一緒なのをいいことに露骨に火鷹にアピールしている夜露が気に入らないのだ。夜露からすればいつも一緒にいる舞が離れる今回は、火鷹にアピールする絶好のチャンスなのだ。絶対に逃せなかった。
そして舞の班の番になった。舞は大根の桂剝きとイチョウ切りはそつなくこなした。しかし問題はイワシだった。
「うー、嫌だなぁ……」
舞は魚が苦手だった。食べるのも好きではないし、捌くのも嫌だった。舞はイワシの頭を落とそうとして手が止まった。
イワシと目が合ったからだ。光のない濁った目が舞を見つめる。
「うぅ、ごめんね……」
舞はイワシに包丁を入れる。イワシから血が出てまな板を赤く染める。舞は目を逸らしながらイワシの頭を切り落とした。
舞はこの瞬間が嫌いだった。命を奪う感覚が苦手だった。骨を断ち切る固い感覚に、香る血の匂い。
そしてイワシの腹を裂き内臓を掻き出す。舞の綺麗なネイルに血が付く。
「あぁ……」
ようやく下処理が終わった。その後、舞は口を一文字に結びながらイワシをサンマに下した。
「ふぅー、緊張した……」
すべての課題が終わった舞は大きく一息ついた。
そしてすべての班が大根とイワシを捌き終えたところで、次は調理に移る。イワシは甘露煮に、大根は味噌汁にする。
この調理は採点に含まれない。そのため班で一番料理が上手いものに任された。火鷹の班は夜露に調理を任せた。
「任せて! 美味しく作るから!」
夜露は頼られて嬉しそうだった。そして夜露は手際よく作業をこなした。イワシを鍋に入れて醤油にみりん、酒と生姜と砂糖を入れて煮た。
その間に大根も鍋で煮て火を通していた。ほとんどを夜露一人でこなしていて、火鷹たちが手伝うことはなかった。
そして甘露煮と味噌汁が完成した。良い匂いが家庭科室に漂っていた。
今日はこのままここで昼食を取ることになった。弁当を取り出して班ごとに食べ始めた。
火鷹は甘露煮をおかずに米を食べた。
「美味しい! すごいな、夜露!」
「ありがとね」
夜露は美味しそうに食べる火鷹を、慈愛の籠った表情で見つめていた。すると夜露は火鷹に近づき耳元で囁いた。
「私、いつでもお嫁さんに行けるよ」
「な!?」
夜露の言葉に火鷹は動揺する。火鷹はまるで夜露に逆プロポーズされた気分だった。恥ずかしくなった火鷹は顔を真っ赤にして、黙々と弁当を食べた。
夜露は満足気だった。自分の存在を強く火鷹に刻めたからだ。
そんな二人のやり取りを神通力で盗み聞きしていた舞はかなり不機嫌だった。購買で買った弁当や甘露煮を雑に大口で食べて、目を細めていた。
「ま、舞ちゃん、大丈夫?」
「は? 何が?」
同じ班の女子が気を遣って声を掛けるが、舞はキツく対応した。今は取り繕って優しくする余裕がないのだ。
舞は夜露の方を睨みながら味噌汁を飲む。すると夜露が舞の方をチラッと見た。そして勝ち誇ったような笑みを見せてきた。
一瞬のことで他の生徒は気付くことはない。しかし舞にははっきりと見えていた。
(くぅーっ! 何、その顔! 嫁力は自分の方が上だとでも言いたいの!?)
舞は悔しさから貧乏ゆすりをした。
(あたしだって魚がなければ料理くらい出来るっての! すぐに挽回するから!)
舞は夜露に対抗心を燃やした。絶対に自分の方が火鷹に相応しい女だと証明してみせると誓った。
舞と夜露の間に剣呑な雰囲気が流れながらも、昼食の時間は終わった。そして班ごとに片づけを始めた。
火鷹たちは調理のほとんどをしてくれた夜露のために、片付けを率先して行った。洗い物に排水口の掃除をした。
そして片付けの終わった班から家庭科室を後にした。舞は先に出ていく夜露と火鷹の背中を見つめていた。
※
その日の夜、ベッドで音楽を聞きながらくつろぐ火鷹はスマホが光るのに気付いた。それは舞からの連絡だった。
『明日、お弁当持ってこないで』
短い文章だった。
『何で?』
『いいから。期待してて』
火鷹は疑問を持ちながらも母親に明日の弁当がいらないことを伝えた。
「ふーん、弁当いらないんだー。そうなんだー」
母親は何かを察していたが、火鷹は気付かなかった。
そして翌日の昼休み。舞と火鷹は机をくっつけた。
「はい、火鷹! お弁当作って来たから食べて!」
「まじか、いいのか?」
「もっちろん!」
「ありがとう、舞!」
火鷹は弁当箱を開けた。そこにはいろんなおかずが詰め込まれていた。色鮮やかで、かなり映える弁当だった。
おかずの種類もバランスも良く、さらに米を大盛りで食べ盛りの火鷹にはとてもありがたかった。
「作るの大変だったんじゃないか?」
「少しね。でも火鷹のためだから頑張れた!」
それを聞いていたクラスメイトは、舞の健気さに心を打たれていた。
(何て良い子なの、舞ちゃん……っ!)
(火鷹のことが大好きなんだなー。それで弁当まで作るなんて、愛じゃん!)
一方で夜露は無表情だった。
「さ、食べて! 火鷹!」
「いただきます」
火鷹は美味しそうなミニハンバーグを口に運んだ。それはとても美味しく、米が進む味だった。
「うまっ! 舞、最高だ!」
「でしょ! 冷凍は使ってない、全部手作りだからたっぷり味わってね!」
舞は冷凍食品をまったく使わずに弁当のおかずを用意したのだ。それはかなり手間の掛かることだった。
舞は前日から準備して、さらに朝早くから料理をしたのだ。それは偏に火鷹を想う気持ちがあったから出来たことだった。
火鷹はあっという間に舞の作った弁当を食べ終わった。すべてが美味しく、まだ食べていたいと思うほどだった。
「美味しかった! ありがとうな、舞!」
「ふふ、まだ終わりじゃないんだなー」
舞は笑みを浮かべながら、さらに小さなタッパーを取り出した。
「じゃーん!」
そこにはたくさんのフルーツが入っていた。
「食後のフルーツはいかがー?」
中にはウサギ型に切られたリンゴ、輪切りのキウイ、イチゴが入っていた。色鮮やかでみずみずしいフルーツだった。
「さ、食べて食べて!」
まだまだお腹に余裕がある火鷹はさっそくフルーツに手を付けた。
「うわ、これ凄い美味いな!」
舞の持ってきたフルーツはとてもみずみずしくて甘く、ほのかに酸味が効いていてとても美味しかった。
舞は火鷹にフルーツの美味しさの秘密を耳打ちした。
「実はこれ、高天原のフルーツなの」
「え!? 俺が食べてもいいのか!?」
「もちろーん! どんどん食べて!」
舞は火鷹を喜ばせたくて、高天原の特に美味しいフルーツを取り寄せたのだ。神の肥えた舌も唸らせるフルーツだった。
火鷹はフルーツを夢中になって食べた。舞は美味しそうに食べてくれる火鷹を見られて幸せだった。
一方でそれを見る夜露は唇を強く噛んでいた。
※
陽も落ちて暗くなった。夜露は部屋で日記を書いていた。そこには火鷹の行動が書かれていた。
楽しそうに男子と話す様子、その会話の内容。授業中に眠そうに船を漕ぐ様子も。
そして火鷹のことの他に舞への嫉妬が書き連ねられていた。
「火鷹くんには私の方が相応しいもん。料理も私の方が上手いし」
夜露は日に日に火鷹への想い、舞への嫉妬が増していた。
「火鷹くんを、私が幸せにしてあげるんだ……」
そんな夜露に黒い影が降りてきていた。それは誰も気付けないほど小さなものだった。しかしそれは確実に夜露の心に入り込んでいた。




