6話 ミチカケヒメは見極める
「あぁー! つまんない!」
五月の末の図書室、舞の喚く声が響いた。
「舞、静かにしないと」
火鷹が舞をたしなめる。他の生徒の迷惑になるからだ。
「わかってるけど、じっとしてるのって性に合わないんだよねー」
舞と火鷹は図書室で中間テストの勉強をしていた。テスト一週間前ということもあり、図書室は勉強する生徒で混雑していた。
どこの席も埋まっていて、空いているのは間を取るための一席くらいだった。
舞と火鷹は席を寄せて窓際に座っていた。
「勉強って苦手だなー」
舞は足をバタバタと忙しなく動かして、動き回りたいという衝動を抑えていた。舞は机に頬杖して不貞腐れた顔をしていた。
「高天原ではどうしてたんだ?」
「あたしのお姉ちゃんが学芸の神でさ、全部任せてたんだよね」
「姉がいたんだ」
「そう、結構仲も良いんだよ」
火鷹は初めて舞の家族関係を聞いた。当然舞の姉も神で、学芸を司っていた。
「あたしが踊って神を鎮めたり喜ばせたりして、お姉ちゃんが事務仕事とか手続きをやってくれてたんだよねー」
舞と舞の姉は互いを補い合っていた。
「あーあ、お姉ちゃんがいれば、勉強なんて楽勝なんだけどなー」
「そうも言ってられないだろ。補習になったらもっと時間が取られるぞ」
「あー、つまんない」
火鷹は先日に夜露から勉強を教えてもらっていたのでスラスラと練習問題を解いていた。
「火鷹は順調そうだね。何で? 勉強苦手じゃないの?」
「この前夜露に教えてもらったんだ」
「ふーん、そっかぁ」
舞の機嫌が一気に悪くなる。しかしそれを火鷹には悟らせなかった。
舞は火鷹を巡る争いの宣戦布告を受けていた。そのため夜露のことを警戒しているのだ。舞は教室ではなるべく火鷹と一緒にいて、夜露が近づけないようにしていた。
牽制を欠かさず、火鷹とのスキンシップも増やしていた。
しかしそれでも夜露は隙を見て火鷹に接触してアピールをしていた。夜露のことは油断出来なかった。
「いつ教えてもらったの?」
「この前の日曜に」
「二人で? 場所は?」
舞は剣呑な空気で火鷹を問い詰める。ドロッとした嫉妬を纏った舞は火鷹に怖さを感じさせた。
「よ、夜露と二人で。場所は俺の部屋だけど……」
「部屋で二人きりで勉強したんだー、へー」
舞は目に見えて不機嫌になった。頬を膨らませて、眉は下がり目は細くなっていた。しなやかな指で机を叩いていた。
「今度あたしも火鷹の部屋に遊びに行くから」
「え、来るのか?」
「何? ダメなの? 夜露は良くて、あたしは行っちゃダメなんだ?」
「そ、そんなことはないけど……」
「じゃあ決定ね」
舞は有無を言わせず約束を取り付けた。
「それで、夜露とは勉強以外には何もなかったんだよね?」
「うっ、それは……」
火鷹は夜露の胸を揉んでしまったこと、夜露に押し倒されたことを想い出した。
「何かあったんだ……」
舞は返答に詰まった火鷹を見て、夜露と何かあったことを理解した。舞は夜露のスタイルを思い出していた。
(あんのデカパイで迫られたらあたしは不利だ。スタイルは負けてるけどあたしの魅力はそんなもんじゃない! もっと火鷹を誘惑してやる!)
舞はこれまで以上に火鷹に迫って気持ちを自分に向けさせようとした。舞は席を寄せてもっと火鷹に密着した。
「な、どうした?」
火鷹は体を寄せてきた舞に困惑した。舞が近づいて来たことで体温を感じて、いい匂いがしてきていた。
「ねぇ火鷹、勉強なんてやめて、もっといいことしない?」
「い、いいこと?」
「そう、いいこと」
舞は火鷹の太ももを撫でた。火鷹はゾワゾワとした感覚に体を震わせた。撫でられたところから快感が走っていった。
さらに舞は火鷹の耳に息を吹きかけた。火鷹は声を出さないように我慢するのが精一杯だった。
公然と行われるエロい誘惑に周りの生徒を顔を赤くしていた。
(あの子、すごい積極的……)
(羨ましい! あんなエッチなことされるなんて……!)
生徒は困惑半分、興味半分といった感じで二人をこっそりと見ていた。次はいったいどんなエロいことが行われるのか期待していた。
すると舞の後ろから肩をチョンチョンと叩く人物がいた。
「何よ?」
舞は火鷹の誘惑を邪魔をされて不機嫌な様子で振り向いた。鋭い目付きで後ろを向いた。そして舞は口をあんぐりと開けた。
「え!? 何でいるの!?」
舞の様子がおかしいことに気付いた火鷹も後ろを振り向いた。
そこには亜麻色の艶のある髪を腰まで伸ばした美人が立っていた。制服を着ているので高校生なのがわかるが、凛とした空気はもっと大人のように思わせた。
「舞、知り合いなのか?」
「そっか、今は舞って名乗っているんだったわね。初めまして、そして久しぶり。私はミチカケヒメ、舞の姉よ」
※
舞と火鷹、そして舞の姉のミチカケヒメは図書室から場所を改めて廊下に移動した。
「もう舞ったら、神聖な学業の場であんな破廉恥なことをするなんて、良くないわよ!」
「ごめんなさーい」
「あなたが人間に混ざって勉強しているって言うから来てみたけど、やっぱりダメじゃない」
ミチカケヒメは舞に小言を言っているが、その表情は怒っておらず楽しそうだった。ミチカケヒメは久々の姉妹のやり取りが嬉しいのだ。
「それで、お姉ちゃんは何で人間界に来たの?」
「アマカゲヒメにあなたのことと火鷹くんのことを聞いてね」
「俺のことですか?」
火鷹は神に自分の名が広まっていることを知った。
「そう、舞の信頼している人間がどんな人物か見極めに来たの!」
「もう、そんな必要ないって。火鷹は最高にカッコいいから問題ないよ!」
「それは私が判断するわ。舞は昔から面倒な男に好かれるから、心配なのよ……」
ミチカケヒメは舞のことを想っているようだった。姉として妹の好きな相手のことを調査しておきたいのだ。
相手が神であっても人間であっても、頼れる男であるかを見極めるのだ。
「お姉ちゃん、見極めるってどうやるの?」
「これから二人にはデートをしてもらいます! それを見て火鷹くんのことを知りたいと思います!」
「デートしていいの!? やったー! ラッキー!」
舞は勉強を切り上げてデートが出来るとわかり嬉しそうだった。
「それじゃあさっそく行こう、火鷹!」
舞は火鷹の手を引いて学校を出ていった。その後をミチカケヒメはついて行った。
※
「ちゃんとしたデートって初めてだよね! どこ行こっか?」
「小腹空いてるし、近くの公園のフードトラックとかどう?」
「いいね! 行こう!」
舞と火鷹は近くの公園に良く停まっているフードトラックに行くことにした。その会話をミチカケヒメは離れた場所から神通力で聞いていた。
(デートでしっかりとエスコート出来るのはポイント高いわね)
ミチカケヒメはメモ帳に火鷹のことを採点していた。
(しかもしれっと道は車道側を歩くのも良いわね! なかなか良いじゃない!)
ミチカケヒメは火鷹の細かい気遣いまで見ていた。火鷹は若いが女性への気遣いが出来ていた。
(天然でやっているとしたら、かなりのプレイボーイね)
そして二人は公園に着いた。今日はホットドッグのフードトラックが来ていた。良い匂いが公園に漂っていた。
「あたしこのスパイシーなのがいい!」
「俺はチーズが掛かったやつにしようかな」
ホットドッグを買った二人は公園のベンチに座った。
「美味しーい!」
舞は大きく口を開けてホットドッグを頬張った。まるでリスのようで愛らしかった。
そのときに舞の口の端にケチャップが付いた。
「舞、口の横」
「んー」
火鷹はティッシュを取り出して舞の口を拭いた。
「ありがとう!」
「どういたしまして」
それを見ていたミチカケヒメはドキドキしていた。
(口を拭かせるとは、かなり舞に信頼されているのね……。それにしても舞も相変わらず可愛いわね)
舞が人間に、しかも男にここまで気を許して甘えているのはかなり珍しい光景だった。ミチカケヒメはこれまでそんな舞を見たことがなかった。
ミチカケヒメは舞から火鷹への信頼の高さを知った。それから舞の可愛らしさも再確認していた。
「ねー、そっちのやつ一口ちょうだい!」
「いいけど、食べ掛けだぞ?」
「もう、今更気にしないって!」
火鷹はチーズの掛かったホットドッグを舞に差し出した。それにかぶりつく舞。
「うーん、こっちも美味しい!」
舞は嬉しそうにしていた。一方で火鷹が恥ずかしそうにしたのをミチカケヒメは見逃さなかった。
(火鷹くんは初心なのね。女慣れしているより全然いいわ)
そしてホットドッグを食べ終えた二人は街の中心へと繰り出した。
「CDショップに寄っていいか?」
「いいよ!」
CDショップでは、二人は真剣な顔をして選んでいた。
「この曲良い感じだ」
「ほんと? 聞いてみる!」
視聴用のヘッドホンで曲を聞いては、二人で感想を言い合っていた。
(舞と火鷹くんは趣味が合っているのね。相性ピッタリじゃない!)
ミチカケヒメは舞と火鷹の相性の良さを理解した。
二人が去った後、ミチカケヒメは同じ曲を聞いてみていた。
(舞はこんな曲が好きなのね。ノリノリでいいじゃない!)
そして二人は最後にゲームセンターに寄った。そこで舞はダンス系のゲームに挑戦した。曲に合わせて踊って、それが採点されるというものだ。
舞は踊りの神なだけあり、素晴らしい踊りで高得点を連発していた。
「火鷹も、一緒に踊ろうよ!」
「わかった」
隣の筐体で火鷹も一緒に踊って楽しんだ。
(舞と一緒に遊んで、そして楽しそう!)
ミチカケヒメの火鷹の評価はすでに満点に近かった。細かい気配りに、舞からの信頼、共通の趣味、そして舞と一緒にいるのを純粋に楽しんでいるからだ。
下心も感じられず、友達としてもやっていけそうな距離感はとても素晴らしいものだった。舞の可愛らしさに惑わされない高潔さが火鷹にはあった。
舞と火鷹が踊っていると、舞の踊りに惹かれて人がどんどん集まって来た。
そこに柄の悪そうな男たちも来ていた。
「いやー、君可愛いし、踊り上手いんだね! どう、俺たちと一緒に遊びに行かない?」
「は? 何言ってんの?」
舞は一気に仏頂面になり、男たちに塩対応をした。しかし舞の反応を男たちは気にしなかった。
「そう言わずにさー! 俺の上で踊らせてやるから来いって!」
そのとき、舞と男たちとの間に火鷹が割って入った。
「おい、いい加減にしろよ」
「な、なんだよ彼氏か?」
「そんなところだ」
火鷹は鋭い眼光で男たちを威圧している。火鷹と男たちは同じくらいの体格だが、火鷹の方が迫力があった。
それに気圧された男たちは舞を諦めて、逃げるようにその場を後にした。
「べー!」
舞は情けなく逃げる男たちに舌を出した。
「火鷹、ありがとう! また助けてもらっちゃった!」
「いいって。舞は可愛いから、声掛けられやすいんだし」
「うー、火鷹! 好き!」
舞は喜びを抑えきれずに火鷹に抱き着いた。それを人混みの中から見ていたミチカケヒメ。興奮を抑えきれずに息を荒くしていた。
(何て尊いのかしら……! 素敵ね!)
ミチカケヒメの採点は満点を突破していた。火鷹には漢気があり、舞を守るという気概がある。それをミチカケヒメは実感した。
そして家路に就いて、分かれ道でミチカケヒメは二人の前に姿を現した。
「火鷹くん、あなた最高よ! 舞のことを大切にしてね!」
「は、はい」
「これは今回のお礼よ。良い物を見せてくれたからね」
ミチカケヒメは舞と火鷹の頭をチョンっと触った。
「あの、何を?」
「これで勉強が捗るはずよ! 中間テスト、頑張ってね!」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
ミチカケヒメは二人に学芸の神の加護を与えたのだ。
後日、二人は中間テストで自己ベストを更新した。




