5話 夜露の誘惑 ★
ある週末、住宅街を歩く一人の少女がいた。少女は肩を大胆に露出した服を着ていた。さらにスカートも短く、眩しい太ももが晒されていた。
それは夜露だった。夜露はかなり気合を入れた服装をしていた。火鷹に少しでも興味を持って欲しいため、露出多めの服を着ているのだ。
夜露はCDを借りに行くという口実で火鷹の家に来ていた。
そして夜露は教えられた住所に着いた。立派な一軒屋だった。そこには杉菜という表札が掛かっており、火鷹の家だと確信出来た。
夜露は深呼吸をして、逸る鼓動を落ち着かせようとした。好きな人の家に入るのだ。緊張していた。
夜露はインターホンを押した。するとすぐに扉が開いた。そこには普段着の火鷹がいた。火鷹はTシャツにジーパンというラフな服装だった。
(ラフな火鷹くんもカッコいい!)
制服か学校指定のジャージ姿しか見たことがなかったため、普段着の火鷹が夜露には新鮮に感じられた。
「いらっしゃい、入って」
火鷹は夜露を家に招き入れた。火鷹は何でもない風を装っているが、内心は夜露の恰好にドキドキしていた。
(何か夜露、露出多くないか? 気のせいか? 気にし過ぎか? 指摘したらキモいよな……)
火鷹はクールぶって夜露を二階の部屋に案内した。
「おうちの人は?」
「今は出掛けてる」
「へー、そうなんだ」
家族が不在だと聞いた夜露の目は鋭くなった。まるで獲物を狙う猛獣のようだった。
それに火鷹は気付かないまま夜露を部屋に入れた。夜露が火鷹の部屋に入ると、そこは綺麗に片付いていた。
「綺麗な部屋だね」
「夜露が来るからめちゃくちゃ掃除したんだ」
「ふふ、ありがとね」
夜露は好きな人の部屋の中を見回す。壁にはロックバンドのポスターがたくさん張られていて、棚にはCDがたくさん飾られていた。
(火鷹くんの部屋って感じだなー)
夜露は大きく息を吸って肺の中を火鷹の匂いで満たした。
「女子が部屋にいるのって結構恥ずかしいな……」
「今まで女の子は誰も入れたことなかったの?」
「あぁ、夜露が初めてだ」
「そうなんだー」
夜露はにんまりと笑った。他の女子が誰も、特に舞でも来たことのない火鷹の部屋に一番乗り出来たことが嬉しいのだ。
夜露は一歩リードした気分になっていた。
「そうだ夜露、これが新しいCD」
火鷹はCDの入っている棚の一番右側からバンドの新シングルを取り出した。
「ありがとう、家で聞いてみるね」
「それで、今日はこの後どうする? うちゲームとかはあんまりないんだけど……」
「それは考えてきたよ」
夜露はトートバックから教科書を出した。
「中間テストも近いから一緒に勉強しよ!」
「勉強か……」
「嫌?」
「知ってると思うけど、勉強はあんまり得意じゃないからな。でも夜露がいるなら出来る気がする」
「ふふ、なら一緒に頑張ろ」
夜露と火鷹はテーブルを挟んで対面に座った。
「せっかくだし、音楽流しながら勉強しようよ」
「いいな、流す曲は俺が選んでいいか?」
「うん、オススメをお願い」
火鷹は棚からCDを見繕った。
(ここはセンスを問われるな。ダサい曲は流せない。さて、何を流すか……)
火鷹は熟考していくつかのCDを取り出した。
(火鷹くん、ほんとに音楽が好きなんだなー。火鷹くんが嬉しそうだと、私も嬉しくなるなー)
CDを選ぶ火鷹はとても楽しそうに見えた。夜露はそんな火鷹が見られて嬉しかった。
火鷹はCDプレイヤーにCDをセットした。流れてきてのはゆったりとした洋楽だった。ジャズ調でとても聞きやすい曲だった。ボーカルの声もハスキーでカッコよかった。
「なんかおしゃれなカフェにいるみたいだね」
「これなら勉強に集中出来ると思って。日本語の歌詞だと頭の中に残って勉強に集中出来ないから、リズムだけを楽しめる洋楽の方がいいと思ったんだ」
火鷹の狙いを聞いて、夜露はなるほどと思った。音楽が好きな火鷹なりの配慮が見えて、夜露はより火鷹のことが理解出来た気がした。
そして二人は一緒に勉強を始めた。
「なぁ夜露、ここなんだけど……」
「あぁ、ここはね」
夜露は火鷹の疑問に完璧に答えた。わかりづらい問題を優しく解説して、火鷹が理解出来るまで何度も教えた。
夜露は授業で教えられたことを一回で頭の中に入れることが出来るため、理解力が高く勉強が得意だった。
一方で火鷹は授業中は頭の中で音楽を反芻していて、ろくに教師の話を聞いておらず、板書をただ書き写すマシーンと化していた。
そのため授業で教わったところでもわからないところがあった。
夜露はそんな火鷹に根気強く教えた。前に先生が言っていたでしょ、とは言わなかった。
数学では解法に困った火鷹に公式を教え、古典ではわからない単語の意味と物語の流れを教えた。
非常に夜露との勉強はわかりやすく、火鷹は今まで一番勉強の内容を理解出来ていた。
火鷹は問題に躓くたびに夜露を頼った。しかし夜露に視線を向けると、夜露の深い谷間が目に飛び込んできた。
夜露が胸元の大きく空いた服を着ているためだ。
夜露の胸はかなり大きい。まるでグラビアアイドルのようなスタイルをしている。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。
すべての女性が憧れるスタイルだった。
今日の夜露は露出の多い服装のため、よりスタイルが際立っていた。火鷹はなるべく邪念を抱かないようにしているが、目に入って来る深い谷間は目に毒だった。
そして二時間ほど勉強した二人はいったん休憩を取ることにした。
「お菓子作って来たんだ。もしよかったら一緒に食べない?」
「食べたい! 何を作ったんだ?」
「簡単なクッキーだけど、美味しく出来たと思うよ」
夜露はトートバックからクッキーを取り出した。可愛くラッピングされていた。開けるとバターの良い香りが漂った。
「いただきます」
火鷹はクッキーを一つ口に運んだ。それを固唾を呑んで見守る夜露。
「うん、美味いな!」
「喜んでもらえて良かった!」
クッキーを食べながら二人は談笑した。火鷹は今部屋で流れている音楽の説明をした。バンドの結成した経緯、特徴的なエピソードなど。
夜露はそれを楽しそうに聞いた。火鷹が楽しそうに夢中になっているのが可愛らしくてしょうがないのだ。
二人の間に良い雰囲気が出来た。まるで恋人同士のように親しい空気だった。
それを感じ取った夜露は行動に移った。夜露は立ち上がると火鷹の隣に移動して身を寄せた。
「よ、夜露、どうしたんだ?」
突然隣に来て密着してきた夜露に火鷹は困惑した。
「ねぇ火鷹くん、今日の私、可愛い?」
「か、可愛いよ」
恥ずかしがりながらも火鷹は素直に答えた。
「舞さんよりも?」
「え!?」
「どうなの?」
舞の名前を出された火鷹は動揺して何も言えなくなった。部屋にはハスキーなボーカルの声が響いた。
「舞さんより、私は可愛い?」
「二人は系統の違う可愛さと言うか、だから比べるのは難しいと言うか……」
不明瞭な回答をする火鷹。音楽の話をしているときとはえらい違いだった。
舞は天真爛漫で弾けるような可愛さ。
夜露は静かで落ち着く、麗しさがある。
二人はどちらも最高峰の可愛さで、比べるの非常に難しいことだった。
「火鷹くんは、舞さんのこと、好き?」
「あ、その……」
「正直に答えて」
じっと目を見つめる夜露。その目は澄んでいて、嘘を見抜いてしまいそうだった。火鷹は気圧された。
「たぶん、好きだと思う……」
「なら私のことは?」
「好きだと、思う……」
火鷹は自分の気持ちを正直に答えた。火鷹は自分と仲良くしてくれる美少女二人に好意を抱いていた。
かなり不誠実だが、舞と夜露どちらのことも好きなのだ。
火鷹の口から好きだと言われて夜露はかなり嬉しかった。例えそれが同時に好きな人がいる状況でもだ。
「私も、火鷹くんのことが好き」
夜露は火鷹の肩に頭を乗せる。夜露の髪の良い香りが火鷹の鼻をくすぐった。
火鷹は突然の告白に何も言えなくなっていた。そんな火鷹を慮って夜露は助け舟を出した。
「今すぐに付き合ってって欲しいわけじゃないの。ただ、私の気持ちを知っておいて欲しかったの」
「夜露……」
「これから私をどんどん好きになって。それから答えを出して欲しいな」
夜露は火鷹の手を取った。そして自身の豊満な胸に火鷹の手のひらを押し付けた。
「お、おい、夜露!?」
指がどこまでも沈み込む柔らかさに、火鷹は顔を真っ赤にした。火鷹は夜露から離れるように体勢を崩した。
それを追うように四つん這いでのしかかる夜露。
「私を選んでくれたら、いっぱい好きなことさせてあげるよ」
夜露は火鷹の耳元で甘く囁いた。火鷹は限界を超えた刺激に鼻血を出した。夜露はティッシュを取るとその血を拭った。
そしてそのまま火鷹を押し倒す形で抱き着いた。大きな胸が潰れて形を変えた。
火鷹の呼吸が激しくなる。まるで全力疾走をした後のようだった。
すると玄関の開く音が聞こえた。
「ただいまー」
火鷹の母親が帰宅したのだ。
(今日はここまでかな)
夜露は体勢を起こした。そして火鷹に手を貸して座らせた。
「それじゃあ、私はそろそろ帰るね」
「あ、あぁ」
夜露はトートバックに荷物を入れて立ち上がった。まるで夜露は何もなかったかのような態度だった。
火鷹は呆然としながら夜露を玄関まで送った。
「またね、火鷹くん」
外に出た夜露は大きく深呼吸した。そして自分のしたことを思い返して顔を赤くしていた。
(さ、さすがに大胆すぎたかな? 遊び慣れた娘だって思われてないよね? 大丈夫だよね?)
夜露は冷静になって恥ずかしくなっていた。
(胸まで揉ませちゃった……)
誰かに胸を触らせるのは今回が始めた。しかし初めてが火鷹で良かったと思っていた。
(でもあれぐらい積極的に行かなきゃ、舞さんには勝てない。恥ずかしがっちゃだめ!)
夜露は決意を固めて家路に就いた。
一方で鼻にティッシュを詰めた状態で残された火鷹。部屋に戻ろうとしたが母親に声を掛けられた。
「夜露ちゃん、遊びに来てたんだね」
「あぁ」
「鼻血を出すなんて、エロいことしたの?」
「してない!」
無遠慮は母親の問いかけに嘘をついて、火鷹は急いで部屋に戻った。部屋に駆け込んだ火鷹はベッドに倒れ込んだ。
「どーしよ……」
火鷹は夜露の告白にどう答えようか迷っていた。そんな部屋には落ち着いた洋楽が流れていた。
※
週が明けた月曜日、火鷹はまだ登校していなかった。
夜露は人気のない階段に舞を呼び出していた。
「どうしたの、夜露?」
「舞さんに話があって」
夜露は舞の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「私、火鷹くんに告白したよ」
「え!? はぁ!?」
舞は夜露の突然の報告に素っ頓狂な声を出した。舞は驚いて目を白黒させた後、すぐに冷静になった。
「まじかー……」
「でも安心して、まだ返事は貰ってないから」
夜露は火鷹の部屋で起こったことを話した。
「火鷹くんはまだ混乱してるし、迷ってる。だからまだ付き合ってない」
「そうなんだ……」
舞は安心してほっと一息ついた。
すると舞はキッと夜露を見上げた。
「あたしの方が火鷹のこと、好きだから!」
「私の方がずっと前から好きだったよ」
二人は睨み合う。間には火花が散っているように感じられた。
「これからはライバルだからね」
「うん、こっちもそのつもり」
「あたしは遠慮も手加減もしないからね」
「私も、何が何でも火鷹くんに好きになってもらうよ」
舞と夜露は今この瞬間からライバルになった。
「それじゃあ、あたしは行くから」
「うん、聞いてくれてありがとう」
そして舞は教室に戻っていった。その背中を夜露はじっと見ていた。
今日ここに、同じ男を好きになった女同士の争いが幕を開けた。




