4話 遠足
遠足の当日、空は雲一つない快晴だった。暖かい陽射しが降り注ぎ、絶好の遠足日和だった。これもアマカゲヒメが他の神に晴れになるように頼んでくれたおかげだった。
「神様の力ってすごいんだな」
火鷹たちは山の中の公園に集合していた。小川が近くにある森林公園だった。そこでクラスごとに纏まって点呼を取っていた。
生徒は全員学校指定のジャージを着ている。黒地に赤のラインが入っているジャージだ。
「よし、全員いるな。これから自由時間になるけど、気を付けて怪我のないように。柵の奥には行くなよ。それじゃあ楽しんで!」
担任の教師の許可が下りて生徒は一斉に動き出す。グループごとに良さげな場所にレジャーシートを敷いていく。そこに荷物を置いて遊びに出掛けた。
「火鷹! 川行こうぜ!」
「おう」
火鷹たち男子グループは荷物を置くと、真っ先に川に遊びに行った。
「うお! 冷てぇー!」
「濡れるの日和ってちゃダサいよなー!」
「うひゃー! 着替え持ってきてないんだって!」
男子たちは水を掛け合ってはしゃいでいた。濡れるのもいとわずに水をぶつけ合う。そして一通り騒いだら、次は川の底の石をひっくり返して生き物を探し始めた。
「あ! 小魚いた!」
「マジか、どこ?」
「この辺にいたぜ」
火鷹が水面に顔を近づけた。すると男子の一人がそんな火鷹の顔に水を掛けた。
「うわっ!?」
火鷹は頭がびしょ濡れになった。
「やりやがったな」
「普段舞ちゃんと一緒にいて、いい思いしてるだろうからな。その恨みだ!」
「そっちがその気なら、こっちにも考えがあるぞ」
火鷹は大きな石を持ち上げた。そしてそれをクラスメイトの近くに思い切り投げた。石は水面に直撃して大きな水飛沫を上げた。
水に足を取られて素早く逃げられなかった男子は、全身に水を被った。
「嘘だろ!? マジかよ!?」
「ふん、甘く見るなよ」
火鷹はしてやったりといった表情をしていた。やられっぱなしでは終われないのだ。
そんな火鷹の後ろに忍び寄る影があった。そしてこっそり近寄った男子が思い切り火鷹に水を掛けた。
背中が濡れた火鷹。
「冷たっ!?」
「馬鹿な火鷹め! 敵を一人だと思ったか! 俺らはみんな舞ちゃんとの関係を羨ましがってんだよ!」
火鷹はクラスメイトの男子をロックオンする。
「いいぜ、とことん相手になってやるぜ」
「いくぞ野郎ども! 火鷹をびしょ濡れにしてやれー!」
男子グループがはしゃいでいるのを横目に、舞のいる女子グループは写真を撮っていた。
「男子って馬鹿だよねー。あんなにはしゃいじゃって。小学生じゃん」
「私たちは優雅に桜と映える写真撮ろうよ」
「そうだねー」
舞は女子に同意をしながらも、火鷹の方をチラチラと見ていた。舞も火鷹と一緒に水遊びをしたかったのだ。
しかし舞は今はそのときではないと自制していた。今は火鷹が男子とコミュニケーションを取る時間なのだ。
舞が行っても興覚めするだけなのは目に見えていた。
舞は今は大人しく女子グループと遊ぶことにした。
舞たちは公園の満開の桜を見て楽しんでいた。満開の桜は風で花びらを散らしていた。足元は桜の花びらでピンク色に染まっていた。
女子たちは桜を背景にみんなで写真を撮ったり、SNSに上げる用の個人写真の撮影をしたりして忙しくしていた。
頭にわざとピンクの花びらを載せたあざといものから、花びらでピンクに染まった地面に寝転んでみんなで思い出の写真を撮っていた。
「いいね、可愛く撮れてる! これ万バズ確定じゃない!」
「あんたじゃ無理でしょ。それに鍵垢でしょ」
「それもそっか」
「舞ちゃんが上げたらめちゃくちゃバズりそう!」
「たしかに! でも舞ちゃんSNSやってないんだもんなー。もったいない」
「なんでやんないの?」
舞はSNSをやっていなかった。それは非常に可愛らしい舞がSNSに写真を上げると注目を集め過ぎてしまうからだ。
神としては目立ちたがり屋な部類の舞だが、人間界で必要以上に有名になるのはよくないと考えていた。
「あんまり興味ないんだよね。そのとき楽しければいいからさ」
舞は適当にSNSをしない理由を話した。
「わーお、刹那的だね。じゃ代わりに私たちが載せるね!」
「いいよー」
女子たちは友達しか見られないアカウントに写真を投稿した。そしてそろそろ舞の我慢の限界が来ていた。
「あたしもそろそろ混ざってこようかなー」
舞は火鷹のもとへ駆けて行った。
「舞ちゃん、ほんとに火鷹くんのこと好きだよねー」
「ねー。ラブって感じ」
舞は川で水遊びをしている男子に混ざった。ジャージの上を脱ぎ、裾を捲って川に入った。
「火鷹ー! これでもくらえー!」
舞も火鷹に水を掛け始めた。
「うわっ!? 舞もか!?」
舞は水に濡れることを気にしなかった。そんな舞に男子たちは遠慮がちに、弱めの水飛沫を掛けた。
それは舞のTシャツを濡らしてブラジャーを透けさせた。
「うぉ、透けてる。エロ……」
男子たちは舞のラッキースケベに目を奪われていた。その隙を逃す火鷹ではなかった。
火鷹は男子の後ろに回り込んで思い切り水を掛けた。
「うわー!?」
火鷹に容赦はなかった。
「ははっ!」
その様子を見て舞は爆笑していた。
※
そして時間はあっという間に経って、昼食の時間になった。男子たちは水浸しの体をタオルで拭いた。服は濡れたままだが、この陽射しの下にいればすぐに乾くだろう。
火鷹は着替えを持ってきていたので、それに着替えてから弁当を取り出して食べ始めた。隣には当然舞が座っていた。
舞も弁当箱を広げた。
「弁当作ってきたのか?」
「そう! 初めて作ったけど美味しそうに出来た!」
舞は火鷹に弁当を見せびらかした。舞の弁当は色とりどりでバランスの良さそうなものだった。
一方で火鷹の弁当は茶色ばかりで、男子高校生の弁当といった感じだった。
「美味しそうだな」
「でしょ! 何かあげようか?」
「じゃあ、これを」
火鷹はアスパラの豚肉巻きを選んだ。
「はい、あーん」
「え、いや、それは」
「いいから、あーん」
火鷹は恥ずかしがったが、舞は有無を言わせなかった。火鷹は口を開けておかずを貰った。
「美味しい?」
「すごく美味しい」
「やった!」
舞は嬉しそうに微笑んだ。それはとても健気だった。
それをクラスメイトは嬉しそうに見ていた。特に男子は血涙を流しそうなほどだった。唇を強く噛んでいた。
夜露もその光景を無表情で見ていた。まるで能面のようだった。
そして各々昼食を食べ終わるとまた遊び始めた。
舞は午後からは川に行かずに、持ってきたスピーカーで音楽を流して踊り始めた。舞が踊り出すとみんなが魅了されていた。
手拍子をする者、一緒に踊り出す者、動画を撮る者と様々だった。他のクラスの生徒も混ざってきて、まるでお祭りのようになった。
その中心にいるのは舞だ。舞は汗を弾かせながら楽しそうに踊っていた。踊りの女神なだけあり、他の生徒とはクオリティが一線を画していた。
「この曲、ノリノリになれていいな!」
「そうだよな。これは舞の好きなロックバンドなんだ。『Burn it All』って言うんだ」
「ロックなんだ! いいな!」
火鷹は舞の流す音楽に興味をもった生徒にその良さを説明していた。火鷹はこれをキッカケに『Burn it All』をもっと好きになる人が増えればいいなと思っていた。
すると火鷹の隣に人が来た。それは夜露だった。
「火鷹くん」
「お、夜露か。どうしたんだ?」
「これ、いい曲だよね」
「夜露もそう思うか! カッコいいよな!」
火鷹は好きなバンドが褒められて嬉しくなった。
夜露は火鷹の好きなものが好きだった。そのため、このバンドのことも好きだった。火鷹に中学の頃にオススメされてからずっと聞いているのだ。
「ねぇ、火鷹くん。今度家に遊びに行っていい?」
「え、どうしてだ?」
夜露の突然の申し出に火鷹は困惑した。
「新しいCD借りに行くって言ってたでしょ」
「それなら学校に持ってくるから、わざわざ来なくても……」
「ううん、行きたいの。どうしても。お願い」
「わかった。いつ来る?」
二人は予定を組んだ。来週末に夜露は火鷹の家に遊びに行くことになった。
「そういえばさっきね、みんなで写真撮ってたらね、虫が降ってきて大変だったんだ」
「途中で叫び声が聞こえたのは、それのせいか」
夜露と火鷹は楽しそうに話した。舞の踊りも気にならないほどに、二人だけの空間が出来上がっていた。
そんな二人がいい雰囲気なのに舞が気付いた。
舞は輪の中心から外れて急いで火鷹のもとに駆け寄った。そして火鷹の手を引いて輪の中心に連れて行った。
「火鷹も、こっちで踊ろうよ!」
「俺もか?」
「そう! 一緒に!」
舞は火鷹を夜露から引き離すように強引に手を引いた。舞は去り際に夜露の方をチラリと見た。そして口パクで何かを言った。
夜露は音は聞こえなかったが、舞が何を言ったのかは理解した。
『渡さないから』
そして火鷹は舞と一緒に輪の中心で踊り始めた。
(火鷹くんはカッコいいし優しいから、クラスの輪の中心が似合うなー)
夜露は火鷹のことを眺めながら昔のことを想い出していた。それは中学のことだった。
夜露は中学の頃にイジメに遭っていた。陰湿なもので、靴を隠されたり陰口を言われたり、クラスの輪からハブかれていた。
イジメの首謀者が、自分より可愛い夜露に嫉妬したのだ。
辛く厳しい期間が少しの間続いた。
そんな夜露を助けてくれたのが火鷹だった。火鷹は正義感が強く、イジメを見過ごすことが出来なかった。
イジメに気付いた火鷹は直接女子グループに注意をした。さらに人気者だった火鷹はクラスをまとめ上げて、イジメが出来ない空気を作った。
そのおかげでイジメの首謀者は居場所をなくして、イジメをやめたのだ。
夜露はそれから火鷹に懐いた。
(火鷹くんには頭が上がらないなー)
夜露は火鷹に恩を感じていた。当の火鷹はあまり気にしていないが、夜露にとっては返し切れないほど大きな恩だった。
夜露は火鷹に幸せになって欲しかった。自分を助けてくれるくらい優しい火鷹には報われて、たくさんの幸せが訪れて欲しいのだ。
(でも、一つだけわがままを言うなら、私が幸せにしてあげたい)
夜露は火鷹にどうにかしてお返しがしたかった。そのためなら夜露は自分の全てを火鷹に捧げてもいいと思っていた。
(だって火鷹くんは、私にとっての神様だから)
夜露の心にはドロッとした執着心があった。火鷹のことを想うあまり、他の人が火鷹と仲良くしていると嫉妬が沸き上がって来るのだ。
そしてそれは舞が相手だと、さらに嫉妬心が刺激された。
(舞さん、とっても可愛いけど、私も同じくらい可愛いはず。負けないよ。私の方が火鷹くんのことを知ってるし、好きだもん)
夜露は舞をじっと見つめた。
(火鷹くんは渡さないよ)
そのとき舞は何かを感じとった。しかしあまりにも一瞬だったため、どこから感じたかもわからなかった。
舞はそれを気のせいだと思い、火鷹と踊り続けた。
そして午後三時に解散の時間となった。遠足は終わり、それぞれが帰路についた。




