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3話 雨の神 アマカゲヒメ ★

 四月の中旬、曇天の中、舞と火鷹は学校が終わって下校していた。


「来週の遠足楽しみだねー」


「そうだな」


「何持っていこうね。そうだ! スピーカーとか持っていってさ、音楽流そうよ!」


「いいね」


「『Burn it All』の曲流せば、みんなのテンションもめちゃくちゃ上がるよね!」


 舞は来週に控えた学校行事の遠足を楽しみにしていた。そしてそこでどうすれば盛り上がるかを考えていた。


 踊りの女神は行事を盛り上げることが性なのだ。


「でも最近天気悪いよな」


「そうなんだよね……。ずっと小雨で、かと思ったらザーザー降りになって。嫌になっちゃう。それになんか変な気配も感じるんだよねー」


 ここ最近は雨続きだった。週間天気予報でも来週まで雨の予報だった。このままだと遠足は中心の可能性が高かった。


 そして舞はこの雨に不思議な気配を感じていた。


「変な気配ってどんなの?」


「なんかあたしに近い感じかな」


「神様ってことか?」


「たぶん。どこから来てるのかはわからないけど、近くにいると思う」


 舞はこの雨と神の気配に繋がりがある気がしていた。


 舞が首をひねっているとポツポツと雨が降ってきた。それはどんどん雨量を増していって、一気に土砂降りになった。


 バケツをひっくり返したような雨に二人はびしょ濡れになった。


「うわ、最悪! あたしの家に避難しよ!」


「わかった!」


 今いる場所からなら舞の家が近かった。そのため二人は走って舞の家に向かった。


 舞の家の玄関に着く頃には二人の服は雨を吸い込んで重くなっていた。頭からつま先まで雨に濡れていないところはなかった。


「うわー、下着までぐちょ濡れ……」


「かなり降ったな。タオル借りていいか?」


「いいよー。あたしはシャワー浴びてくるね」


「お、おう」


 舞は火鷹にタオルを渡すと着替えを持って浴室に入っていった。


「覗いてもいいよ」


「の、覗かないって!」


「ふふ」


 舞は火鷹をからかってからシャワーを浴び出した。一人暮らしの部屋なので、リビングにもシャワーを浴びる音が聞こえてきた。


 舞の鼻歌もかすかにだが聞こえてきていた。


(向こうに裸の舞がいるんだよな……)


 火鷹は以前に舞が変身するときに見た綺麗な裸を思い出していた。


 小ぶりな胸にピンク色の頂点。形の良い尻に、眩しい太もも。そして毛が一切生えていなかった秘所。


 火鷹は顔を真っ赤にした。雑念を払うようにタオルでゴシゴシと頭を拭いた。


 すると舞はシャワーを浴び終えたようで、ドライヤーをかける音が聞こえた。そして浴室のドアが開いて舞が姿を現した。


 そこにいたのは部屋着に着替えた舞だった。髪は下ろしておりいつものツインテールではなかった。そして化粧もしていないため、いつもより幼い印象を受けた。


 そんな舞はオーバーサイズのTシャツを着ていて、それは太ももの半ばまで長さがあった。そのせいで下にショートパンツやショーツを履いているのかわからなかった。


 大胆に露出した太ももが眩しく、火鷹は目のやり場に困った。


 また舞は今はブラジャーを付けていないのか、Tシャツには二つの突起が主張していた。Tシャツを控えめに押し上げる突起は、その奥のピンク色を思い出させていた。


「な、な!?」


 煽情的な舞の恰好を見て、火鷹はすぐに目を逸らした。それが火鷹に出来る唯一の抵抗だった。


「あは、可愛い。もっと見てくれていいのに」


 舞は艶やかな笑みを浮かべて火鷹に近づいた。


「ねぇ、下履いてると思う?」


「さ、さぁ。履いてもらえてると嬉しいんだけど……」


 火鷹は顔を下に向けたまま答えた。


「ほーら、これが答えだよー」


 舞はTシャツを捲って答え合わせをした。しかし目を必死に逸らしている火鷹は、決して舞の方を見なかった。


「見ていいんだよー」


 舞はTシャツをパタパタとさせて火鷹の視線を集めようとした。だが火鷹は鋼の精神力でそれを我慢した。


 舞がTシャツを扇いだことで、風呂上がりの舞の良い匂いが火鷹の方に香ってきた。それは石鹸と女子の甘い香りだった。


「むー、もう、そういうとこもいいけどね」


 舞は少し不満そうだった。誘惑をかわされたからだ。本当は火鷹に見てもらって情欲を刺激しようとしていたのだ。


 そこで舞は作戦を変えた。


 舞は火鷹のタオルを取ると、それで火鷹の体を拭き始めた。火鷹の制服を脱がして背中を拭いていく。


「背中、大きいんだね」


「ど、どうも」


 火鷹の背中は男子らしく広く大きかった。そして舞は火鷹の背中を拭き終わると、そのまま背後から背中に抱き着いた。


「お、おい!?」


「火鷹の体、冷えてるから。あたし今暖かいからさ」


 たしかに火鷹の体は雨に当たったことで冷えていた。一方で舞はシャワーを浴びたことで体が火照っていた。


 火鷹は背中から感じる舞の体温と、押し付けられた二つの固い突起に意識が集中していた。


「すごいドキドキしてるね……」


 火鷹の心臓は張り裂けそうなほどに拍動していた。舞も火鷹も黙っていた。そのせいで余計に心臓の音が気になった。


 火鷹は息を荒くしていた。全身に血が巡り、体が熱を持ってきていた。


 二人だけの時間が流れていた。舞はより強く胸を火鷹の背中に押し付ける。火鷹の理性は決壊寸前だった。


 しかしそれは長くは続かなかった。突然スマホがけたたましく鳴った。それは舞のスマホだった。


「あー、何さ! いいとこなのに!」


 舞はイライラした様子で火鷹から離れてスマホを見た。火鷹は舞が離れたことで一安心した。


(あ、危なかった……)


 火鷹はもう少しで舞に襲い掛かってしまうところだった。


 一方で舞は連絡を見て口を一文字にしていた。


「えー!? 今から!? めんどいなー!」


「どうしたんだ?」


「天津神から連絡があってさ、他の神の問題を解決して欲しいんだってさー」


「神の問題?」


「そう。何でも最近雨が多いのも神が理由らしくて、それを何とかしろって」


「神が雨を降らせてるのか?」


「そう、雨を司る神がいるの」


「が、頑張れよ! それじゃあ俺はお邪魔だろうから帰るな」


「あ、待って! せっかくだし一緒に行こうよ! あたしの神としての仕事ぶりを見せてあげる!」


「わ、わかった」


 火鷹は家に上げてもらい、タオルを借りた恩があるため舞の頼みを断れなかった。


 火鷹は舞の部屋にあったオーバーサイズのシャツに着替えた。なぜ小柄な舞が火鷹に合うサイズの服を持っていたのか。


 舞はこんなこともあろうかと火鷹が着られるサイズの服をストックしていたのだ。それが功を奏して火鷹は着替えを手に入れることが出来たのだ。


「火鷹がいつ泊まってもいいように服を用意しておいんたんだ!」


「そ、そうなのか。ありがとう」


 そして火鷹が着替えてから、二人は豪雨の中を出掛けた。



          ※



 舞と火鷹は一本の傘に入りながら雨の神のいる場所に向かった。


「なぁ傘は二本で入った方が良かったんじゃないか?」


「それじゃつまんないでしょ! 相合傘もやってみたかったし!」


 舞はここぞとばかりに火鷹に密着していた。火鷹は半身に感じる舞の柔らかい感触に耐えていた。


「それにしても神様もスマホで連絡取るんだな」


「便利だからね。神通力でもいいんだけど、今じゃ時代遅れだからね」


「そうなのか」


 話をしていると長い階段の前に着いた。階段を苔むしており、年季を感じた。


「この先に神社があるの」


「こんなところに神社なんてあったっけ?」


「ここはね高天原と繋がってる特別な場所なの。普段は人間にはわからないように人払いの結界が張ってある。でも神から招待を受けた人はこの神社を認識できるようになるの」


「なるほどな」


 二人は苔むした長い階段を上がっていく。昇り切るとそこには古い神社があった。手入れはされており綺麗な外観を保っていた。


 しかし人の気配はなく、木が風で揺れる音と雨音だけが響いていた。


 火鷹はどことなく神聖な気配を感じていた。そんな場所を舞はズンズンと歩いていく。火鷹はその隣をついて行く。


「ひっく、うぅ……」


 神社に近づくと女性の泣き声が聞こえてきた。そして舞は本殿の扉を無遠慮に開け放った。


 本殿の中には淡い青色の着物を着た女性がいた。


「アマカゲヒメ! 何を泣いてるの!」


 舞は泣き声をかき消す大きな声で女性に話し掛けた。アマカゲヒメと呼ばれた女性は顔を上げて舞を見た。


 そして舞に突撃して抱き着いた。


「ヨウランヒメー! 来てくれて嬉しいわー!」


「ここでは舞って名乗ってるの。そう呼んでちょうだい」


「わかったわ、舞。来てくれてありがとう。一人だと寂しくて涙が止まらなかったの」


 アマカゲヒメは涙を拭った。そして火鷹の存在にも気付いた。


「あら、そちらの殿方は? 神ではないわね?」


「お、俺は火鷹です」


「あたしの付き添い」


「人間だけど大丈夫なの?」


「大丈夫。とってもいい人だから」


「舞がそこまで言うなら……」


 アマカゲヒメはそれ以上火鷹を追求しなかった。


「それでアマカゲヒメ、どうして泣いてたの? あなたが泣いてるせいでこの辺りはずっと雨続きなの。来週の遠足も中止になりそうだし」


「あら、申し訳ないわね。でも涙が止まらないの」


「どうしたの? 振られたの? 意地悪されたの?」


 舞は優しい顔でアマカゲヒメに尋ねた。


「実は人間界に遊びに来て、映画を見たの」


「ん?」


「それがとっても悲しい話で。それを思い出すと涙が溢れちゃうの……」


「そんな理由だったの?」


「とっても悲しい恋人の話だったのよ! あんな悲恋を見たら舞だって涙が止まらなくなるわよ!」


「はー、心配したんだから……」


 舞はため息を吐いた。アマカゲヒメが酷い目に遭って悲しんでいるのではと、舞は心配していたのだ。


 そして舞は頬をパンと叩いて表情を変えた。


「あたしがアマカゲヒメの涙を止めてあげる」


「この悲しみを止められるの?」


「余裕よ。あたしの踊りで悲しみを上書きしてあげる!」


 そう言うと舞は光の粒子に包まれた。それは神の装いに変身するときの前兆だった。


 火鷹はとっさに目を逸らした。また舞の裸を見てしまうと思ったからだ。


「火鷹、目は閉じなくても大丈夫」


「でも、舞の裸が……」


「もう終わったから」


 火鷹が舞の方を見ると、変身は一瞬で終わっていた。舞は美しい白い着物と羽衣を纏っており、神は綺麗に結われていた。


「相変わらず美しいわね」


 アマカゲヒメは舞の姿を眩しそうに見ていた。


「それじゃあ火鷹! 最高に上がる曲をお願い!」


「上がる曲!? どんなのがいいんだ?」


「『Burn it All』の曲で! それが一番いいから!」


 火鷹は自分のスマホから一番好きな『Burn it All』の曲を流した。


 舞は流れるロックに合わせて本殿の中で踊り始めた。


(こういう神楽って、もっと厳かな曲じゃなくていいのか?)


 火鷹は疑問を持ったが、それはすぐにどうでもよくなった。舞の踊りがあまりにも綺麗だったからだ。


 現代のロックバンドの曲でも舞の踊りに合わされば、それはとても神聖なものに感じられた。


 舞の踊りは指先まで洗練されていて、見る者を魅了した。それは人間の火鷹だけでなく、神であるアマカゲヒメも同じだった。


 アマカゲヒメは手を叩いてリズムを取りながら舞の踊りを楽しんでいた。その表情にはもう悲しみは感じられなかった。


 舞の周りには光の粒子が飛び交い、動くたびに纏った羽衣がひらひらと揺らめいた。それらは舞の踊りの美しさを増す要因になっていた。


 そして舞は曲が終わるとビシッとポーズを決めた。


「さいこーう!」


 アマカゲヒメはテンションが上がり、大声で舞に称賛を送った。火鷹も惜しみない拍手を送っていた。


「もっと踊ってー!」


「ダーメ。アンコールはなし。結構疲れるんだから」


 舞は少し息を乱していた。額には汗が滲んでいた。


(神の踊りは体力を使うんだな)


 火鷹は神の踊りの凄さを実感していた。心が満たされて、舞のことしか考えられなくなる。悲しみなどは一瞬で消え去る素晴らしい踊りだった。


「ありがとう、舞! こんなに心が晴れやかになったのは久しぶりだわ!」


「それは良かった!」


 アマカゲヒメは舞に抱き着いた。


「これで余計な雨は降らせないでね」


「わかったわ! 確か遠足があるんでしょ? あたしがアマタノミコトに頼んで晴れにしてもらうから安心してね!」


「ありがとう! それは助かるわ!」


「それじゃあ私はそろそろ帰るわね! ありがとうね、二人とも!」


 すると本殿に光の柱が現れた。神はそこから高天原と人間界を行き来するのだ。


 アマカゲヒメは光の柱に入る前に、チョイチョイと手招きして火鷹を呼んだ。


「火鷹、ちょっと来て」


「はい、なんでしょう?」


「ヨウランヒメ、舞のことをよろしくね」


「はい、わかりました」


 そう告げるとアマカゲヒメは光の柱の中に消えていった。アマカゲヒメが帰るのを見届けた舞と火鷹は本殿を出た。


 外に出ると、雨は上がり晴れ間が見えていた。


「ねぇ、アマカゲヒメに何て言われたの?」


「舞をよろしく、だってさ」


「そっか!」


 舞は嬉しそうに火鷹の隣に密着した。それは相合傘のときよりも距離が近かった。


「ねぇ、あたしの踊り、どうだった?」


「とっても綺麗だった」


「でしょー」


 そして二人は晴れ間に照らされながら家路に就いた。

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