2話 独占と嫉妬
舞から女神だと明かされた翌日、火鷹が登校していると背中に衝撃があった。後ろから突撃されたのだ。火鷹が顔を向けるとそこには舞がいた。
「おはよーう!」
「おはよう」
舞は太陽のように明るい笑顔で挨拶をした。そして舞は火鷹の隣に行って、そのまま火鷹と腕を組んだ。
舞の小ぶりな胸が火鷹の腕に押し付けられる。
「な、どうしたんだ!?」
火鷹は舞の柔らかい体の感触に動揺した。火鷹は昨日、舞の家で見た綺麗な裸を思い出していた。
初めて生で見た絶世の美少女の裸は鮮明に思い出すことが出来た。
「んー、昨日助けてもらったお礼かな。嬉しいでしょ?」
「まぁ、嬉しいけど……」
火鷹は嬉しさ半分、恥ずかしさ半分といった感じだった。女子と触れ合ったことのない火鷹は舞とのスキンシップにドキドキしていた。
一方で火鷹とは対照的に舞は笑顔でくっついたままだった。
そんな二人に周りを歩く生徒は注目している。学校で一二の可愛らしさの舞がべったりとくっついているからだ。
「羨ましい……」
「付き合ってるのかな?」
生徒はひそひそと噂をしていた。年頃の男女が腕を組んで歩いているのだ。付き合っているかと思うのは当然のことだった。
そんな声を聞いて舞は微笑む。このまま噂が広がって外堀を埋まればいいと思っているのだ。
(火鷹はあたしのなんだから! 誰にも渡さない!)
そして舞と火鷹は腕を組んだまま教室に入った。
「うお!? 火鷹に舞ちゃん!? どうしたんだ!?」
クラスメイトは腕を組んでいる二人を見てどよめいた。特に夜露は目を点のようにして驚いていた。
「きゃー! どうしたの二人とも!? 付き合ったの!?」
女子が黄色い歓声を上げて質問する。
「そんなんじゃない」
火鷹はすぐさま否定する。そんな火鷹の言葉に舞は口を尖らせる。不服なようだった。
「舞ちゃん、どうなの?」
「今日はそういう気分だっただけ」
舞はこれ以上火鷹に迷惑を掛けて嫌われたくなかったため、適当に誤魔化した。
それを聞いた男子は自分にもワンチャンあるのではないかと思った。
(男に抱き着きたい気分ってことか!? なら俺にも抱き着いてくれるのでは!?)
男子の一人が袖を捲って腕の筋肉をアピールした。
「舞ちゃん、俺結構筋肉あって、腕ががっしりしてるぜ!」
「ふーん、そうなんだ」
舞は男子を一瞥すると、興味なさそうに流した。
「うぅ……」
舞に冷たくあしらわれた男子はがっくりと項垂れた。そして男子は大人しくグループの輪に戻っていった。
「よくやったって……」
「ガッツはあったぞ」
グループに戻ると他の男子に慰められていた。
そして舞は女子グループで会話を始め、火鷹も男子グループに合流した。どちらもグループ内で質問責めに遭っていた。
女子グループはコソコソと男子には聞こえないように小声で舞に質問した。
「舞ちゃんって火鷹くんと仲良いよね。やっぱり好きなの?」
「結構好きだよ」
実際には舞は好きという言葉では収まらない感情を火鷹に抱いていた。しかしそれはまだ明かさない。
「きゃー! やっぱり! 火鷹くんイケメンだもんね! 私もいいと思ってたんだ!」
「ん? そうなんだ?」
舞は女子の一言に引っかかった。まるで女子が火鷹に好意を抱いて、狙っているかのように聞こえたからだ。
舞はあからさまに不機嫌になった。いつもの天真爛漫さは消えて、ドロッとした独占欲が顔を出していた。
「あぁ、やっぱ何でもない……」
「そうだよね!」
舞の逆鱗に触れたことを察した女子はすぐに訂正した。そんな女子に舞はいつもの笑顔を向けた。機嫌もすぐに元に戻っていた。
(今の舞ちゃん、とっても怖かった……)
女子は舞の新たな一面に驚いていた。
「火鷹くんのどんなところが好きなの?」
「一目惚れ? それとも友達から進展して?」
「もう告白はしたの?」
女子たちは舞に質問を浴びせ掛ける。それを笑顔で捌いていく舞。
一方で男子グループの火鷹は、他の男子から折檻を受けていた。
「おらー! いつから舞ちゃんと良い感じだったんだ!」
「美少女に抱き着かれて幸せだったろうな!」
「キッカケを教えろー!」
火鷹はヘッドロックをされていた。それを火鷹は大人しく受け入れていた。自分も同じ状況だったら嬉々として同じことをしていると自覚があるためだ。
折檻される火鷹は黙秘を貫く。ふとした拍子に舞の秘密を漏らしてしまうかもしれないからだ。
そのため不服だが火鷹は折檻を受け入れて、男子の憂さ晴らしをさせるしかなかった。
そうこうしていると鐘が鳴り授業が始まる時間になった。席に戻ると舞が微笑んで火鷹に話し掛けた。
「楽しそうだったね」
その笑顔を見て火鷹は顔を赤くした。あまりにも魅力的だったからだ。あまりにも暖かい、優しい笑顔だった。まさに女神の微笑みだった。
そんな二人の様子を見てクラスメイトは、二人の関係が自分たちの予想よりもはるかに深いものだと察した。
しかしそんな微笑ましい光景を恨めしそうに見ている女子が一人いた。夜露の眼光は鋭かった。
※
午前の授業が終わり、昼休みになった。昼食の時間になると舞は火鷹と机をくっつけた。一緒に食べるためだ。
舞は購買で買った総菜パンを、火鷹は母親に作ってもらった弁当を広げた。火鷹の弁当は男子高校生らしくおかずの多い茶色い弁当だった。
舞は火鷹の弁当の中身を見て、羨ましそうな顔をした。
「あー! ハンバーグ入ってるじゃん! あたし好きなんだよね!」
「そうなのか」
火鷹の弁当にはミニハンバーグが三つ入っていた。
「ねぇ、一口ちょうだい!」
「おーけ、ほら」
火鷹は弁当箱を差し出して、ミニハンバーグを食べて貰おうとした。しかし舞はそれでは嫌だった。
「あーん」
舞は大きく口を開いて火鷹に食べさせて貰おうとした。
「え!?」
火鷹は焦って顔を赤くした。恥ずかしさも原因の一つだ。クラスメイトも見ている場で食べさせるのはなかなかに恥ずかしいことだった。
「早く食べさせて」
舞は餌を待つ雛鳥のように口を開けて待った。
その光景にクラスメイトは口をあんぐりと開けて呆然としていた。
「わかったよ……」
火鷹は羞恥心を押し殺しながら箸でミニハンバーグを掴んで舞の口に運んだ。
「ん、美味しい!」
舞は満足をしたようだった。ミニハンバーグを食べられて、何より火鷹に食べさせてもらえたからだ。
「きゃー!」
女子は目の前で起こった漫画のような展開に歓喜の悲鳴を上げた。
「くそっ……」
一方で男子は悔しさから唇を噛んでいた。
火鷹はなるべく周りの反応を気にしないようにした。そして弁当を食べようとして止まった。
(これ、間接キスにならないか?)
火鷹は舞が咥えた箸を見つめた。意識すればするほど恥ずかしくなっていった。
しかし気にしてもどうしようもないので、火鷹は平常心を装って弁当を食べ始めた。火鷹は耳まで真っ赤になっていた。
(ふふ、火鷹可愛いなー。間接キスを気にしちゃって。昨日はもっとすごいことをしたのに)
舞は火鷹の反応を楽しんでいた。
「今度あたしが弁当作ってきてあげようか?」
「だ、大丈夫だ」
「遠慮しなくていいのに」
舞と火鷹のやりとりはとても甘いものだった。二人だけの世界が広がっていた。
「舞ちゃん、すごい積極的だね」
「火鷹くんのこと大好きなんだねー」
「火鷹くんはどうなんだろう? ちょっと探りを入れてみる?」
「そうしよう! 舞ちゃんに相応しいかどうか見定めなくちゃ!」
女子は舞の好き好きアピールを見て、火鷹の気持ちが気になっていた。舞の気持ちが一方的なものなのか、それとも脈ありなのかを見極めたかった。
「そうだね……」
最後に呟いやいたのは夜露だった。夜露は拳を強く握りしめて二人を見ていた。
昼食を食べ終わった舞と火鷹は音楽雑誌を広げて談笑していた。それは先ほどの恋人のような甘い雰囲気と違って、友達のようなカラッとした感じだった。
そこに女子の一人が突撃した。
「ねぇねぇ火鷹くん、何読んでるの?」
「これか、最新のバンドの情報が載ってるんだ。好きなバンドが特集組まれてたから買ったんだ」
「私にも見せてー」
「おーけ」
女子は火鷹の肩越しに雑誌を見た。あと数センチで触れ合ってしまいそうな距離感だった。女子からは良い香りが漂っていたが、火鷹は気にした様子はなかった。
女子に対して楽しそうにバンドのことを教えた。
(ふむふむ、下心で女の子と接しているわけではないのね)
しかし気にしていない火鷹とは対照的に、舞は近づいてきた女子のことを気にしていた。あからさまに不機嫌オーラを放っており、目尻も下がり眉を顰めていた。
火鷹はバンドの話で気付いてないが、女子の方は舞のオーラで居心地が悪くなっていた。
「あ、ありがとう火鷹くん。それじゃあね」
「あぁ、それじゃあ」
舞の雰囲気に耐えられなくなった女子はそそくさと退散した。女子が離れたことで舞の雰囲気は元に戻った。
「どうだった?」
「火鷹くんはやっぱり良い男子っぽかったけど、舞ちゃんが怖かった……」
「舞ちゃん、火鷹くんのことになると怖いんだねー」
舞の独占欲は相当なものだった。
「舞ちゃんは火鷹くんと趣味合ってるっぽかったし、お似合いかもね」
女子たちは舞と火鷹がお似合いのカップルだと結論を出そうとした。
そのとき夜露が声を上げた。
「まだ足りないと思う。火鷹くんがどう思っているのかも探らないと」
「でも舞ちゃん怖いよ?」
「私が行く」
そう言うと夜露は二人のもとに向かった。
「火鷹くん、新しいシングルは買った?」
夜露は火鷹に先日発売されたバンドの新シングルのことを聞いた。
「あぁ、もちろん買った」
「今度私に貸してくれない?」
「もちろん!」
火鷹は自分の好きなバンドに興味を持ってもらえることが嬉しいのだ。バンドを知ってもらえるならば、喜んで布教もする。
しかし舞は不満げだった。夜露と火鷹が楽しそうに話しているのを舞はつまらなさそうに見ていた。
「中学の頃からずっと好きだね」
「音楽のことをこのバンドで知ったからな」
舞は自分の知らない中学のときの火鷹のことを話す夜露を睨んだ。嫉妬しているのだ。
「舞さんもこのバンドが好きなの?」
「う、うん。カッコいいから好きだよ」
敵対視していた夜露から突然話を振られて、舞は驚いた。
「火鷹くん、舞さんとバンドの話で盛り上がっているみたいだけど、私ともたまには話して欲しいな。私も火鷹くんのおかげで好きになったから」
「おーけ。今度三人で話そう」
火鷹は好きなバンドのことがたくさん話せそうで嬉しかった。一方で舞は面白くなさそうだった。
二人の時間を邪魔されるからだ。
そして夜露は二人の下から去る前に、火鷹の耳元に顔を寄せて、火鷹にしか聞こえない音量で質問をした。
「火鷹くん、舞さんのこと好きなの?」
「ま、まぁ……」
何とも煮え切らない返事だった。火鷹は舞に好意を抱いているが、それが恋愛的なものなのかわからなかった。
裸を見てしまった罪悪感から来るのか、それとも趣味が合う友達として好きなのか、それともただの性欲なのかわからないのだ。
夜露はそんな火鷹の返事を聞いて満足した。
(火鷹くんは好きだったらしっかりと肯定するはず。それをしないってことはまだ好きじゃないんだ。二人はまだ付き合ってない。それなら私にもチャンスがある!)
そして夜露は女子グループに戻っていった。
舞は夜露のことを警戒するように睨んでいた。




