19話 解放
ロウギノミコトと人間たちを倒した舞と火鷹は神社の本殿の扉を開けた。中では数名の人間が神降ろしの儀式をしていた。
本殿の中には祭壇が置かれていて、そこに夜露が寝かされていた。儀式をする人間たちは二人が入ってきたことにも気付かないほど熱中していた。
「儀式をやめろ!」
火鷹は和傘で殴り、舞は掌底を食らわせて人間たちを気絶させて、儀式を中断させた。
二人は気絶した人たちを本殿から叩き出してから夜露に駆け寄った。
「夜露! 大丈夫!?」
舞は夜露の肩を揺らした。
「う、うぅ……、舞さん?」
夜露は意識を取り戻した。まだ神降ろしは出来ていなかったのだ。
「良かった! まだセンラは降りてきてない!」
目を覚ました夜露は自分がなぜこんなところにいるのか理解出来なかった。
「夜露、大丈夫か?」
「火鷹くん、どうして?」
「夜露を助けに来たんだ」
「助けに……?」
夜露は状況を飲み込めなかったが、舞と火鷹に迷惑を掛けたことだけはわかった。
「事情の説明は後! 夜露、先にこれを飲んで!」
舞は夜露に剝ぎの妙薬を渡そうとした。夜露は手を伸ばしたが、それは途中で止まった。
「う、うぁ! ああぁぁっ!」
突如夜露は苦しみ始めた。自分の体を抱き締めて何かに耐えようとしていた。
「マズい!? センラが無理やり降りてこようとしてる!」
「どうすればいい!?」
「これを飲ませるしかない! 火鷹、抑えてて!」
夜露は体を大きく暴れさせた。それを火鷹は無理やり抑え込んだ。そして舞が剝ぎの妙薬を飲ませようとした。
「がぁっ!」
しかし夜露は人外の膂力で舞と火鷹を振り払った。
「うわっ!?」
二人は本殿の外に飛ばされた。舞は空中で体勢を整えて、火鷹はライランノミコトから貰った笛の起こした風により、安全に着地出来た。
「何が起こったんだ!?」
「最悪……、センラが降りてきたっ!」
舞は苦虫を嚙み潰したような表情をしていた。そして本殿から夜露がゆらゆらと出てきた。満月に照らされた夜露は邪悪な笑みを浮かべていた。
「中途半端な受肉だったが、なんとか降りて来られたな」
夜露はいつもと違う口調だった。右腕に広がる呪印が怪しく輝いていた。
「久しぶりだな、ヨウランヒメ! 封印されてからも、ずっとお前のことを思っていたぞ!」
センラノミコトは夜露に受肉したのだ。センラノミコトは舞に気さくに話し掛けた。
「知り合いか?」
「昔、あたしにしつこく迫って来るから振ってやったの」
以前に舞が高天原にいたときにセンラノミコトは舞に求婚していた。だが舞はセンラノミコトが嫌いだったため、それを断った。
センラノミコトは他の神に嫉妬して、蹴落として自分が上にいこうとするばかりで卑怯な男だった。
しかも偉い神にはへりくだり、格の低い神には高圧的に出るのだ。そんな漢気の欠片もないセンラノミコトを舞が好きになる理由はなかった。
しかし舞が求婚を断っても、センラノミコトはしつこく舞に付き纏った。
そのため舞はセンラノミコトの嫌いな部分を余すところなく列挙した。舞を下に見ていたセンラノミコトはそれに怒り狂い、高天原で大暴れした。
数多の神の手で制圧されたセンラノミコトは、普段の素行の悪さも相まって封印刑に処されたのだ。
「ん? その横の人間は誰だ?」
センラノミコトは舞の隣に立つ火鷹に気付いた。
「火鷹はあたしの好きな人よ」
「おい、そんな……。俺の求婚を断った挙句に、人間を好きになったのか!?」
「火鷹は、あんたや他の神と違ってとってもカッコいいの! ただの人間だと思わないで!」
「あぁ、ヨウランヒメに愛されるなんて、羨ましい……っ! 俺もその愛を受けたい! 奪ってやる! お前からヨウランヒメを奪ってやる!」
センラノミコトの呪印がより広がった。力が高まった証拠だ。センラノミコトは嫉妬を司る神、嫉妬すればするほど強くなるのだ。
「火鷹と言ったな。お前を殺して、ヨウランヒメを俺のものにする!」
「させないから!」
センラノミコトは地面を強く蹴って二人に肉迫した。
舞は火鷹を庇って前に入った。センラノミコトは右腕を思い切り薙いだ。それを受けた舞は大きく吹き飛ばされた。
「きゃっ!」
「舞!?」
「ヨウランヒメを心配している暇があるのか!」
守りのいなくなった火鷹に、センラノミコトは拳を向けた。火鷹はアマカゲヒメから貰った和傘で拳を受けた。
しかしセンラノミコトの拳は威力が凄まじく、和傘がミシミシと鳴ってそのまま火鷹は吹き飛ばされた。
「ぐぁっ!」
背中を打ち付けそうになった火鷹だったが、神の追い風の力ですぐに体勢を立て直した。
「ほぅん、神具を持っているのか? 相当神に気に入られているようだな……」
センラノミコトは火鷹の持つ和傘と笛を見た。
「人間の分際で神に気に入られるなんて、羨ましい! 俺は誰からも疎外されたというのに!」
センラノミコトの力がさらに強まった。右腕の呪印がさらに広がる。
「やはりお前は殺さないとダメだ!」
「させないっての!」
横から舞が鋭い蹴りを放った。それを右腕で受けるセンラノミコト。舞の蹴りは威力が弱く、簡単に受け止められてしまった。
「どうした、ヨウランヒメ? お前の力はその程度ではなかっただろう?」
舞は依代となった夜露に怪我をさせたくなかったのだ。そのため本気で攻撃が出来なかった。
「よくわからんが僥倖だ! お前はそこでこの男が殺されるのを見ていろ!」
センラノミコトは舞に右腕を向けた。そして手のひらから網を顕現させた。顕現した網は舞を捕えた。
「くっ!? 絡まって、動けない!?」
舞が網に手間取っているうちにセンラノミコトは火鷹に照準を合わせた。センラノミコトはゆっくりと火鷹に近づく。
火鷹は和傘を構えた。
そしてセンラノミコトは右腕を振り上げた。そして渾身の力で火鷹めがけて振り下ろした。
火鷹はそれを和傘で受けずに体をひねって避けた。拳は勢いのまま地面にぶつかり、蜘蛛の巣状のヒビを作った。
地面を殴った右腕からは血が出ていた。
「ふむ、不完全な受肉だからか体が耐えらないか……。まぁいい。代わりはいくらでもいるだろう」
「お前、夜露を傷つけるなよ……っ!」
夜露を傷つけるセンラノミコトに火鷹は怒りが高まった。和傘を強く握り、歯を食いしばる。
「ふふ、怒ったところでお前には何も出来まい。大人しく死んだ方がこの依代のためだぞ」
センラノミコトは火鷹を殺すために攻撃を続ける。しかし先ほどから一向に攻撃が当たらなかった。
「何故だ!? 何故当たらない!?」
センラノミコトは焦り始めていた。人間の小僧にいいようにされているからだ。
一方で火鷹は冷静だった。火鷹は気付いていたのだ。センラノミコトが力を発揮できるのは右腕の攻撃だけだと。
センラノミコトは不完全な受肉のため、呪印のある右腕にしか神の力を乗せられないのだ。
火鷹はセンラノミコトから見て左側に常にいるようにした。そうすることでセンラノミコトの攻撃を見切り易くなっていた。
「くそっ、くそっ! さっさとくだばれっ!」
センラノミコトは火鷹に翻弄されていた。
するとセンラノミコトは背後から神性の高まりを感じた。
「何だ!?」
振り返ると、そこには網から抜け出した舞が踊っていた。舞の周りには光の粒子が漂い、それが集まって大きな球体を作っていた。
「浄化の陽か!? それで俺を引き剥がすつもりか!?」
舞が作っているのは浄化の陽、それは悪しきものを祓う舞の奥義だった。
しかしそれを作るのはかなり時間が掛かる。
「させるかっ!」
センラノミコトは舞の踊りを邪魔しようと肉迫した。しかしそこに火鷹が立ち塞がった。
「ええい! 忌々しい奴め! 俺の邪魔をするな!」
センラノミコトは火鷹を無視して舞のもとに向かおうとした。しかし火鷹が起こす神風によって吹き飛ばされて一向に近づけなかった。
(ま、まずい! このままでは!? いったん逃げよう! こいつを殺すのは万全の準備が出来てから……)
センラノミコトは舞と火鷹に背中を向けて逃げようとした。
「逃がすかよ!」
火鷹は竜巻を起こしてセンラノミコトを捕えた。
「ああぁぁっ!? どこまでも俺の邪魔をしやがって!?」
センラノミコト暴風に阻まれて動けなくなっていた。
「ありがとう、火鷹! もう大丈夫!」
舞は踊りを終えて、浄化の陽の準備が出来ていた。
「夜露から、離れろぉ!」
浄化の陽が一際輝いて、夜の境内を真昼のように明るく照らした。光は夜露に受肉したセンラノミコトをより強く照らしていた。
「ぐああぁぁっ!? やめろ、ヨウランヒメ! 俺はお前のことが好きなんだ!」
「あっそ、あたしは大嫌いよ!」
それを最後の言葉にセンラノミコトは浄化の陽によって祓われた。
浄化の陽が消えて、辺りに暗闇が戻った。舞と火鷹は倒れた夜露に駆け寄った。
「夜露、大丈夫か!?」
「夜露、あたしたちがわかる!?」
夜露はゆっくりと目を開けた。
「舞さんと、火鷹くん……?」
「良かった、ちゃんと祓えたみたい……」
舞は一息ついた。しかし一転して夜露はまた苦しみ出した。
「う、うあぁ! くぅっ!?」
「どうしたの、夜露!?」
「舞、まだ呪印が残ってる!」
夜露の右腕にはまだ呪印が残っていた。
「嘘でしょ!? 完全に祓えてなかったの!?」
舞の浄化の陽を浴びてもなおセンラノミコトは戻ってこようとしているのだ。
「夜露、これを飲んで!」
舞は夜露に剝ぎの妙薬を飲ませようとした。しかし夜露は暴れて飲めそうになかった。
「火鷹くんっ! 苦しいよっ!」
夜露は涙を流していた。それを見た火鷹は舞から剝ぎの妙薬を取った。
そして火鷹はそれを口に含んだ。
「火鷹!? 何を!?」
「悪い、夜露!」
そう言うと火鷹は夜露にキスをした。そして口移しで剝ぎの妙薬を飲ませた。
「ん、んむっ!」
夜露は流し込まれる剝ぎの妙薬を飲み切った。すると右腕の呪印がどんどん小さくなって、完全に消え去った。
「やった! 呪印が消えた! センラの気配も!」
舞は夜露を救えたことを喜んだ。火鷹も何とかなって一息ついた。
一方で夜露はぐったりとしてそのまま眠ってしまった。
「何とかなったな……」
「うん!」
二人は夜露を抱き締めた。
静かになった境内には満月の明かりが差し込んでいた。




