18話 制圧
「来たか、ヨウランヒメ!」
ロウギノミコトは腕を大きく開いて舞と火鷹を待ち構えていた。
「ロウギノミコト! やっぱりあんたか! 夜露を返して!」
「悪いな、あの娘は依代に使うんだ。渡せないな。なんせ嫉妬の感情が強く渦巻く依代に耐えられる器なんだ! この機会は逃せない!」
夜露はセンラノミコトの受肉に非常に都合のいい存在だった。センラノミコトが必要な嫉妬の感情を強く持っていて、さらに神の神性に耐えられる体をしている。
代わりとなる者はそうそう現れない。ロウギノミコトは夜露を解放する気はなかった。
「何が目的なの!? センラを人間界に降ろしてどうするつもり!?」
「目的? その方が面白そうだからさ! 混乱が起こり、そこに予期せぬことが連鎖する! カオスは最高に楽しいだろ!」
ロウギノミコトは混乱を起こすことが目的だった。混乱が起こす予期せぬ事態を楽しみたいのだ。
ロウギノミコトはセンラノミコトに借りがあるわけでも、恩があるわけでもない。ただセンラノミコトに暴れて欲しいだけなのだ。
愉快犯なのだ。
ロウギノミコトは退屈を紛らわすために、夜露を犠牲にして多くの人間に力を貸したのだ。
「やっぱりあんたはカスね! ここでボコボコにする!」
「酷いことを言うなー、ヨウランヒメ! これは俺の神としての性! 変えられないものなのさ!」
舞は臨戦態勢になった。火鷹もアマカゲヒメから貰った和傘を構えた。
「お、やる気だな? ならこっちもやるとしよう! 信者たちよ! あいつらは儀式を邪魔する不届き者だ! 打ちのめせ!」
ロウギノミコトにそそのかされた人間たちは木刀を持って舞と火鷹を取り囲んだ。
(人間か、手加減出来ないから殺しちゃうかも……。どうしよう……)
舞は急いで儀式を中断させる必要があるため、手加減をする余裕がなさそうだった。苦々しい表情をする舞に火鷹は気付いた。
「舞、人間は俺が引き付ける。舞はあの調子に乗ってる奴に集中してくれ」
「いけるの、火鷹?」
舞はこの人数の敵を任せるのを不安に思った。相手は十人以上。数の暴力に押し潰されてしまうかもしれなかった。
「大丈夫、アマカゲヒメ様とライランノミコト様から貰ったものがあるからな」
「わかった。こいつらは任せる!」
「あぁ!」
火鷹の目を見て、舞は人間の相手を任せる決心がついた。舞は大きく飛び跳ねて取り囲んでいる人間たちの頭を越えた。
そして舞はロウギノミコトの前に立った。
「いいのか? あの男、死ぬぞ?」
「死なない! 火鷹はあたしの認めた男だからね!」
そう言うと舞は光の粒子に包まれて神の装束に変身した。
「本気みたいだな! かかってこい、ヨウランヒメ!」
※
舞とロウギノミコトが戦いを始めたとき、火鷹はそそのかされた人間たちと睨み合っていた。
「あんたら、夜露を生贄にするのに心は痛まないのか?」
「依代様は神に選ばれたのだ! この世で最も光栄なことなのだ!」
火鷹の問い掛けに人間たちは大声で答えた。
「本人の意思に関係ないとしてもか?」
「神の意志に人間が逆らうことは許されない!」
人間たちはすでに夜露のことなどどうでも良かった。
「神が降りてきて、あんたらに何のメリットがあるって言うんだ?」
「神に仕えた私たちには神秘が与えられるのだ! 人智を越えた力が!」
「なるほど、結局自分らのためか……。もし騙されているんなら説得しようと思ったが、手間が省けたな」
火鷹は話が通じないのを確認した。そして火鷹はライランノミコトから貰った笛を吹いた。高い音が鳴り響いた。
すると風が巻き起こった。それは火鷹を包み込んだ。
火鷹に神の追い風が吹き始めた。
「風が吹き始めた! さっきまで凪いでいたのに! もしやそれは神の力か!?」
「そうだと言ったら?」
「なんとずるい! 私たちに寄越せ!」
「誰がやるかよ」
「ならば奪い取るのみ! やれ!」
神の力を目の当たりにして、人間たちの目の色が変わった。欲望に支配された目をしていた。そして木刀を振りかざして火鷹に襲い掛かった。
木刀を上段に構えて、それを思い切り火鷹に振り下ろした。当たれば骨折などの重傷は避けられない一撃だった。
火鷹はそれを和傘で受け止めた。和傘はしなることもせず、傷一つ付かなかった。
攻撃を受け止めた火鷹はそのまま体を回転させて、和傘を横凪ぎに振るった。神の追い風で加速した一撃が腹に直撃した。
「うぐっ!?」
重い一撃を貰った人間は体の中の空気を全て吐き出した。そしてその場に倒れ込み、痛みで動くことが出来なくなった。
「な、なんだと!?」
人間たちは驚いた。かなりの武闘派が一撃で沈められたからだ。
「あれが神の力か! 素晴らしい! 何としても奪い取れ!」
火鷹が使う神の力を見た人間たちは余計に火が付いた様子だった。一斉に火鷹に襲い掛かり、我先にと笛を奪おうとした。
火鷹は迫りくる木刀を体をひねって避けた。無理な体勢になりよろめきそうになるが、倒れそうになると風が体を支えてくれた。
(ライランノミコト様、前に地味とか言ってすいませんでした! この笛、かなり凄いです!)
火鷹は笛と傘の力を最大限に活かして、人間たちと渡り合っていた。加速した傘の一撃で次々に人間たちを沈めていった。
そして最後に一人残ったへっぴり腰の男に火鷹は肉迫した。火鷹は傘をフルスイングして殴り飛ばした。
「はぁはぁ。よし! これで終わったか……」
木刀を避けるために集中していたので、火鷹はかなり神経をすり減らしていた。火鷹は肩で息をしていた。
しかし休んでいる暇はなかった。
(すぐに舞の加勢に行かないと!)
火鷹はロウギノミコトと戦う舞の方を見た。そこには大きな怪獣がいた。
※
少しだけ時間が戻り、火鷹が人間たちと戦い始めたとき。舞もロウギノミコトに攻撃をしていた。
光の粒子を纏った鋭い蹴りを食らわせていた。ロウギノミコトはそれを腕で受けた。
「くぅ!?」
舞の蹴りの威力は凄まじく、ロウギノミコトは大きく吹っ飛ばされた。そして境内に生える木に体を打ち付けていた。
「痛ったぁ……、さすがに強いな……」
舞とロウギノミコトにはかなりの力の差があった。
「あんたじゃあたしには勝てない!」
「かもね。俺一人じゃ厳しい。でも俺の力があれば、仲間は増やせるんだよ!」
ロウギノミコトは着物の袖から怪獣のおもちゃを取り出した。
「顕現せよ、怪獣たちよ!」
ロウギノミコトがそう唱えると、おもちゃは巨大化していき、周りの木と同じくらいの大きさになった。
ロウギノミコトは遊びを司る神、おもちゃに命を吹き込んで本物と同じことをさせられるのだ。
顕現した怪獣は長い尻尾に厚い胴体、鋭い爪を持つ危険なものだった。
「さぁ、ヨウランヒメを倒せ!」
ロウギノミコトの命令を受けて怪獣は動き始めた。怪獣は足を持ち上げて舞を踏み潰そうとした。
舞は走って足元から逃げた。
怪獣は足を踏み下ろすと、そのまま敷石を踏み抜いた。辺りに破片が飛び散る。
「パワーはあるみたいだけど、鈍い!」
舞が走った勢いを利用してそのまま高く飛び跳ねた。そして空中で体をひねって怪獣の頭に蹴りを食らわせた。
鈍い音が響いた。しかし怪獣はふらつきもしなかった。
「ははっ! そんな攻撃が効くかよ!」
怪獣は自身の頭付近で滞空する舞を手で弾き飛ばした。
「うっ!?」
飛ばされた舞は空中で何とか体勢を整えて、無事に着地した。
「パワーが全然足りないっ! それなら!」
舞は足でリズムを取り出した。そしてその場で踊り始めた。舞は踊ることで力を上昇させることが出来るのだ。
舞が踊ると周りにたくさんの光の粒子が漂い始めた。
しかしそれをさせるほどロウギノミコトは甘くなかった。
「させるかよ! 怪獣、今がチャンスだ! 踏み潰しちまえ!」
怪獣は足を持ち上げて舞を踏み潰そうとした。舞に怪獣の体重の乗った足が迫る。
そのとき怪獣の横から突風が吹いてきた。それが片足立ちの怪獣をふらつかせた。突風に吹かれたことで怪獣の足の位置はずれた。
怪獣の足は舞の真横に落ちた。
「何だ!?」
ロウギノミコトは風の吹いて来た方向を睨んだ。そこには和傘を振りかぶった火鷹が立っていた。
火鷹が風を起こして怪獣に当てたのだ。
「人間風情がっ! 邪魔しやがってっ!」
ロウギノミコトは怒りに飲まれた。しかしそれは決定的な隙だった。
舞はその間に踊り終わっていた。光の粒子に包まれた舞はもう一度高く飛び跳ねると、足を天に向かって振り上げた。
「これでも、食らえ!」
舞は渾身のかかと落としを怪獣の脳天に叩き込んだ。その強力な一撃は怪獣を再起不能にした。
かかと落としの威力は凄まじく、怪獣の下の地面にまで衝撃が走っていた。そして倒された怪獣は元のおもちゃのサイズに戻った。
「ま、まじかよ……!?」
ロウギノミコトは怪獣を倒されると思っていなかったため狼狽えた。
「で、でもまだ手駒はある! 行け、怪獣――」
ロウギノミコトは再び袖から怪獣のおもちゃを取り出そうとした。その刹那、袖に和傘が刺さり怪獣のおもちゃが破壊された。
火鷹が風で加速して、神速の突きを繰り出したのだ。
「こんの、人間がっ!」
ロウギノミコトは火鷹に拳を向けた。人間相手なら自身の力だけで倒せると思ったのだ。しかし舞から意識を逸らしたのがいけなかった。
舞はロウギノミコトの拳が火鷹に届く前に、渾身のドロップキックを食らわせた。
「ぐあっ!?」
ロウギノミコトは吹き飛んで、地面をバウンドして転がっていった。
「く、クソがっ! お楽しみを邪魔されてたまるかっ!」
ロウギノミコトはもう片方の袖から水鉄砲を取り出した。それに力を与えて本物の拳銃と同じ威力にした。
「銃が神に効くと思ってるの?」
「神には効かない。だが人間ならどうかな!?」
ロウギノミコトは火鷹に照準を向けた。
「死ね! 人間! 俺に逆らった罰だ!」
銃口を向けられた火鷹は冷静だった。和傘を広げて自身の体を覆った。
「そんなんで防げるかよっ!」
「火鷹、逃げてっ!」
ロウギノミコトは水の弾丸を撃ち出した。それは岩をも貫く威力がある。傘を隔てただけではまったくの無意味のはずだった。
それがただの傘ならの話だが。
水の弾丸は傘に弾かれた。
「は……?」
「さすがアマカゲヒメ様のくれた傘だ。何も通さないって凄いな」
「アマカゲヒメだとぉ!? お前、どれだけ神の寵愛を貰ってるんだ!?」
ロウギノミコトは驚愕してその場を動けなかった。
そんなロウギノミコトに舞が近づいた。
「あたしの愛しの火鷹を殺そうとするなんて……。覚悟は出来てる?」
舞は冷たい目でロウギノミコトを見下ろした。
「は、はは……」
ロウギノミコトは力なく笑うことしか出来なかった。そして舞の逆鱗に触れたロウギノミコトは再起不能なほどにボコボコにされた。




