17話 夜露を探せ
学園祭の最中、舞は人気のない場所で神通力を使って姉のミチカケヒメに連絡した。
「お姉ちゃん! 今大丈夫?」
「うわっ! ビックリした! どうしたの急に? 何かあったの?」
舞の焦った声色に、ミチカケヒメはすぐに何かあったのではと察した。
「聞きたいことがあるんだけど、今センラノミコトってどうなってる?」
「センラノミコト? 封印されて反省中のはずだけど……」
「すぐに今の状況を確認してもらえる?」
「いいけど、何かあったの?」
「友達の腕にセンラの呪印があった」
「え!? 呪印!? 何で!?」
呪印はその神に見初められて、力を分け与えるために身体に刻まれるものだ。古くは神の代理の証として機能していた。
今では呪印を刻む神などいない。人間に干渉する神が減ったからだ。
そして呪印にはもう一つ役目がある。それは神の受肉の証として使われているのだ。神をその身に降ろすために、体を神に順応させるために使われる。
それが夜露の体にあったことは、センラノミコトが夜露に悪影響を及ぼすことを示していた。
「とにかくヤバそうだから、すぐに確認お願い!」
「わかったわ!」
「あと、剥ぎの妙薬もこっちに送って! 友達に飲ませる!」
「至急準備するわね!」
舞はミチカケヒメとの連絡を終えた。
(今はこれが最善。あとはセンラが何もないことを確認しないと)
舞は今できることを終えて教室に戻った。
そこでは夜露が楽しそうに友達と話していた。
「夜露の踊り、良かったよー!」
「とっても綺麗だった! 動画撮ったから、あとで送ってあげるね!」
「ありがとう」
夜露は舞が来たことに気付いた。舞はいつもの天真爛漫な表情ではなく、険しい顔をしていた。
「舞さん……」
「夜露、今日は帰ったら家の外に出ないで。あたしが行くからそれまで」
「うん、わかった」
舞の不安そうな表情のせいで夜露も不安になってきた。
「舞さん、私、大丈夫だよね?」
「うん、大丈夫。あたしがついてるから!」
舞は夜露を励ました。舞は笑顔を作ったが、自然に笑えていなかった。作り笑顔で、心の奥の不安を誤魔化していた。
そして少しの不安を抱えたまま学園祭は終了した。
「明日からは神輿の解体と教室の片付けかー。あっという間だったなー」
クラスメイトは各々帰る準備をし始めた。
「夜露ー! このあとカラオケ行こう!」
「ごめん、ちょっと予定があって行けないんだ……」
「そうなんだ。それじゃあねー」
夜露は打ち上げをしようとする友達の誘いを断った。そして舞に言われた通りにすぐに家に帰ることにした。家路を急ぐ夜露。
(この痣、そんなにマズいものだったんだ……。でも舞さんが治してくれるんだよね)
夜露はアームカバー越しに痣を撫でた。
すると目の前に人が立ち塞がっていることに気付いた。その人物は夜露をじっと見つめていた。
「あの、私に何か用ですか?」
「あぁ、その通り! 機は熟した! 復活のときがやってきたんだ! 行くぞ依代!」
「な、何を言ってるんですか?」
夜露は一歩引いた。いつでも駆け出せるように足に力を入れた。
「依代の意思は関係ない。役目を全うしろ」
そう言うと男は、ロウギノミコトは夜露の腕を掴んだ。夜露はとっさに叫ぼうとした。しかしロウギノミコトの神通力で意識を失った。
夜露の目から光が失われて幽鬼のようになった。
「行くぞ、ついてこい」
「はい……」
そして夜露は家に帰らなかった。
※
舞は自宅で神使が来るのを待っていた。神使とは文字通り神の遣いのことだ。人間界と高天原を繋ぐ役割のある者のことだ。
舞と火鷹がよく行く神社の管理をしたり、高天原の物を人間界に届けたりするのが今の役目になっている。
夜になり、満月が辺りを照らしていた。舞は暗くなった部屋で立って神使の到着を待っていた。
するとインターホンが鳴った。舞は玄関まで走った。
扉を開けると、そこには狐耳の付いた子供が立っていた。この子が神使だ。
「ヨウランヒメ様、ご注文の剝ぎの妙薬です」
「いつもありがとう。ミチカケヒメから何か言伝を預かってない?」
「いえ、特には。とてもお忙しそうでしたので……」
「そっか、ありがとうね」
「それでは」
神使は夜露を救うための剝ぎの妙薬を舞に渡した。そしてすぐにその場を去っていった。
(忙しそうって、高天原で何かあったの?)
すると舞の頭の中にミチカケヒメの声が響いた。
「ヨウランヒメ! 大変よ! 一大事!」
「どうしたの? 落ち着いて!」
「それが、センラノミコトが逃げ出していたのっ!」
「うわー、やっぱりかー」
舞は最悪の予想が当たっていて頭を抱えた。現状一番起きて欲しくないことが起きていた。
「封印石が破壊されていて、外に出ていたの! 今、高天原中を捜索しているわ!」
「人間界には降りれないようにした?」
「もちろん! もう対策済みよ! 封印のせいで力も削られているだろうから、そんなに遠くには行けないはず。すぐに見つけるわ!」
「良かった……」
舞は少しだけ安心した。高天原から降りられないなら、夜露のところに行くことも出来ないからだ。
「神降ろしでもされない限りは人間界には行けないわ! 高天原から逃がすもんですか!」
「神、降ろし……」
その瞬間、舞はすべてが繋がった。
「あいつ夜露を依代にする気なんだっ!」
「え、依代? どういうこと?」
声を荒げる舞にミチカケヒメは困惑した。
「呪印が刻まれてる友達! センラはその子を使って人間界に降りてくるつもりなんだっ!」
「でも人間だけの神降ろしなんて、たかが知れているわ。考え過ぎよ」
「いや、考えすぎじゃない! 最近神の気配のする人をたくさん見たの! 誰かが人に力を貸してるはず!」
「誰かが手引きしているってこと?」
「うん! 早くしないと、夜露が依代になっちゃうっ!」
舞は焦った。神降ろしの依代になった人間は意識が消失して、死んだも同然になるからだ。
「すぐにセンラノミコトを捕まえるから安心していて!」
「あたしはこっちで儀式をしようとしている奴がいないか探してみる! そっちはよろしく、お姉ちゃん!」
舞は連絡を切ると、剝ぎの妙薬を持って家を飛び出した。目指すは夜露の家だ。
舞は夜露にスマホで連絡した。しかしいつまで経っても夜露は連絡に出なかった。
※
舞が部屋を飛び出したのと同時刻、高天原では霧が立ち込める森をセンラノミコトが逃げ回っていた。
センラノミコトは木の陰に隠れていた。
「はぁはぁ、ロウギ、急げ。そう長くは逃げていられないぞ」
センラノミコトはそこまで移動していないのに、かなり疲れていた。長い間封印されていたため力が弱まっているのだ。
すると近くから足音が聞こえた。センラノミコトは地面に寝そべって隠れた。
「そっちにはいたか?」
「ダメだ、見つからない。こっちには来てないのかもしれない」
神たちは総動員でセンラノミコトを探していた。しかしセンラノミコトは上手く隠れてやり過ごしていた。
(力が弱まっていて助かった。俺を探すのに苦労しているな)
センラノミコトは力と存在が弱まっているため、神たちは探すのが大変になっていた。
(人間界に降りたら力を付けて、それからまた高天原に戻ってやる。絶対に俺を認めさせてやる!)
センラノミコトは高天原では厄介者だった。他の神を妬んで足を引っ張り、自分がのし上がろうとしていた。
ねじ曲がった性格ゆえに他者を嫉妬することをやめられず、最終的にはその嫉妬から大暴れして封印されたのだ。
(俺は優秀なんだ! 絶対に俺を侮った奴らを見返してやる!)
するとセンラノミコトは何かに引っ張られる感覚がした。
(ついに準備が終わったか! よくやった、ロウギ! あとは降ろしの儀式が終わるまで隠れ切るだけだ!)
センラノミコトは笑い声を押し殺した。
(ふふ、見ていろよ、ヨウランヒメ! その他の神ども!)
※
舞は夜露の家の前に来ていた。しかし夜露の親によるとまだ帰って来ていないと言う。
「どこにいるの、夜露っ!」
夜露は連絡に出なかった。舞はダメもとで火鷹に連絡した。
「舞、どうした?」
「夜露がどこにいるか知らない?」
「知らないな」
火鷹は舞の声色から緊急の事態であることを察した。舞の声からは強い焦りが滲み出ていた。
「夜露に何かあったのか?」
「そうなのっ! このままだと夜露が悪い神の依代にされちゃう!」
火鷹は神の依代になることの危険性まではわからなかったが、非常にマズい事態になっているということは理解した。
「すぐに俺も行く! どこにいるんだ?」
「夜露の家の前!」
数分後、走ってきた火鷹と舞は合流した。火鷹はライランノミコトから貰った笛を使って、尋常ではないスピードで走ってきたのだ。
そして火鷹は念のために、アマカゲヒメから貰った護身用にも使える和傘も持ってきていた。
火鷹は肩で息をしていた。
「舞、夜露は?」
「今神通力で探してるけど、総当たりだから時間がかかる!」
「何か手掛かりはないか?」
「神降ろしっていう儀式をするんだけど、それが出来そうな広い場所を探してる!」
舞は街の儀式が出来そうな人気のない、かつ広い場所を探していた。
「山の公園は? 遠足で行ったところ!」
「そこにはいなかった! 神性が満ちていそうな神社も探してる!」
「あそこは! アマカゲヒメ様とかライランノミコト様が降りてた場所!」
「あそこは高天原のお膝元だよ? 待って、確かにあり得るかも! 灯台下暗しかも! あそこなら神性にも満ちてるし、神が降りてきやすい!」
舞が高天原と繋がっている神社を見た。するとそこには大勢の黒い服と仮面を付けた人たちがいた。
さらにその人たちの近く、本殿の前には一人の男が立っていた。それはロウギノミコトだった。
「おっと、気付かれたか」
ロウギノミコトは舞の神通力の気配を察知した。ロウギノミコトは舞の神通力を遮断した。
「クソっ、切られたっ! でも場所はわかった! やっぱりあの神社だ!」
「よし行こう、舞! 夜露を助けよう!」
「うん!」
舞と火鷹は神社に向かって走り出した。神社の前の苔むした階段を駆け上がり、満月に照らされた境内にたどり着いた。
そこには大勢の人間とロウギノミコトが待ち受けていた。




