14話 廃病院の夢魔 ★
夜の郊外、複数の懐中電灯が揺れて交わっていた。
「よーし、集まったな! それじゃあ行くか! 幽霊病院!」
「テンション上がってきたー!」
火鷹を含めた男子数人は郊外の廃病院にやって来ていた。目的は一つ、七月に入って暑くなってきたので、涼むために肝試しに来たのだ。
「夜なのもあるけど、この辺ひんやりしてるな」
「幽霊がいるところは気温が低いって言うし、これは期待出来るな!」
男子たちはバッチリのロケーションに盛り上がっていた。
今日来たのは、火鷹たちが生まれる前に潰れた病院だ。廃病院らしく色々といわくつきだった。
幽霊が出る、殺人事件が起こった、女が一人で徘徊しているなど。根も葉もない噂が一人歩きしていた。
そんな噂を確かめに毎年多くの子どもが肝試しにやって来ていた。火鷹たち男子も例外ではなかった。
しかし火鷹だけは他の男子と違って、廃病院を目の前にして苦い顔をしていた。
「本当に行くのか……?」
珍しく火鷹は弱音を吐いた。普段なら黙ってついてくるはずの火鷹だったが、怖気づいていたのだ。
「おいおい、何ビビってんだよ。幽霊が怖いのか?」
「そりゃ怖いだろ」
火鷹は幽霊の存在を信じていた。正確には信じるようになったのだ。
舞と出会う前の火鷹は霊的なものを小馬鹿にしていたが、神が存在すると知り、幽霊もいるのではと思うようになったのだ。
神がいるなら祟りもあるし、幽霊がいるなら呪われもする。この考えから火鷹は肝試しに来たくなかった。
しかし万が一に友達に何かがあったときに、自分がいた方が何か出来るだろうと思い参加したのだ。
「どうせ全部出まかせだろうけど、雰囲気を楽しもうぜ!」
「そうだぜ、火鷹! ここで行かなきゃ男じゃない! 舞ちゃんにも愛想尽かされちゃうぜ? それは嫌だろ?」
「まぁ……」
上手く丸め込まれた火鷹は友達と一緒に廃病院に近づく。
「おぉ、結構大きいな。雰囲気も良い感じじゃん!」
気分が乗って来た男子たち。対照的に火鷹のテンションはダダ下がりだった。
火鷹は廃病院に近づけば近づくほど、何かの気配を感じた。それも鳥肌の立つ気配だ。明らかに良くないものだと体が警告してきていた。
(舞とずっと一緒にいるから、霊的な気配に敏感になってる気がする……)
これは気のせいではなかった。火鷹は舞に密かに人神にされているので、神や幽霊の気配を感じやすくなっているのだ。
「みんなで入ろうぜ。一人だと迷ったときに危ないし」
「いや、一人ずつ行くに決まってるだろ!」
「マジ……?」
火鷹の提案は却下された。友達は度胸を示すために一人ずつ入ると聞かない。
火鷹は憂鬱になった。何かがいるのが確定している場所に一人で行かなければならないからだ。
「もし取り憑かれたら、お前らも道連れにしてやるからな」
「火鷹は心配性だなー。大丈夫だって! 取り憑かれたらすぐに除霊してやるから!」
火鷹は軽口を叩いて覚悟を決めた。
(何かあったらライランノミコト様から貰った笛を使って逃げよう)
火鷹は首に掛けている小さい笛を握った。
(こんなことになるなら、高天原のお土産を魔除けとかにしてもらえば良かった……)
火鷹は過去の自分を恨んだ。美味しい高天原のフルーツより、実用性のある物を頼めば良かったと思っていた。
「じゃんけんで順番決めようぜ! 負けた奴から入ろうぜ!」
「おーけ」
じゃんけんの結果、火鷹は二番目に入ることになった。
「ヤバかったら出てきてもいいけど、出来れば奥まで行って欲しいよなー」
そして一人目が廃病院に入っていった。窓から持っている懐中電灯の光がチラチラと見えた。
しかし廊下の途中に行くと、懐中電灯の光は反転した。引き返してきたのだ。入り口から一人目が走って出てきた。
「おーい! 早いって! 何かいたのか?」
「いや、何かすすり泣く声が聞こえた気がして……」
「マジか!?」
「確証はないけど、マジでここには何かいそう!」
「よし、じゃあ次は火鷹な!」
「おーけ……」
火鷹は鉛のように重い足を動かして廃病院に入った。
「なんか寒いな……」
廃病院の中は埃っぽく真っ暗だった。しかもなぜか肌寒く感じられた。
懐中電灯の光だけを頼りにして火鷹は進んでいく。火鷹は階段を昇り、二階の廊下を歩いて奥に進んで行く。
自身の足音と拍動する心臓の音だけが火鷹に響いていた。
そしてある程度進んだところで何かの気配を感じた。
「っ!?」
火鷹は視線を感じて振り向いた。しかしそこには何もいなかった。窓から友達のいるところが見えた。
友達の持つ懐中電灯の光が動いていて、火鷹は少し安心した。
「あなた、他の男と違ってとっても美味しそうね」
「はっ!?」
唐突に声が聞こえた。それも女の声だった。耳元ではっきりと聞こえたそれは、気のせいな訳がなかった。
火鷹は慌てて周りを見回した。だがどこを照らしても自分以外に誰もいなかった。
(気配は感じる……! 確実に近くにいる……!)
火鷹は鳥肌が止まらなかった。呼吸が荒くなった。火鷹は急いで友達のもとに戻ろうとした。
廊下を引き返そうとして懐中電灯で照らすと、人影があった。
そこにはナース服を着た角の生えた女が立っていた。
「ふふっ」
女は火鷹を見て微笑んだ。
「マジかよ!?」
夜の廃病院に一人でいて、微笑んでくる女。ヤバくないわけがなかった。
火鷹は首に掛けている笛を吹いた。小さな高い音と共に火鷹に追い風が吹き始める。そして火鷹は追い風に押されるままに、奥の階段に走っていった。
一番出口に近い階段には女の幽霊がいるからだ。遠回りして出口を目指した。幸いに女は追ってこなかった。
「足はやっ!? 何でそんなに早いんだ!?」
出口からとんでもないスピードで出てきた火鷹に友達は驚いた。
「それどころじゃない! 女がいた! 早く逃げよう!」
「落ち着けって。本当にいたのか? ビビってたから見間違えたんじゃないか?」
「そんな訳ないだろ!」
火鷹のあまりの剣幕に友達にも徐々に恐怖が伝染していった。友達も火鷹がつまらない嘘をつく奴ではないと知っていた。そのため火鷹の見たものが本物の幽霊ではないかと信じたのだ。
「とりあえず、ここから帰るか……」
「その方がいい」
火鷹たちは自転車に乗って廃病院から離れた。火鷹は恐怖で寒気が止まらなかった。
そして近くのコンビニに着いた。文明の明かりのおかげで火鷹たちは少し落ち着いた。
「なぁ火鷹、何を見たんだ? 具体的に」
「ナースがいた。なんか角が生えてて明らかに笑ってた。それに声も聞こえた」
「な、なんて言ってたんだ?」
「旨そうって」
「マジかよ!? ヤバいじゃん!? 火鷹、取り憑かれたんじゃないか!?」
「だったらヤバいな……」
「今日はもう帰ろうぜ。火鷹、ヤバかったらすぐに呼べよ! 駆けつけるから!」
「あぁ、ありがと」
そして火鷹たちはそれぞれ家路に就いた。
家に帰る途中も火鷹は背中に視線を感じていた。
(ついて来てるのか?)
火鷹は家に着くと、すぐに部屋に戻ってベッドに飛び込んだ。しかし扉の隙間やベッドの下のスペースが気になって仕方がなかった。
何度も確認したがそこには何もなかった。
そして疲れていたこともあり、火鷹はすぐに眠りに就いた。
※
「ねぇ、火鷹」
「あれ、なんで舞がいるんだ?」
「会いたくて来ちゃった」
目を開くと舞が部屋にいた。そして舞は何も身に纏っていなかった。
「ま、舞! 服を着てくれ!」
「えー、こっちの方が好きなくせにー」
舞のことを見ないように手で目隠しをした火鷹。すると背中から誰かが抱き着いてきた。
「火鷹くん」
顔を向けるとそこには夜露がいた。夜露も全裸だった。そして豊満な胸を火鷹の背中に押し付けていた。
「夜露まで!? 何でだ!?」
「そんなことは今は良いでしょ? 私と気持ち良いことしよ?」
夜露は後ろから火鷹の耳を甘噛みした。
「な、なっ!?」
火鷹は動揺して夜露を振り払うことが出来なかった。
「あー、ずるい! あたしの方も見て!」
舞は前から火鷹に抱き着いて、胸板にキスマークを付けた。
「舞! やめろって!」
しかし舞は火鷹の体に吸い付くのをやめなかった。
舞と夜露の柔らかい裸体にサンドイッチされて、火鷹の理性は限界だった。
「ねぇ、火鷹はどっちとしたい? もちろんあたしだよね?」
「火鷹くんは私の方が好きだよね? 私とするよね?」
「お、俺は……」
火鷹は言葉を紡げなかった。どちらも好きだから、選べなかった。
※
明かりの消えた火鷹の部屋には、うなされながら眠る火鷹と廃病院で見たナース服の女がいた。
ナース服の女は寝ている火鷹の上に跨りニヤニヤと笑っていた。
「ふふ、もう少しで精気を吸えそうね! 神に近い極上の精気、楽しみだわ!」
女は唾を飲み込み、待ちきれないとばかりに火鷹の顔を撫でた。
「さぁ、早くエッチしちゃいなさい! 極上の快楽の中で死になさい!」
「ちょっと、あたしの男に何してんのよ」
突如、火鷹の部屋に舞の声が響いた。舞は空いた窓から火鷹の部屋に入って来たのだ。
「え!? 何で神が来るの!?」
女は驚愕していた。神が介入してくるとは思ってもいなかったのだ。
「ふーん、夢魔か。火鷹を苦しめてるのね?」
「あ、いや、これはその……」
夢魔と呼ばれた女はしどろもどろになっていた。命乞いをしようとも考えたが、舞の圧倒的な神性を前にして怯んでしまっていた。
「す、すいませんでしたー!」
夢魔は舞の横をすり抜けて窓から逃げようとした。しかし舞はそれを許さなかった。
舞は光の粒子を集めて、一つの大きな塊にした。そこからレーザーを撃ち出して夢魔を貫いた。
「ぐあっ、がっ、あぁ……」
聖なる光に貫かれた夢魔はそのまま霧散していった。夢魔を倒した舞は火鷹の眠るベッドに腰かけた。
そして火鷹の顔を撫でた。
すると火鷹に光の粒子が吸い込まれていって、火鷹はうなされなくなった。
そのまま舞は火鷹を撫で続けた。そして少しして火鷹は目を覚ました。
「はっ! あれ、舞!?」
「落ち着いて、夢魔はもう祓ったから。もう安全」
「夢魔?」
「そう、サキュバスとも呼ばれる奴ね。エロい夢を見せて精気を吸い取る悪魔。火鷹は病院にいた夢魔に取り憑かれたの」
「そうだったのか……」
火鷹は夢で舞と夜露が迫って来た理由に納得した。夢魔が精気を吸うために二人を使ったのだ。
火鷹は呼吸が落ち着くと、舞に質問した。
「何で舞が俺の部屋にいるんだ?」
「火鷹の友達から連絡が来たの。肝試しで廃病院に行って火鷹が不安そうだから、話し相手になってくれって。それで心配になって来てみたら、夢魔が火鷹を襲ってたの」
「助けてくれたんだな。本当にありがとう、舞」
「どういたしまして。これに懲りたら、肝試しはやめること!」
「わかった」
火鷹は今後一切肝試しをしないと誓った。
「ところで夢魔にどんな夢を見せられてたの?」
「そ、それは……」
「やっぱりあたしが出てきた?」
「あ、あぁ……」
歯切れの悪い火鷹。それを見て舞は他にも出てきた人物がいることを察した。
「夜露も出てきたんでしょ?」
「そうだ……」
「やっぱり」
「舞と夜露が出てきて、どっちとするかを迫られた。それで俺、選べなくて……」
「夢魔はね、夢の中でエッチをした相手の精気を吸うの。だから迷ったおかげで助かったの。悔しいけど、今回ばかりは夜露にも感謝ね」
火鷹は複雑な心境だった。今回は自分の優柔不断さに救われたが、それは美徳ではないからだ。本当ならどちらかを選ばなければならなかった。
火鷹は項垂れて凹んだ。
「落ち込まないで、火鷹。色を好むのは悪いことじゃない。あたしを選んで欲しいけど、答えを出すのに焦らないで」
「舞……」
「あたしは火鷹のこと大好きだから。ゆっくり選んで」
舞は火鷹を優しく抱き締めた。火鷹の顔は舞の胸に埋まったが、そのときはいやらしい気持ちは湧かなかった。
「あたしはこれからもっと魅力的になるから、覚悟してよね!」
そう言うと舞は窓に向かって歩き出した。
「それじゃあね、火鷹。また明日!」
「それじゃあ、舞」
舞が去った自室で、火鷹は軽く自己嫌悪に陥っていた。
「舞も夜露も好きなんて、俺は欲張りだ……」
火鷹はその日はもう眠れなかった。悩む火鷹の脳裏にアマカゲヒメの言葉がこだました。
『どっちも自分のものにしちゃえばいいじゃない!』
「それが出来れば苦労しないって……」




