13話 アマカゲヒメの再訪
ある金曜日、舞と火鷹は一緒に下校していた。
「ねぇ火鷹、あたし明日高天原にちょっと帰るんだけど、お土産何が良い?」
「そうだなー、例えば高天原にはどんな物があるんだ?」
「んー、それこそ前に使ったことのある御神水とか、あとは発明の神の作ったからくり人形とか?」
「人が持つと怖そうだな。それならあれがいい。前に食べさせてくれた高天原のフルーツ。結構美味しかったから、また食べたい」
「おっけー。じゃあたくさん持ってきてあげる!」
そして翌日、火鷹は舞を見送るためにいつもの神社に来ていた。
「見送りに来てくれてありがとう!」
「どういたしまして」
二人は苔むした階段を昇った。最近は気温が上がってきていて、軽く汗ばんだ。
「そういえば舞は何の用事で帰るんだ?」
「気になることがあってね。神の気配を感じたんだけど、それが人間からしたんだよね」
「それってマズいのか?」
「あんまり良くないかな。神が人間に、しかも大勢に力を貸すのはね」
「俺はいいのか?」
「火鷹は特別だから! あたしの権限で自由にさせてもらってる」
「そうなのか」
火鷹は自分が特別扱いだと初めて知った。舞を女神だと知った上で関われているのは貴重な経験だった。
しかも舞から好意を抱かれているという、普通の人間にはありえないことだった。神からの寵愛は過去に為政者が大金を積んで、どれだけ祈っても得られなかったものだった。
火鷹は舞と毎日のように一緒にいるため感覚が麻痺しているが、神と過ごせるのはどれだけ徳を積んでも為すことの出来ない奇跡なのだ。
そして二人は階段を昇り切った。そこは相変わらず綺麗で神性に満ちていた。マイナスイオンが溢れている場所でも、ここには勝てないだろう。
それほど心が安らぐ場所だった。大きな力に守られている感覚があった。
そして本殿に舞が入ると光の柱が現れた。これが高天原と人間界を繋ぐ道なのだ。
「それじゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい」
舞は手を振って光の柱に消えていった。火鷹は舞を見送ったため、本殿から出ようと光の柱に背を向けた。
すると背後から気配がした。思わず火鷹は振り向いた。
(舞が忘れ物でもしたのか?)
しかし光の柱から出てきたのは舞ではなかった。だが見知った神だった。
それは以前に映画で感じた悲しみから涙を流して、大雨を起こしたアマカゲヒメだった。
「火鷹さん、いらしたのですね」
「アマカゲヒメ様、でしたっけ?」
「そうです! 私は雨を司る神、アマカゲヒメですわ!」
自信満々な態度で自己紹介をするアマカゲヒメ。実際に偉い神であるため、この態度は当然と言えた。
アマカゲヒメは淡い青色の着物を着ていて、雨の日の色をイメージさせた。
「お久しぶりですわね。火鷹はお元気でしたか?」
「はい。アマカゲヒメ様はその後はどうですか?」
「ヨウランヒメ、舞のおかげで悲しみも忘れて過ごせていましたわ」
アマカゲヒメはそれからは涙を流すことなく、適度に雨を降らせていた。大雨の日がなかったのがその証拠だ。
「それで今日はどうしたんですか?」
「今回も映画を見に来ましたの!」
「え? またですか?」
火鷹はアマカゲヒメが悲恋の映画を見て大雨を起こしたことを忘れていなかった。そのときは警報級の大雨やゲリラ豪雨が続いて大変だった。
「安心してくださいませ。今回見るのはコメディですわ」
「それはよかったです」
火鷹は安心した。また大雨になったら溜まったものではないからだ。
「そうだ! 良かったら一緒に映画を見に行きませんこと?」
「いいんですか、俺が一緒でも?」
「えぇ、もちろん! 見終わった後に感想も言い合いたいですし!」
アマカゲヒメは火鷹を映画鑑賞に誘った。火鷹はこの後の予定も特になかったので、アマカゲヒメと一緒に映画を見ることした。
「それでは行きますか」
「お待ちになって。この恰好では目立ちすぎますから、着替えますわ」
アマカゲヒメはその場でくるっと回った。
すると雨粒がアマカゲヒメの体を包んだ。そして瞬きの合間にアマカゲヒメの服装が変わっていた。
へそ出しのトップスに長い足を強調するジーンズを履いていた。イケイケのお姉さんのような服装になった。長い黒髪はポニーテールにしていた。
クールでカッコいい恰好はアマカゲヒメに良く似合っていた。
火鷹は着替えを終えたアマカゲヒメに見惚れていた。周りにいないタイプの美人だったためだ。
「カッコいいですね」
「ありがとう。人間界の服装も悪くないでしょう?」
そしてアマカゲヒメと火鷹は神社から映画館のある街中に移動した。
※
映画館は土曜日ということもあり混んでいた。
そして映画館にいる人たちはみんながアマカゲヒメに注目していた。あまりに美人なためだ。
「すげぇ美人だ。モデルとかかな……」
「スタイル良いなー。羨ましいー」
普段から超絶美少女の舞が近くにいるため火鷹の感覚が麻痺しているが、アマカゲヒメほどの美人がいれば普通は目が離せなくなるのだ。
アマカゲヒメはそんな視線を気にすることなく、堂々とチケット売り場に歩いていく。
「この映画のチケットを二枚くださらない?」
「あぁ、俺自分で払いますよ」
「いいの。今日付き合ってくれるお礼だと思って」
アマカゲヒメは火鷹の分のチケットの代金を払った。火鷹はアマカゲヒメの言葉に甘えることにした。好意を無下にするのは相手に失礼だからだ。
「さ、次は食べ物と飲み物を買うわ!」
二人はフード&ドリンク売り場に並んだ。順番が来るとアマカゲヒメはたくさん注文した。
「キャラメル味のポップコーンを一つ、それからこのチーズホットドッグも。飲み物はコーラでお願いします。火鷹は何を頼みますの?」
「俺はメロンソーダで」
アマカゲヒメは大量のフードを持って席に向かった。
「楽しみね! 前に予告を見たときから楽しみだったの!」
そして映画が始まると、アマカゲヒメはポップコーンやホットドッグを食べながら楽しんでいた。
映画の内容はゲームの世界に入ってしまい、ドタバタ劇を起こしながら現実世界に脱出するというものだった。
コメディ要素が強く、全年齢で楽しめる映画だった。火鷹は久々に映画館に来たため、非日常感を楽しんでいた。
そして二時間が経って、映画を見終わった。
席を立つときにはたくさん買っていたフードとドリンクは空になっていた。
「面白かったわね! やっぱり映画は最高ね!」
「アクションも凄かったですね」
映画館のロビーに戻ると、アマカゲヒメはまたチケット売り場に行った。
「次はこの映画!」
「連続で見るんですか?」
「余韻を楽しむために時間は空けるわ。人間界に来られるのはそんなにない機会だから、たくさん見ておきたいの」
チケットを見ると次の映画が始まるまでには時間があった。そのためアマカゲヒメと火鷹は近くのカフェで時間を潰すことにした。
「俳優の演技が良かったわ! コミカルな動きも表情の多様さも、凄かったわね!」
「そうですね」
アマカゲヒメは先ほど見た映画の感想を火鷹と共有していた。アマカゲヒメはシーンを一つ一つ思い出しながら、感想を言って噛み締めていた。
「やっぱり感想を言い合えるって良いわね。面白かったところが言語化出来て、より物語を理解出来ている気がするわ」
「俺もアマカゲヒメ様の感想のおかげでシーンの意味が分かって、一人で見るより楽しめてます」
それから二人はたっぷりと感想を言い合って、映画の余韻を満喫した。
そして次の映画の時間になった。アマカゲヒメはまたフードコーナーで大量のポップコーンと軽食を買っていた。
「食べ切れるんですか?」
「余裕です! 人間界の食べ物は味が濃くて美味しいもの!」
二人が次に見た映画はラブコメだった。少女漫画原作の映画で、キュンキュンする展開が多かった。
周りを見るとカップルで見に来ている人が多かった。
アマカゲヒメは甘酸っぱい、じれったい恋愛を見て大変満足していた。
「私もあんな恋愛したいですわ」
「アマカゲヒメ様なら引く手数多なんじゃないんですか?」
「みんな変にへりくだっちゃって、対等な恋愛の経験がないんですのー」
「そうなんですか」
美神には特有の悩みがあると火鷹は知った。アマカゲヒメは神基準でもかなりの美神なのだが、その格の高さから相手はへりくだってご機嫌伺いをするのだ。
そのためアマカゲヒメは対等な恋愛をしたことがなく、むしろ男に引っ張られたいアマカゲヒメには物足りないものだった。
「そんな火鷹はどうなの?」
「お、俺ですか?」
「そうよ、舞にあんなに好かれて、羨ましいくらいだわ」
舞が男に、それも人間相手にあんなに熱中するのは神から見ても特殊な事例だった。舞は高天原でもその可愛らしさから色んな神に求婚されていた。
しかし舞はどれも断っていた。高天原の神には漢気が感じられなかったからだ。
「俺はまだ、舞の想いに応えられていません……」
「あら、そうなの? 相思相愛だと思っていましたわ」
「舞のことは大好きです。でもほかにも好きな人がいて、誠実じゃないのはわかってるんですが、迷って決められないんです……」
火鷹は舞のことが大好きだ。しかし同じくらい夜露のことも大好きだった。どちらとも付き合いたが、火鷹はそんな不誠実な男にはなりたくなかった。
「人間らしい矮小な悩みですわねー。どっちも自分のものにしちゃえばいいじゃない!」
「そんなこと、ダメですよ!」
「あら高天原では普通のことですのよ。魅力的な人物がたくさんの妻や夫を持つの」
「でも俺は人間です」
「でも、舞は――」
アマカゲヒメは途中で言葉を切った。
『あなたを神にしようとしている』
アマカゲヒメは舞が火鷹を人神にしようとしていると知っていた。むしろ神の間では周知の事実だった。
人神とは神として昇華した人間のことだ。人神は高天原に入ることを許されて、神として扱われるようになる。
人神になるには多大な功績や徳を積むか、神からの寵愛が必要になる。舞は高天原のフルーツを食べさせたり、四六時中一緒にいたりして火鷹の神性を密かに高めているのだ。
「舞がどうにかしたんですか?」
「いえ、何でもないですわ」
アマカゲヒメは言い掛けたことを誤魔化した。
(舞が秘密にしているなら、私が言うのも野暮ね)
アマカゲヒメは余計なことを言わない性格なのだ。
「人間らしく悩むといいですわ。どうしても助けが欲しかったら神を頼るといいですわ」
「覚えておきます」
「そうだ、今日付き合ってくれたことと、前に涙を止めてくれたお礼に、火鷹に渡したいものがあるんですの」
アマカゲヒメは手提げの巾着から和傘を取り出した。明らかに和傘の入る大きさではなかったが、火鷹は今更そんなことを気にしない。
「どうぞ、受け取ってくださいまし」
「傘ですか、ありがとうございます!」
「それは傘の向こうに何も通さないという効果が付いているんですの。雨はもちろん、銃弾すら通さない! かなり頑丈に作ったから護身用にも使えますわ!」
「俺には過剰ですよ」
明らかにただの高校生にはオーバースペックなものだった。
「神と関わっているんだから、もしものときに備えておいてください。大事に使って」
「はい!」
火鷹は和傘を宝物のように抱えた。
「それじゃあ、私は高天原に帰りますわ。今日は楽しかったわ! ありがとうね、火鷹!」
「俺も楽しかったです!」
そしてアマカゲヒメは高天原に帰っていった。
※
一方で高天原に先に帰っていた舞は、姉のミチカケヒメと話していた。
「今この付近に降りてる神は誰?」
ミチカケヒメは人間界に降りた神の名前が書いてある名簿を見せた。
「うーん、基本的に人間に興味のない神ばっかり……」
名簿を見ても、特に悪さをしていそうな神は見当たらなかった。しかし舞は最後の行に書いてある名前を見て驚いた。
「ロウギノミコトが人間界に降りてるの!? あいつ悪戯好きだから、何か問題を起こしてるんじゃない?」
ロウギノミコトは遊びを司る神だ。悪戯好きで、高天原でもよく問題を起こしていた。いつも何かを企んでいて、人間に力を貸していてもおかしくなかった。
「今のところは特になにも報告はないわ。それにちゃんと手続きをして降りているからねー」
「わかった。ありがとう、お姉ちゃん。それじゃああたしは人間界に戻るね」
「火鷹くんによろしくね」
「うん」
舞は火鷹へのお土産のフルーツをたくさん持って、高天原から人間界に降りていった。




