10話 体育祭
じりじりとした太陽がグラウンドを照らしている。今日は雲の少ない快晴で、熱中症を警戒するレベルの日だった。
立っているだけで汗が出てきて、風が吹かないとうだるような暑さでダウンしてしまいそうだった。
今日は体育祭の当日で、生徒たちはグラウンドに組ごとに並んでいた。並び方は自由だったため舞は火鷹の隣にいた。
そして体育祭を始める前に選手宣誓が行われた。選手宣誓をするのは野球部のキャプテンだ。キャプテンはマイクの前で声を張り上げて正々堂々と戦うことを誓った。
すると舞は小声で火鷹に話し掛けた。
「先週、あいつに告られたわ」
「まじ?」
「当然断ったけど、めちゃくちゃしつこかった」
先週の放課後、舞はキャプテンに呼び出されていた。そこで舞はキャプテンから交際の申し込みをされていた。
「舞ちゃん、俺、君のことが大好きなんだ! 付き合ってくれないか?」
「ごめん、ムリ」
舞は火鷹一筋なのでキャプテンの告白を断った。それに舞が火鷹のことが大好きなのを抜きにしても、キャプテンの性欲でギラついた目で下心が丸見えの告白を受ける気はなかった。
キャプテンは舞と関わりはほとんどなく、舞の容姿だけを見て告白してきたことは明白だった。
舞はそんな輩の告白を軽く流した。
しかしキャプテンはしつこく食い下がった。
「これから体育祭でカッコいいとこ見せるから!」
「俺めちゃくちゃ優しいよ!」
「何でダメなの!?」
自分にかなりの自信を持っていたキャプテンは、告白を断られたのが信じられないといった様子だった。
必死に自分のいいところをアピールするが、舞には響かなかった。
「あたし火鷹のことが大好きだから、ムリ」
「火鷹って誰? 絶対そんなやつより俺の方が舞ちゃんを幸せに出来るから!」
「は? そんなやつ? 火鷹を馬鹿にしてんの?」
舞は目を細めて、眉を吊り上げた。舞は一気に不機嫌になった。キャプテンは舞の逆鱗に触れたのだ。
「い、いや、そんなわけじゃ……」
「火鷹はね、誰よりも優しくてカッコよくて、漢気溢れる人なの! 何も知らないくせに火鷹のことを馬鹿にするな!」
舞は火鷹を馬鹿にされたことで怒りを爆発させた。舞の剣幕に圧されてキャプテンは後ろに下がった。
「あたしは火鷹のことしか想えないの! 他の人のことを考えることなんてムリなの! あたしと火鷹の邪魔をしないで!」
「わ、わかった。ご、ごめんなさい……」
キャプテンは舞に謝ると、そそくさと去っていった。その後キャプテンは舞に振られて怒られたショックで、数日練習に集中出来なかった。
そんなキャプテンの選手宣誓は終わると、体育祭が幕を開けた。
一年生の六クラスは紅組と白組に分けられた。火鷹たちのクラスは紅組になった。体育祭は学年ごとに競技の順位でポイントを得て、順位を決める形式だ。
火鷹たちはグラウンドに敷かれたシートの上に座って出番を待った。屋根も付いているため陽射しが遮られて涼しかった。
火鷹は待ちながらクラスメイトを応援していた。
すると舞がポケットから何かを取り出した。
「そうだ、火鷹。これ、ライランノミコトから。この前のお礼だって」
「笛?」
舞がライランノミコトから預かったのは小指ほどの大きさの、首に掛けられる笛だった。木を削って作られた上質な笛だった。
「神様からの贈り物なんて、嬉しいな。吹くとどうなるんだ?」
「何か、常に追い風が吹いてくれるらしい」
「意外と地味だな」
「人間が扱う物にそんな大それた効果を付けると危ないからね」
「なるほど。大事に使うよ」
火鷹が笛に手を伸ばすと、舞はヒョイっと手を上げて火鷹に笛を渡さなかった。
「渡す前に、一つ質問」
「何?」
「夜露と何かあった?」
「え!? い、いや、何も……」
火鷹は誤魔化そうとしたが、正直に話すことにした。
「あった……」
「正直でよろしい。何をしたの? 最近火鷹は夜露と顔を合わせると、何か変な空気になってるでしょ」
先日、惚れ薬の影響で火鷹が夜露を襲ってしまってから、二人はよそよそしくなっていた。顔を合わせるとお互いに顔を赤くしたり、頻繁にお互いを見ては目が合ったりしていた。
まるで情事をした後のカップルのようで舞は不思議だった。舞は二人の関係に進展があったと思い、ここで聞きただすことにしたのだ。
火鷹は夜露を無理やり襲ってしまったという罪悪感と、豊満な胸の柔らかい感触を思い出して夜露の顔を直視出来なかった。
夜露も不可抗力とは言え、火鷹に愛撫されて快感を得ていた。そして自分のせいで火鷹が凹んでいることを申し訳なく思っていた。
お互いに気まずい思いを抱えているのだ。
「理由は聞かないけど、火鷹が悩んでるなら解決するの手伝うよ?」
「いや、大丈夫。俺だけでなんとかするよ」
「それならいい」
舞は神として悩める人を救おうかと思っていた。しかし火鷹にそれは必要なかった。自分の問題は自分で解決したいのだ。
そして舞は火鷹に抱き着いた。火鷹はそっと舞を受け止めた。舞はそのまま火鷹の首にライランノミコトの笛を掛けた。
「ありがとう、舞」
「どういたしまして!」
そして二人はまた紅組を応援し始めた。
※
体育祭が進み、ある程度の種目が終わった。現段階では一年生の紅組はわずかに負けていた。惜しいところで負けることが多く、そのポイント差は少ない。
あと一押しが足りず競り勝てていなかった。士気が上がり切っていないんのが原因だった。
すると舞は立ち上がりどこかに行こうとした。
「舞、どこ行くんだ? 出番まだじゃなかったか?」
「ちょっとね。あたしが勝利の女神になってあげようかと思って!」
そう言うと舞は女子数人を引き連れて校舎の中に消えていった。
「ほんとの女神なのに……」
この学校で舞が女神だと知っているのは火鷹だけだった。
そして少し経って、一年生の種目が再開するタイミングで舞が現れた。しかもチアリーダーを連れて。
「あたしらが応援してあげる! 頑張ってー!」
チア衣装に着替えた舞は紅組を応援した。舞たちチアリーダーは肩とお腹、足を大胆に露出した衣装だった。
「うおー! すげぇ可愛いな、舞ちゃん!」
「あんなに一生懸命に応援されたら、勝たなきゃだよなー!」
舞は紅組の女子たちと一緒にチア衣装で応援した。最近舞が放課後に忙しそうにしていたのは、秘密にチアをする準備のためだったのだ。
舞は足を高く上げて、腕を振り上げて、体を大きく使って踊った。
「うぉ、パンツ見えた……」
「見せパンなんだろうけど、眼福だ……」
男子たちは舞のことをいやらしい目で見ていた。ここぞとばかりに舞の可愛らしさを目に焼き付けていた。
みんなが舞にメロメロになっていた。その様子に少しむくれる火鷹。
火鷹は舞に独占欲を抱いていた。自分のことを好きだと言ってくれる可愛い子が、他の男子に肌を晒しているのが少しだけ面白くなかった。
そんな火鷹の心中を知らない舞は楽しそうにチアをした。
可愛らしい舞の献身に紅組の士気はかなり高まった。先ほどまで競り負けていたのが嘘のように勝てるようになっていた。点差は縮まっていった。
そして火鷹の出番がやってきた。火鷹は障害物競走に出場する。スタート位置に着くと、開始のピストルが鳴った。
舞は黄色い声援を上げて火鷹を応援している。
「火鷹ー! 頑張ってー!」
そんな舞の期待に応えるために火鷹は全速力で走った。網をくぐり、障害物を乗り越えて最後の直線勝負になった。
火鷹はギリギリで負けて二位になった。さすがに運動部に勝てなかったが、火鷹はかなり善戦した。
ゴールすると舞が駆け寄ってきて、タオルと飲み物を渡した。
「はい! お疲れ!」
「ありがとう」
舞は火鷹の頑張りが見られて嬉しかった。舞は火鷹に労わりの言葉を掛けた。
そんな光景を見た全男子生徒は火鷹に嫉妬の炎を燃やしていた。
(舞ちゃんに労われるなんて、羨まし過ぎる!)
(可愛い彼女を見せつけやがって……)
一方で女子生徒は憧れを抱いていた。
(あんな一途になるなんて、良い彼氏なのね……)
(彼氏のためにチア衣装で応援するなんて、どんだけ好きなの? そんな彼氏欲しい!)
そして舞は火鷹の応援が終わると、またチアリーダーに混ざって紅組の応援を続けた。
※
火鷹の出番が終わると、夜露の出番になった。夜露は借り物競争に出場する。前の人を見た限りだと、借り物のお題はかなり踏み込んだプライベートなものが多かった。
ゴールしてからお題に合っているかを確認されていたが、そこで恥ずかしそうにしている生徒が多かった。
お題には好きな人や、タイプな人、親友などが書かれているようだった。
夜露はあまり変なお題を引かないように願いながらスタートを切った。夜露は一番近くにあったお題の書かれた紙を取った。
それを見た夜露はすぐに紅組のシートに走っていった。
「火鷹くん! 行こう!」
「お、俺?」
火鷹は急いで靴を履いて、夜露の手を握って一緒に走り出した。そして一着でゴールした。
「さぁ、お題はなんだったんでしょうか! 発表お願いします!」
審判の生徒がマイクを夜露に渡した。この場で発表するのだ。
「一番信頼している人、です」
「この人で間違いないですか?」
「はい!」
夜露は自信満々に答えた。
「ではゴールです! おめでとうございます!」
夜露と火鷹は見事お題を達成して、一着だと認められた。
「夜露、俺のことを信頼してくれてるのか? あんなことがあったのに……」
「うん。私は火鷹くんを誰よりも信頼してるよ」
「ありがとう、夜露」
火鷹は夜露からまだ信頼されているとわかり安心した。無理やり押し倒したため、嫌われていてもおかしくなかった。
しかし夜露はわざわざ火鷹を選んだ。これは信頼を寄せているということ以上に、火鷹の罪悪感を消し去りたいという思いが強かった。
夜露も自分のことでいつまでも悩んで欲しくなかった。
二人の間のわだかまりはこれで完全になくなった。
夜露と火鷹の親密な雰囲気に周りは疑問を抱いた。
(あれ、舞ちゃんだけじゃなくて夜露さんも!?)
(あいつタラシなのか?)
そして二人は紅組のシートに戻った。
※
そして一年生の部の最後の種目になった。それは組対抗リレーだ。女子の部には舞がアンカーとして出場する。
(絶対活躍する! 火鷹に良いところ見せるんだ!)
舞はやる気満々だった。しかし白組も負けてはいられない。白組はリレーに運動部を総動員して勝ちに来ていた。
「帰宅部には負けないよ」
白組のアンカーが舞に宣戦布告した。白組のアンカーは陸上部のためプライドがあり、舞には負けられないのだ。
「あたしが勝つよ」
そしてリレーの始まりを告げるピストルが鳴った。どちらも譲らぬ接戦で、差はほとんどつかなかった。
勝負を決めるのはアンカーになりそうだった。バトンが近づいてくる。舞の鼓動は早まっていた。
先にバトンを渡したのは白組だった。コンマ数秒遅れて舞にバトンが渡る。
「舞ちゃん! 頑張ってー!」
紅組から大きな声援が届いた。それが舞の走りを早くする。
そして愛しの火鷹の声が聞こえた。
「舞、頑張れ!」
火鷹はゴールテープの向こうで待っていた。
(今行くよ、火鷹!)
舞はさらに加速した。そして全速力で火鷹に向かっていった。どんどん白組のアンカーとの差は縮まり、ついに追いついた。
そしてゴールテープを先に切ったのは舞だった。
「やったー!」
紅組は歓喜の渦に飲まれた。溢れんばかりの歓声が舞に送られた。
しかし舞はそんな歓声よりも火鷹の元に向かうことの方が重要だった。舞はゴールした勢いそのままに火鷹に突撃した。
「うぐっ」
火鷹は全速力で突っ込んできた舞を受け止めた。
「火鷹! あたし、勝ったよ!」
「あぁ、おめでとう! 凄かった! さすがだ!」
「えへへー、もっと褒めてー!」
舞は火鷹の胸に顔を押し付けた。
そして一年生の部では紅組の勝利が確定した。
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