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第8話 呼び声

シャイナが視線を先に向け、走り出す。

ビーもその後に続いた。


道を外れ、茂みを飛び越え、獣道をいく。


「誰かいませんかー!」


声は徐々にはっきりしてきた。

シャイナがその声に応える。


「はーい、いますよー!!」

「おまえ、迂闊に答えんな」

「だって困ってそうじゃん」


そう言って、シャイナは木々の合間をとととっと軽快に走る。


「もしもーし」

「ここです! 穴に落ちてしまって」


大きな幹の後ろ、草むらの奥から聞こえている。

二人は慎重に声のする方へと進む。


草をかき分け覗き込むと、隠れるように大きな穴があった。

中には泥だらけになった青年がこちらを見上げている。


「ほら、困ってた」

「見たらわかる」


ビーは穴の深さを観察し、そこまで深くないと判断する。


「ロープ結んでくる」

「ほい」


ビーはその場に荷物を置くと、カバンの中からロープを出し、すぐそばの幹に硬く結んだ。


ジジイの押し付けだが、持ってきておいて良かったとビーは思った。

シャイナは中にいる青年に声をかけつつ、ロープを降ろす。


「それで上がってこれますー?」

「すみません、先に猫さんをあげてもらえますか?」

「ねこ?」


青年の腕の中で、小さな黒い影がもそりと動いた。

薄暗い中で金の双眸が浮かび上がる。

にゃあーと可愛らしい声で鳴いた。

じーっとシャイナがその猫を見つめる。


「……どうした」

「いや、なんでもない」


シャイナは腹ばいになって、穴の中に手を伸ばす。

青年も両手を伸ばし、猫をシャイナに託した。


「はい、ビーの仲間だよ」


シャイナは、流れるようにそのまま猫をビーに押し付ける。


「誰がだ」

「ビーって猫みたいじゃん」

「どこがだ」


文句を言いながらも、ビーはシャイナから猫を預かった。

金眼の猫はビーの顔を見て、また機嫌良く鳴いた。


「次は、お兄さんだね。いける?」

「はい、ロープがあれば大丈夫かと」


よいしょという声と共に、青年が穴から上がってきた。

灰色がかった白金の髪を払うように顔を上げる。


「ふー、助かりました」


服や長め外套についた泥を払う。

動くたびに青い水晶のピアスとネックレスが揺れる。

夜空みたいに静かなで穏やかな雰囲気の青年だった。


「ありがとうございます。危うく遭難するところでした」


シャイナが気軽に尋ねる。


「なんであんなところに落ちてたの?」

「猫さんを手当てしようとして追いかけてたら、落っこちちゃいまして。

這い上がろうとはしたんですが、すぐに足場が崩れてしまい途方に暮れてたところでした」


両手を前に軽くそろえて、青年は苦笑する。

後ろでゆるく結ばれた髪が風になびいた。


「ほんと助かりました」

「気が付けてよかったよ。な、ビー」


ビーは猫を持ち上げて、全身を確認していた。


「猫の手当て……」

「ん? どこも怪我してない感じ?」

「今のところ見当たらないな」


猫も痛がる様子はなく、可愛らしい声を上げただけだった。


「あれ? 本当ですか? 

うーん、見間違えでしたか。

でも怪我がないのであれば良かったです」


そう言って、青年は微笑みをたたえた。

その笑顔を見ていると、不思議と肩の力が抜ける気がした。


ビーは青年をじっと観察する。

整った目鼻立ち、ふわりと揺れる柔らかな髪。

装飾があるものの服に派手さはない。

長く旅をしているのだろうか、服や靴には使い込まれた跡があった。

優しく包まれるようなアイスブルーの瞳に、微笑んだ顔がよく似合う。

姿勢はいいが、妙にすらりとしていて、体を積極的に鍛えているようには見えない。

力仕事などより机に向かって仕事をしている情景が浮かぶ。

村にはいないタイプの人間だった。


シャイナはそのまま質問を続ける。


「お兄さんは、旅人?」

「ええ。魔力鉱脈と地質学的なことを調べて、いろいろなところに行ってます」

「へぇ、なんか難しそう」

「そんなことないですよ」


会話を遮るように、ぐうううぅぅと比較的大きな音で、青年のお腹がなった。


「す、すみません。昨日から水以外何も口にしてなくて」

「え、もしかして迷ってたの?」

「……そうともいうかもしれないです」

「なんかビーみたいな」

「だまれ」


シャイナは苦笑しながら息を吐いた。


「オレら今からメシだから、お兄さんも一緒に食べない?」

「いいんですか?」

「うん」

「勝手に決めんな」

「ダメって言わないだろ」


シャイナが笑いながら、ビーの顔を覗きこむ。

太陽色の瞳がすぐ目の前にある。

ビーは少し肩の力を抜いてため息をつく。


「わかった」

「決まり!」


そう言ってシャイナは早々に場所の移動を始めた。


ビーは黒猫を抱えたまま、来た道を振り返る。

森は変わらず静かだった。

あの妙な感覚はもう体から消えている。


「ビー、こっちー」

「ん」


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