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エクリプス ―月蝕の二人―  作者: 灰色 ウサギ
第2章 想い出人の郷
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第46話 残った男

<<毎週水曜・土曜日 16:50更新予定>



次回更新予定 2026年11月4日(水)

 上階を睨む。

 こちらに鞭の攻撃が来ないことを確認し、素早く次のベランダへと移る。

 次へ登ろうと見上げた先は、足場がすでになかった。


「ビー、こっち!」


 振り返れば、シャイナが斜め上の出窓に飛び上がっていた。

 シャイナがこちらに手を伸ばす。

 すぐに足先に力を入れて、跳ぶ。

 伸ばされた手を掴むと、グッと引き寄せられた。


 どこまで行くべきか。

 もう少し登れば、幹の一部が大きくえぐれて内部が露出している箇所がある。巨大な鞭の一つがそのあたりで蠢いている。


「なんか、声聞こえる」


 同じように上を見上げていたシャイナがつぶやく。


「上か?」

「たぶん」


 その時また、大樹が大きく揺れる。


「ぎゃあっ!」


 人の叫び声が耳に飛び込んできた。

 上空を一本の鞭がものすごい勢いで通り過ぎていく。

 バラバラと机や燭台などが落ちてくる。


 咄嗟に頭を覆ってしゃがみ込む。バランスを崩さないように足を踏ん張った。


 振動が収まってから、動き出す。


「今鞭が通り過ぎたところに行くぞ」

「うん」


 先ほどと同じ要領で登っていく。

 登るにつれ、途切れ途切れだった声がはっきりしてくる。

 やはり、あの壁が壊れた部屋に誰かいるようだ。


 最後の跳躍で壊れた外壁を越え、部屋の中に着地する。すぐにシャイナも続いた。しゃがんだままの姿勢で部屋を素早く見渡す。


 部屋は外壁部分や天井が剥がされ、野晒しの状態だ。床や絨毯には棘の通った跡があちこちに残り、高級そうな家具や調度品も屋外に弾き飛ばされていた。


 また大樹が揺れる。

 あまり長居はできない。

 鞭が来てない今のうちに、声の主を探さなければ。


 鞭が何に反応しているかわからない今、闇雲に大声も出せない。


「お、おい! お前たち、ワシを助けろっ!」


 部屋の壁際、まだ残っていた箪笥の奥に男が見えた。

 声の主はアイツか。


「シャイナ、周囲警戒」

「りょーかい!」

 

 シャイナは短剣を抜き、こちらへ背を向けて鞭の動きを注視する。

 それを横目に、床を蹴って、その男のもとへ駆けつけた。


「おい、だいじょ……」

「早く! 早く助けろっ!!」


 こちらが声をかける前に、白いローブを身に着けた男が一際大きな声で叫ぶ。

 腕を強く掴まれ、痛みが走る。

 おそらく半ばパニックになっている。

 

「ワシは小長だぞ! この町でできないことはない! た、助けてくれたら、好きなものをやろう」

「——っ! おい、落ち着け。騒ぐな」


 余程の恐怖を味わったのか、男の目は怖いくらいに見開いていた。

 こちらの話は聞こえていない。

 掴まれた腕に爪が食い込んでくる。


 一回のすか?

 

 そう思った矢先、熱い炎が男の前にかざされる。

 

「その手、離してくんない?」


 普段より低いその声と炎の熱は、男を我に返したようだった。


「ひいぃっ!」


 男は瞬時に手を離し、しりもちをついたまま部屋の奥へと後退した。

 いつの間にか隣に来たシャイナが、男の目の前に短剣をかざしたのだ。シャイナはため息をつきながら、短剣を引く。


「シャイナ、そこまでしなくていい」

「話聞こえてなかったじゃん。あとこれ、跡になる」


 シャイナは片膝を立ててしゃがみこむと、爪の跡が赤く残った腕にそっと触れた。


「仕方がない」

「そう言うと思ったんだよ。もうちょっと遅かったら腹パンくらいかましてたでしょ」


 それは否定できなかった。

 シャイナばかりを非難できるものではない。


「……」

「やっぱり」

「話が通じてな……」


 ふとシャイナの肩越しに視線が向いた。

 霧の奥、一本の鞭が大きく振りかぶっている。


「——横に跳べっ!」


 シャイナとともに、男がいる壁際へと跳んだ。


 直後、今いた場所に鞭の一撃が振り下ろされる。

 大樹が大きく揺れる。

 床が激しい音を立てて砕け、木片が宙を舞う。

 

 シャイナがすぐさま短剣を構える。

 刀身に炎が走った。


 鞭がゆっくりと持ち上がっていく。

 棘が刺さったままの床板が一緒に持ち上げられて、ギシギシと嫌な音を立てる。


 シャイナがちらりとこちらに視線を投げて、つぶやく。


「このままだと、まずいか……」

  

 こちらのすぐ後ろでは、男が頭を抱えて震えていた。

 何か小さな声で呟くばかりで、立ち上がる気配さえない。


 シャイナが動く。

 こちらと男から離れる方向へ。


「こっちだ! こっちに来い!」


 短剣を包む炎が、さらに勢いを増す。

 しかし、鞭は何かを推し量るように先端をくねらせるだけだ。

 

 声や音に反応しているわけではないのか?

 

 再び鞭が自身を高く持ち上げる。

 振り下ろされる先は——こっちか!?


 未だぶつくさ言っている男の肩を無理やり掴み、引きずるようにして床を蹴った。

 攻撃の軌道上から離れる。


 風がうなった。

 鞭が凄まじい勢いで叩きつけられる。

 箪笥もろとも周囲が砕け散る。


 シャイナがすぐに踵を返してこちらに駆けてくる。


「お前の相手は、オレだっつってんだろ!」


 炎の短剣が鞭の先端を切り落とす。

 次の瞬間、鞭が大きく反る。


 それはまるで、激痛を感じているかのように。

 緑色の液体を振りまきながら、左右に激しくのたうち回る。

 

 だが、これで終わりとは思えない。

 シャイナと一瞬だけ視線が合う。


 ——今こいつに無差別に暴れられると、あの男を守りきれない。


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