第42話 リタホームの不穏(2)
露店で売っていたのは、揚げパンのようなものだった。店の看板には「リタホーム限定・伝統菓子」と書いてある。
赤と白の天幕の下で、ふくよかな女性が大きな鍋で丸い生地を揚げている。
シャイナが声をかけると、店員はにこやかに迎えてくれる。
注文を済ませ、シャイナが小銭入れからお金を取り出していると、店員が自分たちを交互に見ながら尋ねてきた。
「坊やたち、イケメンさんだね。あなたたちも想い出人様に会いに来たのかい?」
シャイナが明るく答える。
「薬草を買いに来たんだ。けど、想い出人も気になってるよ」
「ああ、薬草ね。今どこも売ってないのよね~。普通そんなことないんだけど」
目の前で揚げたての菓子を包みながら、店員は言った。
シャイナは気軽に会話を続ける。
「やっぱ、そうなんだ。この前霧が出たって聞いたけど、次はいつ出るの?」
「うーん、決まった時間じゃないのよ。数日空くときもあれば、連日出たり。あ、でも気を付けて」
「どうして?」
「最近想い出人様もね、様子が変みたいなのよ」
「「変?」」
思わずシャイナと声が重なった。
「ええ、なんかうめき声が聞こえたり、想い出人様に会えた人が怖がってたりして」
「これまではそうじゃなかったってこと?」
シャイナは声の調子を変えずに尋ねた。
店員は少し声を落とす。
「あたしも直接見たわけじゃないんだけど、恐ろしくて逃げ出した人もいるらしいのよ」
「……」
聞いてた話とだいぶ違うな。
想い出人って会いたい人だろ。
怖いって思うのか?
「そうなんだ。ちょっと怖いね」
「でしょ。普通はみんな穏やかな顔して帰ってくんだけどね。最近物騒だし、早く元に戻ってほしいわ。あ、これおつりね。はいどうぞ」
「ありがとう」
シャイナが笑顔で菓子を受け取った。
店と店の間にある通路脇の軒先に移動する。マーが店を出ても、すぐにこちらを見つけられるだろう。
「なんか嫌な話聞いちゃったなあ」
「想い出人にも異変が起こってるみたいだな」
「あとでエチルスにも話そう。あ、はいこれ、熱いから気を付けてね」
口の前に、揚げパンに似た菓子が差し出される。
甘いにおいと香ばしさが鼻先をかすめた。
ポケットに両手を突っ込んだまま、あむりと口にする。
さくっという小気味よい食感とともに、口の中に甘さが広がった。噛めば揚げたての香ばしさが鼻に抜ける。
思わず口元がゆるんでしまった。
それに気が付いたシャイナが、目を細めた。
シャイナは菓子を引き戻すと、自分もかじりついた。
口を動かしながら、その太陽色の目が輝く。
「めっちゃうまいじゃんっ!」
「ん」
シャイナをちらりと見て、菓子に視線を戻して、軽く口を開けて待つ。
すると、シャイナが笑う。
「はいはい」
差し出された菓子に、そのまま口をつける。
さっきより大きめにかじり取った。
これはまた後で食べたいかもしれん。
二人で交互に食べていると、小カバンから顔を出したシオンがぱたぱたと両手で腰のあたりを叩く。
「これ、食べれるか?」
尋ねると、喋らないよう前脚で口を押さえて何度も頷く。普通のうさぎと違って、食べられるものが多いのかもしれない。
シャイナが手で菓子を小さくちぎる。
「はい、どうぞ」
シオンは両手で器用に受け取ると、小さな口でかじりついた。
一口、二口。
さくさくという音とともに、あっという間に平らげてしまう。
「やばい、シオンに食べられちゃうかも」
「また買う」
「そだね。あ、口元に汚れついてる」
「ん」
シャイナの手が頬に伸びてきて、親指で口元を拭われる。
「何してんねん」
「うわっ!」
不意に後ろから声をかけられ、シャイナが驚いた。
見れば、今朝別れた長身の男二人が路地に立っていた。
コウは訝しげに眉を寄せており、ツルギはじっとこちらを観察している。
聞こえるようにため息をついて、コウを睨んだ。
「なんでここにいる」
「ひどい言い草やな。てかお前ら、なんなんや? その関係。思わず突っ込みに来てもうたやないか」
「え?」
シャイナがきょとんとしている。
「お前に教える義理はない」
言い捨てて、わざとらしくそっぽを向いた。
すると、コウの手がワシワシと乱暴に頭を撫でてくる。
……こいつ。
ぴきりと脳内の血管の音が聞こえた気がした。
再びコウを睨みつけると、眉がひきつったままの笑顔がこちらに向いていた。
「一応共闘しとるやろうが」
「あ? 触んな」
コウの手をパシリと跳ね除ける。
「……えらいかわいい野良猫やなぁ?」
「お前はお子様だろうが」
「待て待て待て、ここで喧嘩しない!」
シャイナが慌てて、自分とコウの間に入る。
「似たもの同士」
ツルギの短い一言が落ちた。
「んな訳あるかっ!」
「ふざけんな」
同時に反応したことが、より苛立ちを募らせる。
ツルギがコウに視線を投げて、息を吐く。
「沸点」
「はぁ、誰が低いねん!」
コウはツルギにまで食ってかかり始める。
シャイナがそれを止めるように話し出す。
「オレらは幼馴染なんです。小さい頃からずっと一緒だから、昔の癖が抜けないっていうか、それが普通だから」
「幼馴染、なぁ」
シャイナの肩越しに言い放つ。
「黙れ赤毛」
コウの眉がぴくりと引きつる。
すかさず、シャイナが軽くこちらを向く。
「ビーも黙って」
「……」
ツルギがシャイナと自分を見て、静かに言った。
「すまんな」
「なんでお前が謝んねん!」
ツルギがコウへ視線を向ける。
「……保護者」
「はあ!? 誰のや!」
収まらない口げんかの最中、穏やかな声が響く。
「おや、みなさんお揃いで。こちらでしたか」
マーが大きな紙袋を抱えてやってくる。
前が見えにくそうだ。
嫌な予感がした。
シャイナと目が合う。
「マー、それ持つ——」
言い終える前だった。
マーの背後から、追いかけっこする子どもたちが駆けてくる。
そのうちの一人が、マーの足にぶつかる。
止める間もなく、マーはバランスを崩して、前のめりに地面に倒れ込む。
抱えていた紙袋が傾き、旅用品が路地裏に散らばった。
「ごめんなさいっ!」
子どもたちは振り返りって叫ぶと、走り去っていった。
「おや」
間の抜けたマーの声が路地裏に落ちた。
シャイナと目を合わせ、肩をすくめる。
コウは前髪を乱雑にかき上げ、ため息をついた。
ツルギは、黙って転がった荷物を拾い始めた。
シャイナがマーに駆け寄る。
こちらの足元に荷物が転がってきたので、しゃがんで拾い上げる。
コウは面倒くさそうに、道の奥へ入った荷物を追う。
マーに買い物袋は持たせちゃダメかもしれない。
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