第38話 無意識の癖
今回は2話連続投稿(第37・38話)です。併せてお楽しみください。
重たい体を引きずり、部屋の隅にある作業机の椅子にどかっと腰掛ける。
シオンもついてきて、机の上に一跳ねして乗った。
左手に握った銃を眺める。銃身の側面に沿って右から左へ指を滑らせる。
刻まれた魔術回路をなぞり、それを補助する細管、さりげない装飾、黒の握把へ至る。
家の倉庫で偶然見つけてから、もう数年。
いつ誰がなんの目的で作ったのかは知らない。ただ最初に握った時に身体が楽になって、昔から知っているかのような感覚があった。
戦いの中で無茶な使い方をしたことは数えきれない。昨晩は鞭の鋭い一撃を弾いた。
相変わらず傷ひとつない。
銃身を折り開き、一つ一つ部品を外して丁寧に拭いていく。
手はいつもの動作を繰り返すが、少し遅い。
シオンは解体された銃をまじまじと見つめた。
「びーちゃま、これはなんでちか?」
「……相棒だな」
「あいぼー」
頑張って復唱するその言葉に、ほんの少しだけ口元が緩む。
金属同士が触れ合って鳴る音が、耳に心地よかった。
一通り銃の整備を終えても、シャイナたちは戻ってこなかった。
「びーちゃま、このお部屋なんでちゅか?」
部屋を探索していたシオンが、部屋の中にある扉をペシペシと叩く。
気になって開けてみると、トイレと小さなシャワールームがあった。
蛇口を捻ると、上からお湯が出る。
食堂でも人が多かった。共同浴場も同じようなものだろう。わざわざ混み合う浴場にいくのは面倒だ。
「……さっと入るか」
◇◇◇◇◇
近づいてくる複数の足音と話し声に、落ちた意識が少しだけ戻る。
ドアを開ける音に体がぴくりと反応する。
部屋に賑やかな音がなだれ込んでくる。
視界がぼんやりしたまま、上体をゆっくり起こした。
下はふかふかしている。ベッドの上か。
左手が勝手に枕の下に伸びる。指先にいつもの銃の感触が当たる。
——ちゃんとあるな。
シャワーを出てベッドに体を預けていたところまでは覚えていたが、おそらくそのまま意識が落ちていたのだろう。
疲れはまだ体に居座っている。
目を開けていられない。
石鹸の香りが近づいてくる。その奥に見知った匂いを見つけ、近くに来たのがシャイナだとわかった。
「ビー、ごめん、遅くなって……って、あれ、着替えてる? もう風呂入ってきた?」
無言で部屋の中の扉を指す。
シャイナが扉と自分を何度か見返している。
「ん? え?」
「……シャワー」
「ああ、シャワーが部屋についてたんだ。それでもう着替えたのか」
なんとか頷く。
「……寝る」
そう言うのが精一杯だった。
体から力が抜ける。
「おっと」
シャイナの腕が自分の肩を支えたのはわかったが、眠りに落ちていくのは止められなかった。むしろ、近い体温と聞こえてくる鼓動に思考が溶けていく。
「あ、髪……ってまぁ、いいか。……おやすみ」
その優しい声が耳に落ちて、そのまま眠りについた。
◇◇◇◇◇
翌朝——
「うわっ!」
聞き慣れない声に意識が浮かび上がる。
「ビー! 起きて!」
シャイナの声に何度か瞬きする。
寝起きの視界が徐々に焦点を結んでいく。
——ここは? そうだ、宿屋の部屋か。
そう思った時には、すでにベッドの上に仁王立ちになっていた。
左手で銃を構え、照準をコウに向けている。
——これは、反応したあとだな。被害者は……赤毛か。
ベッド脇でこちらを見上げているシャイナに状況を確認する。
「……またやったか?」
シャイナが安心したようにため息をついた。
「やった。けど、一応未遂かな? 殴りはしたみたい。そのあとは、いつも通りに銃取り出してたけど、撃ってないよ」
「よく見てたな」
確かに、引き金を引いた後の衝撃が左腕にはなかった。
再びコウを見れば、軽く迎撃体勢を取っていた。その奥では、ベッドから飛び起きたようなツルギが立っており、マーも驚いた顔をしてベッドから上半身を起こしていた。
まあ、当然の反応か。
やらかしたのは確かなようだ。
銃口を下ろし、ベッドから床へ軽く飛び降りた。
口が開いたままになっているコウに尋ねる。
「……寝てる俺に近づいたか?」
「……は? ……ああ、ベッド脇にタオルが落ち取ったから拾たったんやけど」
「それでか……」
「なんやねん」
「昨日、寝てるビーに不用意に近づくと危ないって言っといただろ」
昨晩自分が寝た後に、シャイナがみんなに忠告はしておいてくれたらしい。
軽く息を吐いた。
面倒だが、説明は必要か。
「……反射だ」
「「「反射?」」」
コウ、ツルギ、マーの三人の声が綺麗に重なった。
「寝てる時に近づかれると、体が勝手に動く」
コウは訳が分からないといった顔をした。
「は?」
「どういうことですか?」
マーが、額の汗を拭いながらきいてくる。
「だから、無意識に敵と認識して殴ったり、蹴ったりする」
シャイナが胸を張って答える。
「それをオレが『反射』って呼んだんだ」
「自慢げにいうな」
コウがこちらを指差しながら叫ぶ。
「いやいやいやいやいや、ありえんやろ。あのスピードで殴ってくるのが無意識やて? 普通の攻撃やんか!」
「当たったか?」
「いや、避けたけども」
「じゃあ、よかったな」
「よかった、やあらへん! どこの戦場で死と隣り合わせで寝とる戦士やねん! ここは普通の宿屋やろ!」
「んー、オレもたまにくらうよ」
シャイナが両手を後頭部に当て、なんでもないことのように言う。
その発言に、コウはさらに混乱したようだった。
「はあ!?」
「でも、シャイナ君、ビー君と一緒に寝たりもしますよね? その時は大丈夫なんですか?」
マーは何度か一緒に寝泊まりしているので、当然の疑問だろう。
シャイナが代わりに説明してくれる。
「えーっとね、ビーは、オレがいるってわかった状態で寝ると殴らない。オレがいるって認識してない状態で寝てたら、反射がくる。だから、その場合はオレも攻撃が届く範囲には近づかない」
「おかしいやろ!」
シャイナと二人顔を見合わせる。
「まあ、昔からだな」
「対策してるし?」
コウは前髪を掻き上げる。
なんとか冷静さを取り戻そうとしているように見える。
「ほな、坊主を起こさなあかん時はどないするねん」
「坊主じゃねえ」
「細かいとこ、今ツッコんでくんな!」
仕方がないので答えてやる。
「俺の方が先に起きる」
「いやいやいや、坊。そうじゃない時もあるやろて聞いてんねん」
迷うことなく、シャイナが答える。
「その時はビーが動く前に、一気に手足を押さえ込んでから起こすよ」
「ああ、あれな」
「な」
マーは笑顔が張り付き、ツルギは唖然としている。
わなわなとコウの体が震え、怒号が早朝の部屋に響き渡った。
「——な、やないやろ!」
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