第36話 古き良き森の異変
こちらの呼びかけに気づき、マーは穏やかな笑みを向けた。
いつもと変わらない微笑みなのに、不思議と質問を差し挟む余地がない気がした。
シャイナも同じように思ったのか、二人で声を潜める。
「なあ。マーがなんか変なこと考えてる気がすんだけど」
「俺もそう思う」
止めるべきか迷っているうちに、マーが話し始める。
「シオンさんのこともバレてしまいましたし、変に隠すと要らぬ誤解を生みます。お話ししておいたほうがいいでしょう」
マーはどこまで話すつもりだろうか。
自分たちのことか、それともシオンが森を出た理由か。
それは、二人を巻き込むことにならないだろうか。
気が合わないコウは大いに困ればいいと思うが、シャイナたちを助けてくれたツルギに迷惑をかけるのは気が引ける。
マーはこちらが戸惑っているのを知っているかのように目配せしたあと、コウたちに向き直った。
「シオンさんとは、一つ前の街で偶然会いました。話を聞いたところ、『古き良き森』から来たそうです」
コウがわずかに眉をあげる。隣に立っているツルギも、マーへ視線を向けた。
「へえ……。『古き良き森』言うたら、ここにある大精霊が治めとる森やんか」
「ええ。シオンさんはそこで暮らしていたようです」
「それがほんまやったら、精霊の庇護下にいて、しかもしゃべれる言うんはなかなか珍しいで。大精霊に仕える、『神の御使い』に近い存在やろ。なんでわざわざ森の外に出てきたんや?」
シオンが、腕の中でぴくりと震えた。耳から力が抜け、悲しそうに頭を下げた。
小さく縮こまった体をそっと抱き寄せた。
シャイナの手が、シオンの頭を優しく撫でる。
コウの言葉を受けて、マーが頷く。
「おっしゃる通りです。実はその大精霊に何か異変が起こっているようなんです。コウさんたちも、何か感じ取っておられませんか?」
昨夜対峙した霧の中の魔獣たちと、鞭のような何か。
あれも、この異変に関係しているのだろうか。
おしゃべりな男が一瞬黙った。
ツルギがコウに視線を送る。
短い沈黙の後、コウは前髪を掻き上げる。その口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
「はっ、そういうことか。事前に聞いとった情報が、だんだんきな臭くなってきたわけや。思っとったより、おもろい話になりそうやんか。詳しく聞かせてもらおか」
「そうおっしゃっていただけると思っていました」
マーは少しも動じなかった。
コウもまた、笑みを崩さない。
「ここまで兄さんの手のひらの上か……。ますます食えんなぁ」
「そんなことありませんよ。ただ、詳しいお話をする前に——」
マーがこちらにちらりと視線を向ける。
コウとツルギが、マーの次の発言に耳を傾けた。
「一度、休ませていただいてもよろしいですか?」
「は?」
コウの間の抜けた声が部屋に響いた。
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