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エクリプス ―月蝕の二人―  作者: 灰色 ウサギ
第2章 想い出人の郷
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第35話 いい人の理由

 マーがさっと入り口へ引き返し、廊下を見渡してから、ドアを閉めた。


「幸い、外にはどなたもいませんでした」

「良かった……」


 すぐ隣に立つシャイナが胸を撫で下ろす。


「大げさだな」

「大げさにもなる! しゃべるうさぎなんて見つかったらぜったい大騒ぎになるんだからな。ビーはちゃんとわかっておいて」

「……そうか」

「そうだよ。だから、路地裏で捕まってたんじゃん」


 改めて、抱き上げたシオンを見る。

 温かく柔らかい小さな体。人を疑うことを知らない純粋無垢な瞳が、こちらを見つめ返している。


 下手をしたら、シオンがまた同じ目に遭うかもしれない。そう思うと、身の毛がよだつ。

 

 ——俺が甘かったな。

 

「……シオン、人前であまりしゃべるな」

「あいでち!」


 元気よく返事をすると、シオンは小さな前脚で口を押さえる。

 マーがそばまで来て、シオンに優しく微笑む。


「今は大丈夫ですよ。このお兄さん方はたぶん、いい人たちですから」


 マーの発言に、窓の近くに立っているコウが試すように問いかける。


「ふーん、ほぼ初対面の相手を信用するんか?」


 その問いに、マーはいつものように微笑んだ。


「そうですね、少なくとも今は信用しています」


 案外あっさりと答えたマーに、シャイナとそろって目を瞬かせた。

 どこでそう判断したのか。


「仮定の話になりますが、もしあなた方に僕たちを襲うつもりがあったとしたら、昨晩会った時に行動していたはずです」


 確かに。あの時襲われていたら、対応は難しかっただろう。

 マーはそのまま話し続ける。


「しかし、あなた方はわざわざ危険を冒してまで僕たちのところに駆けつけ、助けてくれました。助けた後も、金銭を要求することも、恩を着せるような言動もありませんでした。それに、すぐに去って行かれましたしね」

「言われてみれば……」


 シャイナが思わず漏らす。


「また、現在のリタホームで意図的に同じ宿を取ることはかなり難しいでしょう。しかも、あなた方は先客で、僕たちは後から来た。相部屋になったのは、本当に偶然でしょう。他に目的をお持ちだとは思いますが、少なくとも今すぐ僕たちに危害を加えるつもりはないと判断しました」


 穏やかな口調で、しかしはっきりとマーは言った。

 この短時間にそんなことまで考えていたのか。

 マーがいつも物事をそつなくこなして、うまく場を収められるのも、こうした観察力があるからかもしれない。

 ただ、ツルギはともかく、赤毛は信用しなくていいと思う。


 マーが再びシオンを見る。


「それに、シオンさんが話した時のあの驚き方は、とても演技には見えませんでした。シオンさんのような存在を事前に知っていたり、探していたりした様子もありません」


 コウは笑みを崩さず、肩をすくめた。


「なかなか食えへん兄さんやなぁ」

「お褒めいただき、光栄です」


 皮肉とも感心とも取れるコウの言葉に、マーは笑顔でさらりと返した。そのやり取りに、自分たちには入り込めない駆け引きのようなものを感じる。


 シャイナが余計なことを言う。


「ビーもエチルス見習って」

「うるさい」


 コウは両手を広げて見せる。


「まあ、ワイらは見ての通り傭兵や。依頼次第で荒事も請け負う。ただ、女子供や何もしてへん一般人を害するような真似はせえへん」


 傭兵か。職業自体は知っているが、目の前にするのは初めてだ。ただ、これまで見かけた冒険者より派手だし、かなり軽装だ。赤を基調とした、色の異なる布を何枚も重ねたような服を着ている。装飾も多い。

 ツルギも似たような服を身につけてはいるが、装飾はなく、動きやすいよう下衣は体に沿う細身の作りになっている。


 目を細めて観察していると、赤毛が腰に片手を当てて尋ねてくる。


「なんや、言いたいことがありそうやな」

「……別に」


 敢えて指摘するのも、面倒だ。

 また言い合いになると思ったのか、隣でシャイナが一度身じろぎする。


 コウは、こちらの腕の中にいるシオンを指差した。


「じゃあ、改めて聞くわ。そいつは何なんや?」

「うさぎだ」

「わかっとるわ! 何でそいつが普通にしゃべるんかを聞いてんねん」


 そういえば理由は考えたことがなかった。シオン本人にとって、話せることは当たり前なのだろう。

 シオンと一緒になって首を傾げる。


「……さあ?」

「……その態度、わざとか? 坊主」


 コウの苛立ちがこちらへ向けられる。

 こいつが売ってくるケンカなら、心置きなく買える。


 コウを見据え、告げる。


「好きに汲み取れ。それと坊主じゃないからな」

「へえ……」


 再び二人の間に剣呑な空気が走る。

 即座にシャイナに肩を掴まれ、強引に回れ右をさせられた。


「はいはいはいはい、ケンカしない」

「俺に言うな」

「ケンカ買う気だったでしょ」

「断る理由がない」

「それが問題なの」

「チッ」

「舌打ちしない」


 つくづくシャイナには自分の考えが見抜かれている。

 後ろを向かされたので、マーが軽く握った拳を口元に当てているのが目に入る。考えている時の癖だ。

 何だか嫌な予感がするのは気のせいだろうか。

 思わず声をかけた。


「マー?」



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次回更新予定 2026年10月10日(土)


 

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