第34話 齟齬
部屋にいたのは、昨夜邂逅した男たち二人。
赤い派手な男は、窓際の椅子に足を組んで腰掛け、肘掛けに頬杖をついていた。
——何でこんなところで……。
赤毛を認めた途端、眉間に深い皺が寄る。
左手が反射的に銃へ伸びた。
「赤毛……」
「銀髪坊主やん」
口の端を吊り上げる赤毛を、真正面から睨み返す。
そんな自分たちを気にするそぶりもなく、マーがすっと部屋に一歩踏み入った。
春の日差しのような優しい笑みをたたえ、丁寧に一礼した。
「昨夜は助けていただき、ありがとうございました。僕の名前はマー・エチルスと言います。今日はご一緒させていただきますので、よろしくお願いいたします」
立って荷物を整理していた寡黙な男が、マーの一礼を受けて、礼儀正しく頭を下げる。その所作はやけに整っている。
「よろしく頼む」
低く静かな声が落ちる。
表情は一切変わらないが、こっちは赤毛と違って常識があるらしい。
マーに続いてシャイナも部屋に一歩踏み入る。
さりげなく自分と赤毛の視線を遮る場所に位置取る。
「昨日はありがとうございました! オレはグック・シャイナ、後ろにいるのはビー・ビーです」
明るく元気な声が部屋に響く。こういう時でもさっと前に出られるのは、相変わらずだ。
しかし、勝手にこちらの自己紹介までされたので、シャイナの足を軽く小突く。
全くもって無視される。
赤毛がゆらり立ち上がる。
「こちらこそ、よろしく頼むわ。ワイは、コウいうねん。そっちのあんま喋らへんのがツルギ。昨日は面白いもん見せてもろたわ」
赤毛の名前はコウというらしいが、どうでもいい。
『面白いもん』と口にした瞬間、こちらへ視線を寄越してくる。
わざとらしいのが余計気に障る。
シャイナの肩越しに睨み返した。
それすら奴にとっては面白いらしく、口元の笑みが深くなった。
シャイナがさらに一歩ずれ、自分を背中に隠すように間に入る。
にこりと愛想のいい笑顔を作った。
「こいつ、人付き合い苦手なんで、からかわないでやってもらえますか」
「……へえ。苦手、なあ……。そういうつもりはなかったんやけど」
赤毛はこれ以上踏み込まない方がいいと判断したのか、自分へ向けていた挑発的な視線を下げた。
それでも不敵な笑みは浮かべたままだ。
「ま、そない遠慮せんと入ったらええ。ここにいる間は部屋は一緒に使うんやし」
それを受けて、マーが穏やかに返事をする。
「ありがとうございます。では、お邪魔しますね」
マーが部屋に入っていき、シャイナも続こうとするが、先にこちらを少し振り返る。
正直赤毛と同じ部屋で過ごす気にはならない。野宿した方がましだ。
だが、そうすればシャイナは確実についてくる。マーも同様だ。
ここまで何軒も断られて、マーの機転でようやく確保できた寝床だ。
疲労と空腹が重なり、身体は鉛のように重い。
……それでも、足は動かなかった。
シャイナが自分の葛藤を汲み取ったのか、こちらに手を伸ばしかけた時だった。
外套の内側がもぞもぞと動く。
「ぷはっ!」
たっぷり寝たであろうシオンが、紫水晶の瞳を輝かせて顔をのぞかせる。
「びーちゃま、ここどこでちか?」
「シオン……」
止める間もなく、ぴょいんと部屋の方に元気よく飛び出した。
木の床に着地すると、鼻をひくひくさせ、耳を動かしながら、楽しそうに部屋をきょろきょろと見回す。
「わぁ、ここも素敵なお部屋でち! まーちゃま、しゃいなたま、みんなでここで過ごすんでちゅか? あ、昨日の赤い人と青い人もいまちゅ」
マーとシャイナが「あ」という顔をする。
コウとツルギの目が大きく見開かれる。
誰もしゃべらなかった。
「あえ? なんかおかしいこと言っちゃったでちか?」
シオンが小首を傾げる。
沈黙を破ったのは、一番うるさいと思われる男だった。
「な、なんでウサギがしゃべっとんねん!!」
ばつが悪そうに、シャイナが頭を掻く。
「……あー、ばれちゃった」
「ちゃんと言っておけばよかったですね」
マーは片手を額に添えて、つぶやく。
シオンを回収するため、自分の足は自然と部屋に踏み込んでいた。
その柔らかな体を抱き上げて、注意する。
「シオン、勝手に飛び出すな。危ないだろ」
「指摘するとこ、そこちゃうやろ!」
「そこじゃないって!」
コウとシャイナから、同時に声が飛んでくる。
マーが苦笑する。
「ビーさんにもちゃんと教えるべきでしたね」
シオンと見つめ合い、お互い首を傾げる。
表情を戻したツルギが、ぼそりとつぶやいた。
「齟齬」
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