第33話 嫌な再会
マーの発言に、疲れで耳がおかしくなったかと思った。
シャイナも言葉が詰まる。
「……ご、ごめん、エチルス。もっかい言ってくれる?」
「先ほど詰め所で聞いたのですが、数日前にリタホームで一番大きな宿屋が火事に見舞われたそうです」
二人とも思わず息を呑む。
マーは落ち着いた声で続ける。
「宿泊者や近隣の住民の方には大きな被害はなかったそうなのですが宿屋自体が燃えてしまって……。そのため、僕たちのような旅行者や冒険者たちで宿泊先の取り合いになっているそうです」
泊まる場所がない、というのはそういうことか。その言葉を咀嚼していくうちに、苦い思いが上がってくる。
シャイナが落胆したように片手で顔を覆う。
「……まじ? いろいろ大変そうなんだけど、オレたちも今人の心配してる余裕ないかも」
「……とりあえず、早く行かないと不味くないか?」
火事については心が痛む。
しかし今はシャイナの言うとおり、こちらもギリギリだ。夜の森で戦い、夜通し歩いた体には、眠気と疲労がこれでもかと詰まっている。野宿でもなんとかなるが、さすがに今日くらいは普通にベッドで眠りたいと思ってしまう。
「火事のことは、リタホームの長の方々が収拾に動かれているので、心配はいらないでしょう。宿屋の場所は、一通り詰め所で聞いてきました」
こんな時でもマーは抜かりがない。
マーを見つめたまま、黙って隣のシャイナへ手のひらを見せるように差し出す。意図を理解したシャイナがパチンと手を合わせてくれる。
「「さすが」」
二人の口調が揃ったところで、マーがくすりと笑みをこぼす。
「おそらく何軒か聞いて回る必要があるでしょう。タイミングもあると思います。その道すがら、許可証の更新ができる役所もあるので、途中で立ち寄りましょう」
シャイナが笑顔を取り戻す。
「エチルスがいてくれたら、なんとかなるかも」
「てか、いないと無理じゃないか。任せてることが多すぎる」
道順、日程調整、怪我の治療、手続き関係、宿屋の手配など、自分たちではカバーできない部分を手厚くさりげなくこなしてもらっている。
自分の発言にシャイナが目を丸くする。
「なんだ?」
「確かに。確かにエチルスはすごいんだけど、ビーが人褒めるの珍しいと思って」
「事実だろ」
「……」
シャイナは、嬉しそうな顔をしたかと思ったら、神妙な顔をして、眉間に皺を寄せる。
感情が読めない。
「どうした?」
「いや、今複雑……」
「そんな要素あったか?」
「……オレにはあんの」
マーは何かを察すると、気を取り直したように一歩踏み出した。
「お褒めに預かり光栄です。さ、早く行きましょうか。僕の不運もありますから、宿屋が取れるかは分かりませんよ」
マーの落ち着いた様子を見て、シャイナが漏らす。
「取れそうだよね」
「同感だ」
一軒目、あっさり断られる。
大樹の中に造られた宿屋を見学したいが、今は我慢する。気を取り直して次へ向かう。
次の宿屋へ向かう前に、役場に立ち寄った。
入村許可証の更新がここでできるらしい。
役場にいる人々は、一様に褐色の肌に、少し低い鼻、淡い色の髪色をしていた。おそらくこの土地に住む人々の特徴なのだろう。一軒目の宿屋の受付担当者もそうだった。
役場の人に事情を話すと、ある窓口へ案内された。担当だと思われるメガネをかけた男性が、手紙が収まるほどの乳白色の四角い箱を取り出し、机の上に慎重に置いた。ツタや花の装飾が施されているが、蓋もなく、普通の木箱にしか見えない。
何をするのかわからず、三人とも黙っていると、許可証を入れるように指示された。
マーがゆっくりと箱に許可証を収める。
すると許可証全体が淡く光を帯び、魔術印が浮かび上がる。
「「「おお!」」」
思わず、三人の口が揃う。
それはほんの数秒のことだった。
光が収まると担当者が箱から許可証を取り出し、書かれた文字を確認してから渡してくれる。
先ほど浮かび上がった魔術印は跡形もない。代わりに期限が三年後まで延長されていた。
「すご」
「こんなこともできるのか」
シャイナと二人、許可証を光にかざしてみたり裏返したりして眺める。
魔術印の奥深さを改めて知る。帰って書庫で調べてみようと思った。
「なかなか良い仕組みですね」
マーは魔術印の仕組みに詳しいようで、妙に納得していた。
これで一つの憂いが解消され、肩の荷が下りた気がした。
二軒目の宿屋に向かった。
案の定、断られてしまう。事情が事情だけに仕方がない。まだ次がある。
三軒目、四軒目と回ったが、答えは同じ。
気力が薄れて無くなりそうになっている。
五軒目、こじんまりした宿屋。ここでも満室だと言われ、そろそろ本気でダメな気がしてきた。
宿屋を出る頃には、足取りが確実に重くなっていた。シャイナもあからさまに肩を落としている。
「まずくない?」
「ああ、考えが甘かったな……」
マーを見ると、片手を口元に当てて考え込んでいる。野宿の検討を始めたのかもしれない。
思えば、昼もまだ食べていない。
相手が悪いわけではないのだが、断られ続けるというのは案外辛い。次こそはという期待もいく先々で裏切られていく。
六軒目に行っても同じだろう。もう諦めるしかないと、無理やり自分を納得させかけた時、マーが確信を得たようにこちらを見た。
「三軒目の宿屋に戻りましょう」
「「え?」」
マーはこちらの返事を待たずに歩き始めた。
シャイナと顔を見合わせ、わけもわからず後に続く。
三軒目の宿屋は、リタホームで二番目に大きい宿屋だった。ここの特徴である大樹をくり抜いて造られた本館と普通の建物の別館を備えていた。
受付窓口は常に忙しなく、先ほど訪れた時も「無理無理いっぱいだよ」とあっさり追い返された。
マーは、受付窓口の担当者に再び声をかける。
正直期待は——
「えーっと、相部屋でよかったら、ちょうど今空いたよ」
「では、そこで」
マーはその答えを予想していたかのように、二つ返事で答え、部屋を押さえるべく素早く台帳へ記入していく。
その背中を見ながら、二人で唖然とする。
「……まさかだね」
「まさかすぎるだろ」
マーが鍵をもらって振り返る。
「相部屋なんですが、我慢してくださいね」
二人で首を振る。
「全っ然! むしろすごいよ」
「俺はもう諦めてた。何でわかったんだ?」
宿屋別館の廊下を進みながら、マーは理由を話してくれた。
「そうですね……こちらの宿は比較的大きいので人の出入りが他の宿より多いんです。先ほどお伺いした時は昼少し前ぐらいでしたからね。その後宿を出られた方もいるかもしれないと思いまして。それがうまくハマりましたね」
理屈はわかるが、そんなにうまくいくものだろうか。おそらくはもっと色々なことを観察して、ここを選んだのだろう。
「相部屋の方と気が合うと良いですね」
「そうだな」
「ビーが一番心配」
「シャイナ、うるさいぞ」
今日はひとまず休める。
宿が見つからないかもしれない不安と緊張感から解放されて、みんなの顔にも自然と笑顔がこぼれる。
シャイナの声も明るい。
「何人部屋なの?」
「五人部屋ですね。なので、先にいらっしゃる方は二名かと。そちらの方も相部屋で問題ないと了承されているそうです。こんな時ですからね」
二名と聞いて、昨夜の二人のことが一瞬頭を掠める。リタホームには宿屋はたくさんある。
そんなピンポイントな偶然あるわけないと、即座に否定する。
マーが今日泊まる部屋のドアをノックする。
「失礼します」
「どうぞ」
ドアの向こうから声が返る。
くぐもっていて聞こえにくかったが、男ということだけはかろうじてわかった。
マーがドアを開ける。
「お邪魔します。一緒に泊まらせていただく……」
マーの脇から中を覗く。
思わず声が出た。
「は?」
「え?」
「おや」
「お!」
「……」
五人の異なる反応が重なった。
先程までの安堵が一気に吹き飛ぶ。
そこには、昨夜出会ったおしゃべりな赤毛と無口な男がくつろいでいた。




