第32話 到着
よく喋る派手な男と寡黙な男が去った後、周囲は急に静まり返った。
戦闘前の静寂に戻っただけなのに、森の中に取り残されたような感覚になる。
「なんか、急に静かになったね。見られてるような気配もなんか離れたし」
もう危険はないと判断したのだろう。
シャイナが短剣を収める。
エチルスが胸をなでおろす。
「先程まで戦いの最中でしたからね。あの男性のお二人もいらっしゃいましたし」
「赤いのが騒がしかっただけだろ」
思わず、銃をしまう動きが乱雑になる。
「……途中まで一緒にいてもらった方が——」
「絶対にごめんだ」
シャイナの提案に、食い気味に答えた。
震えの収まったシオンが、腕の中で首を傾げる。
「びーちゃま、怒ってまちゅね」
「アイツとは合わない、それだけだ」
「ビー……」
シャイナに、たしなめられるように名前を呼ばれる。返事をしないでいると、小さくため息が聞こえた。
「怪しい人たちだったけどさ、助けてもらったんだから。次会ったらちゃんとお礼は言わなきゃだろ」
「次はない」
「そうかもしれないけど。そんなに嫌なこと言われた?」
「……」
冷静に思えば、そこまでひどいことを言われたわけじゃない。ただムカつくことは確かだ。
できればもう二度と会いたくはない。
頑なにシャイナから目を逸らしていると、マーが気を利かせてか、穏やかに話しかけてくる。
「ビーくん、ひとまず怪我を見せてもらえますか。今のうちに治療してしまいましょう。次にいつ魔獣が出てくるかわかりませんし、残念ながら、まだ進まなきゃいけないですからね」
「じゃあ、オレ荷物取ってくるよ。すぐそこだし」
シャイナは気持ちを切り替えるように駆け出した。
「ええ、お願いしますね。ビーくん、ちょっと診ますよ」
「……わかった」
傷が痛まないわけではない。
その場に座って、大人しくマーの治療を受けることにする。
敵は退けたが、またいつ襲ってくるかはわからない。許可証の更新期限も迫っていた。
治療を終え、再び暗い森の中を進む。見張るような気配が遠のいているうちに、遅れを取り戻すように足を早めた。
朝日が差し込み始める頃には、森の様子も変わりつつあった。拒絶されていたような雰囲気は、少しずつ和らいでいった。
細い道は徐々に広くなり、踏み固められた地面が続くようになった。街道を行き交う人の姿も、時折目にするようになる。
念のため、外套を羽織り、フードを被った。
シャイナがこちらのフードのシワを直しながら言った。
「なんか、みんな静かじゃね?」
「……」
シャイナの声に、重い頭を上げて周囲を見回した。
確かに、城塞の街と違い、見かける人々は皆一様に静かだった。冒険者らしい集団もいて、その中には負傷者もいるようだ。同じように魔獣に出くわしたのかもしれない。
「ビーも疲れてるね」
「お前もだろ」
「さすがにね」
そのままシャイナの隣を、肩が触れそうな距離で歩いた。互いに喋る余裕がなくなってきていた。マーも必要なこと以外は喋らなくなった。
やがてリタホームの方から、慌ただしく外へ向かう人が何人も現れた。
「なんでしょう」
マーが訝しげにすれ違う人たちの様子を窺っていた。気にはなったが、眠気と疲労が邪魔して、うまく考えられない。
そうして、ようやくリタホームの入り口を示す看板の下を通り抜ける。
すぐ先に詰め所のようなものがあり、入村許可証の提示を求められた。
ようやく許可証のお出ましだ。
ただ、もう人とやり取りする気力はなかったので、あらかじめマーに許可証を託していた。
マーが手続きしている様子を、シャイナと二人で少し離れたところから見守った。
二人とも言葉を発することなく、お互いに体重を預け合いながら立って待っていた。
シオンは、夜ふかしがたたったのか、外套のポケットですやすや寝ている。その寝息を聞くと、体から疲れが少しだけ剥がれる気がした。
手続きを終えたマーが手招きしたので、シャイナとともに詰め所の先へ進んだ。
視界が開ける。
最初に飛び込んできたのは真っ青な空。
そして柔らかな白の光。
そこはまるで、絵本や物語から抜け出してきたような場所だった。
自分たちの村と同じような家々の間に、乳白色の大樹が立ち並ぶ。
驚いたのは、その幹に扉や窓、ランプ、ベランダなどがついていることだ。見ると、中には家具が配置され、人の出入りもある。
太い幹の中をくり抜き、家として使っているのだ。
家一軒ほどの幅もある木もあれば、それより小ぶりな木もある。どの幹もくり抜かれ、住居として使われている。その頭上では枝葉が拡がり、薄黄色の葉が陽の光を受けて輝いていた。
本の中だけにあると思っていたものを実際目にすると、何も言えなくなった。
妙に胸が高まる。
心地よい空気と共に甘い花の匂いが鼻をかすめる。小動物たちが木から木へと元気に飛び移り、小鳥はさえずる。
近くを流れる小川の水音が、疲れた体に沁み入るようだ。
疲れも忘れて、足を止めて魅入ってしまう。
こんな世界もあるのかと思った。
シャイナが感嘆の声を漏らす。
「何ここ……」
「別世界、だな」
「僕も初めて見ます……」
各地を旅してきたマーでさえも驚いていた。
眺めていると、せせらぎに、慌ただしく走る音や声を落として相談する声が混じる。
現実に引き戻されると、体がどっと重くなった。早く許可証の更新を済ませて、休みたい。
「何かあったのか……?」
絞り出した声はだいぶ掠れていた。
マーが手を頬に当てながら言い淀む。
「えっとですね……」
シャイナと共にマーを見る。
「大きな宿屋が使えなくなってしまったらしく、泊まれる宿屋がないそうです」
「「えっ!?」」
疲れ切った二人の声が重なった。




