第5話 きっかけ(2)
祖母が両手を合わせて、にっこりといつもの微笑みを浮かべていた。
「まぁまぁ、二人とも喧嘩しないで」
改まったように、祖母は静かに話しを続ける。
「ビーちゃん、ばあばも流石にあなた一人で行かせるのは不安だわ」
「う……」
「ビーちゃんが普段誰よりも体を鍛えていて、注意深く生活しているのは知ってるけど、怪我をして動けなくなったりしたらどうするの?」
「そんなヘマは」
「しないと思っているのよ。ただ、可能性はゼロじゃないわ」
祖母は猫を宥めるように、ゆっくり言葉を紡ぐ。
ビーは少し後退する。
「……」
「おじいさんとおんなじで、心配になるの」
「……っ」
「ね、ばあばからのお願い」
「ぐ…………」
「シャイナくんと一緒に行ってらっしゃい」
長考の末、ため息と共にビーは諦めたように答えた。
「……――――わかった」
「やったー!」
シャイナは両手をあげて喜んでいる。
ある意味断りきれない可能性があったので仕方がないとビーは思う。
「さすがカローシェちゃんじゃ!」
しかし祖父も一緒に喜んでいるのは、癪に触る。
「ジジイ、大人しくしとけよ」
「あったりまえよー!」
胸を叩いて安全をアピールされるが、全く信用できない。
腰の痛みがあるのでやらかさないだろう、とは思うのだが……。
ビーのため息が重くなる。
「シャイナくん、お父さんお母さんには私たちから伝えておくわね」
「ありがと! これで親父に怒られなくてすむ」
諸手を挙げて喜んでいるシャイナを見て、ビーは肩の力が抜けた気がした。
いつも通りと言えばいつも通り。
それが心を軽くする。
気がつけばシャイナがじっとこちらを見ていた。
「……安心しただろ」
「誰がだ」
「そう?」
「うるさい」
「何も言ってねぇじゃん」
そのあと、ふざける祖父を時折急かし、怒鳴りながら、ビーとシャイナは詳しい話を聞いた。
祖父が間に余計な情報を追加するので話自体は長かったが、まとめるととてもシンプルだった。
・場所は湖の向こうの山
・その山だけ他の山に比べて木々が極端に少ない
・山の麓に洞窟があり、奥に進むと大きく開けた場所に鉱石がある(落ちていたり掘ったり)
・旅程は往復二日程度(祖父だと三〜四日)
ビーとシャイナはリビングで、祖母の用意してくれたクッキーを頬張る。
一緒に出された紅茶からは、少し湯気がたちのぼっている。
ビーはメモを見ながら、手を額に当てて大きくため息をついた。
「……ここまで聞き取るのに、時間かかりすぎだろ」
「じいちゃん、嬉しかったんだよ」
クッキーを齧りながら、シャイナが言う。
「はぁ……」
「ビーが頼みきいてくれてさ、自分の話に耳傾けてくれるの」
「無駄が多い」
「まとめられたからいいじゃん」
「まとめたのは俺だろ。お前も散々脱線して」
シャイナは両手を後頭部に回し、椅子を後ろに倒して、バランス遊びをする。
「やっぱ楽しくなっちゃってさー」
「……怪我したり、危ない目に遭うかもしれないぞ」
「そん時はビーが助けてくれるだろ。オレも助けるし。
二人でやればなんとかなんじゃん」
「楽観的でいいのか、悪いのか」
「嫌だった?」
「……いや、なんとかなると思ってる」
シャイナはビーの方に身を乗り出して、にっと笑った。
「な!」
「近い」
ビーはその額に手を当てて押し返す。
押し返されたシャイナは机に頬杖をついた。
「湖の向こうかぁ、なんだかんだであんま行ったことねぇな」
「普段は途中で折り返してるからな。少し遠い」
「行ったことないけど、地続き出し、あんま変わんないんじゃない」
ビーはメモに道順を追記する。
さらさらとペンが紙に触れる音が静かに響く。
見直しながら呟いた。
「……一応途中の目印は聞き取ったしな。 感覚で言うから当てになるか……」
「山自体は大きいみたいだし、方向あってたらいけんじゃね」
「無計画だな」
「ビーは考えすぎ」
「シャイナは感覚に頼りすぎ」
ガラリと音がして扉が開き、祖母がリビングにやってくる。
「おやつ足りたかしら?」
「大丈夫」
「めっちゃおいしい!」
「ありがとう」
祖母はシンクで祖父の飲み物や軽食を用意し始めた。
ビーとシャイナはまた話を戻す。
いつ出発するかと思案していると、祖母が手を動かしながら言った。
「ビーちゃん、ばあばお願いしちゃったけど……」
その表情は下を向いていて、ビーたちからはよく見えない。
「本当に危なくなったり、何か嫌な感じがしたらたらすぐに戻ってくるのよ」
「……? 問題ない」
「オレもいるし」
「うるさい」
「……そうよね、ばあば心配性だから。 小さい頃とは違うわよね、ビーちゃんしっかりしてるもの」
普段と変わらない会話。
でもビーは少し引っかかった。
確かに家を空けることは、そうない。
そんなに心配されると、変に胸が騒いで落ち着かなかった。
「……大丈夫だ、すぐ帰る」
「そうね」
にこりと祖母が微笑む。
「オレがちゃんと見とくよ」
「逆だろ」




