第4話 きっかけ(1)
道の向こうに赤煉瓦色の屋根が見える。
乳白色の壁には蔦が広がり、屋根の一部にもその領土を広げていた。家の前には祖母が手入れしている花壇があり、色とりどりの花や植物が広がっている。
カラフルな色ガラスが装飾された扉を開けると、来訪者を告げる鐘がカランコロンと涼しげな音色を奏でた。
「ただいま」
「ただいまー!」
祖父母は村で雑貨屋を営んでいた。
中に入ると、少し独特な匂いが香る。
整頓された棚には、食器や掃除道具などの細かな日用品が並ぶ。
ランプや方位磁石といった旅行用品、そして魔術道具も揃えられていた。
ガラス瓶に入った色とりどりの魔術球に、薬草、聖水、鉱石、専門書が所狭しと置いてある。
普段なら祖父母がカウンターにいたり、店内を掃除していたりするのだが姿が見えない。
「あれ、ばあちゃんいないね」
「奥でジジイの世話してんだろ」
そう言って、ビーは帰り道にもらった薬袋を持ってカウンターの中に入ると、靴を脱ぎ、そのまま母屋へ続く廊下へと進む。
シャイナも後に続いた。
リビングを覗くも祖母の姿はない。
そのまま通り抜けて、祖父母の寝室へと向かう。
軽くノックをして、扉を開いた。
「ただいま、薬もらってきた」
「じいちゃん、具合どう?」
「あら、ビーちゃん、シャイナくんお帰りなさい」
祖母カローシェがこちらを見て、にこやかに迎えてくれる。
ビーはそのまま部屋に入り、祖母に袋の中の薬を見せる。
「これでいいよな」
「湿布ももらってくれたのね、ありがとうね」
祖母がしわのにじんだ柔らかな手で、頭を軽く撫でた。
撫でられた箇所が妙に温かく感じる。
「シャイナくんも、いつもありがとうね」
シャイナはニカっと笑った。
ふとビーは祖父が一言も発していないのに気がつく。
視線を向けると、祖父はベッドで上体を起こし、腕を組んで「う――ん」と唸っていた。
ビーは違和感を覚える。
喋りかけなくても無遠慮に話しかけてくるか、ふざけるかしてくる祖父だ。
静かなのがおかしい。
いぶかしがっていると、意を決したように祖父が自分の膝を叩く。
「よし!」
「断る」
「決断早っ」
シャイナが驚きつつも笑う。
「ま、まだ何も言っとらんぞ」
「なんか企んでるだろ」
「え、いや、そんな、そんなことは多分ないのじゃよ」
祖父は目が泳ぎ、手を組んで人差し指をクルクルさせている。
「目が泳いでるぞ」
「ちぃっ……! なんて勘がいいんじゃ、うちの孫は」
「てめぇのせいだ――毎回毎回フォローしてんの忘れんな」
「ははっ、ビー、ガチじゃん」
シャイナが思わず声に出して笑ってしまう。
怒りの矛先がシャイナにも向かった。
「お前も巻き込まれてんだぞ」
「まぁ、オレは結構楽しいけど」
「楽しくない」
「なぁ、シャイナくん。日常に刺激は大事じゃろ」
「シャイナを懐柔すんな」
ビーがことごとく手段を封じるので、祖父チェロベックは口を窄めた。
「ぶー」とか言って可愛こぶっているが、ビーは気を緩めない。
「鉱石を取ってくる簡単な仕事なんじゃがなぁ」
「知らん」
「依頼人を待たせてしまうなぁ」
「断れ」
「わしの輝かしい名声が」
「いらん」
ことごとく却下され、祖父は頭を捻る。
そしてポンっと手を叩いた。
「……書庫解放しちゃおうかなぁ」
ぴくり
ビーの肩がひとはねする。
祖父はその微かな反応を見逃さない。
「このお願い聞いてくれたら、書庫の鍵渡してもいいかなー」
ビーは本に飢えていた。
学校の図書館で興味のあるものは大抵読み終わってしまっていたし、高価なのでそうそう新しいものは入ってこない。
祖父が保管している本も一般的なものは解放してもらっているが、ビーが読みたい魔術関連の高度な専門書などは書庫に保管されていた。
その書庫には鍵と魔術でロックが掛けられており、勝手に読むことができないようになっている。これまでこっそり鍵開けを試みたが、魔術解除ができないでいた。
「やる」
ほぼ即答だった。
ビーに迷いはない。
「その代わり書庫開けてくれるんだな」
「もちろんじゃ! 鍵をくれたるわい」
ビーは小さくガッツポーズした。
「あ、喜んでる」
「うるさい」
シャイナのツッコミに、ビーは思わず反応する。
「鉱石を取りにいくだけでいいんだな」
「お、ちゃんと聞いてるのう。 そうそう、湖の先にある山なんじゃ。お前さんたちが普段行く場所からそう遠くない。わしが行くより日数もかからんじゃろ」
「わかった、じゃぁ……」
「オレも行くー」
祖父と話を詰めようとして、ビーが静止する。
後ろを振り返る動作がぎこちない。
「は?」
「ビーが行くなら、オレも」
「一人で行ける」
「オレも行きたい」
「ダメだ」
「ずりーじゃん、ビーだけ」
「何もずるくないだろ」
「一人だと危ないじゃん」
「ジジイが行けるんだから問題ない」
「イヤだ」
「ダメだ」
「なんでダメなんだよ」
「なんでついてくんだ」
パンパン、と乾いた音が部屋に響いた。
反射的に二人が音のする方に目を向ける。




