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エクリプス ―月蝕の二人―  作者: 灰色 ウサギ
第2章 想い出人の郷
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第27話 見えない戦い

 左、それも下!


 咄嗟に跳んだ。

 自分がいた場所を、高速で何かが通り過ぎる。

 霧で遮られ、視認するには至らない。

 風が遅れて吹き抜け、霧を動かした。


 ——頼りになるのは音だけ。


 足が地面を捉えた。

 通り過ぎた何かを見極めようとした時、正面の霧が押し出されるように動く。


 先程倒したとは別の熊型魔獣だ。

 大きく口を開けて喉元を噛み切ろうと迫る。


 ——回避が間に合わない!


「風鎌鼬《ワールウィンド》!」


 上体を引く。

 銃口をその口に突っ込みながら、撃つ。


 頭部が弾けた。

 黒くどろりとした飛沫が顔や左手周辺にべたりとついた。

 勢いを殺し切れず、その魔獣の爪が頬と足を掠め、浅い傷から血が滲んだ。


 ビュンッ!


 ——っ、正面!


「クッ!」


 体をのけぞらせて避ける。

 鋭い突きが、鼻先を掠めた。


 太さは自分の腕くらい。

 紐状の何かは、急旋回して霧の中に引っ込んだ。


 その勢いのまま地面に手をつく。腕で地面を弾き、跳ねるように体勢を戻した。


 ——まずいな。


 動きが速く、どこから来るか予測できない。

 加えて——


 後ろと横から魔獣の荒々しい呼吸。

 揺らぐ霧と足音から位置を読んだ。


 先に到達したのは右側。

 狼型魔獣の眉間を即座に撃ち抜く。

 背後から襲いくる中型の獣に照準を合わせようとした、その時。


 頭上に違和感。

 空気が重い。

 全身の毛が逆立つ。


 ここから離れろ!


 体を傾け、地面を蹴る。


 直後——


 ドスドスドスッ!!


 上から槍のようなものが地面に突き刺さった。

 自分を狙っていた魔獣がその餌食になる。

 あのまま、あの場所にいたら串刺しだった。

 黒く染まった触手のようなものが、うねるように動き、また霧の奥へ消える。

 見れば、黒い血溜まりの中には、串刺しになった魔獣だけが横たわる。

 ただ貫いただけではない。魔獣の傷口は抉られたようにぐちゃりと歪んでいた。


 呼吸が乱れる。

 確認できたのは、三本。

 一本の時より細い。


 銃身が僅かに震える。

 舌打ちして、握り直す。


 避けるだけじゃジリ貧。

 魔獣の対処も厳しくなる。

 シャイナの戻りを待つか。

 考えろ、何か打開策を——


 再び風が唸る。


「チッ!」


 一本は頭上から。

 避けた直後に地面に穴が開く。

 もう一本が背後から回り込み、首を薙ぐように迫る。

 瞬時に膝を落としてかわす。


 ——もう一回来るっ!


 右手で腰の後ろにあるナイフを抜く。


 ——今の攻撃は上と後ろ。


 次はどこだ。


 右側から音が走った。

 視線を移した時には、切っ先が眼前に迫る。


「——っ!!」


 わずかに顔を横にずらす。

 左頬に熱が走る。

 血が頬を伝う。

 構わず、ナイフを鞭のようなものに突き刺した。


 相手の速さが仇になる。

 すぐに止まれず、ナイフが勝手にその身を削る。

 青臭い匂いが鼻をつく。

 切り裂いた箇所から液体が飛び散った。


 それは激しくうねり、ナイフを弾き飛ばし、霧の奥に消えた。

 紐状のものには、細く鋭い棘が等間隔に並んでいた。


 暴れた棘が、手の甲や腕に何本もの引っ掻き傷を残した。

 その傷は、さっき見たシャイナの傷とよく似ていた。


 消えた方向を見据える。

 すぐに攻撃は来ない。


 ただ空気が変わった。

 黒く、濁っている。

 先程までの研ぎ澄まされた刃のような殺意に、ドロドロとした憎悪が混じる。


 ——ナイフを刺した直後の、あの暴れ方。

 痛覚がある、のか?

 手や地面についた青臭い液体。

 似たような匂いを——


 気づいた時には遅かった。


 白い霧を裂き、レイピアのような細い切っ先が真っ直ぐに襲ってくる。


 咄嗟に、両手で黄金銃を胸の前に構える。

 高い金属音と共に、その鋭い突きを弾く。


 その衝撃で体が後ろに飛んだ。

 腕に痺れが走る。

 足はまだ地面に着かない。

 背後には魔獣の気配。

 雄叫びがいくつも上がる。


 立て直せるか。いや、このままだと——


 ヒュッ!


 別の鋭い風切り音が、霧を裂く。


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