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エクリプス ―月蝕の二人―  作者: 灰色 ウサギ
第2章 想い出人の郷
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第26話 白い海に潜むもの

 結界を飛び出し、白い海に飛び込んだ。


 ——視界が悪すぎる!


「シャイナ! 深追いするな、結界を中心に戦え!」

「わかった!」


 ビーは地面に照準を定めた。


「巻き起これ! 風竜巻《ウィンドバースト》」


 一陣の風が噴き上がり、周囲の霧を取り払う。

 隠れていた魔獣たちが、一気に視界に飛び込んでくる。


 二十体弱。

 大型が右に一、左に二。

 中型は正面に集中。

 小型も複数。


 その姿は、すぐに霧の中に消える。


 ——一瞬見えただけでもマシだ。


「サンキュー! なんとなくわかった」

「結界の近くの奴を先に処理」

「りょーかい! 何か気がついたら呼べよ」


 シャイナは素早く切り返し、結界に群がる狼型の魔獣たちに向けて炎を一閃させる。

 濁った鳴き声があがる。

 そのうち一頭の首がゴトリと地面に転がり、炎に包まれた。


「炎の加減、気をつけろよ」

「苦手なんだよな、調整すんの」

「やらなきゃ火事だぞ!」


 目の前の霧が急速に動く。

 足先に力を入れて地面を蹴った。

 直前までいた空間を五本の刃が裂く。

 照準を爪の奥の影に定め、引き金を引いた。


「風鎌鼬《ワールウィンド》、連!」


 二連撃。

 左の手首から肘にかけて、発砲の衝撃が走る。

 魔術球は霧を突き抜け、熊のような巨体を切り裂いた。

 血飛沫に似た黒い体液が草むらに飛び散る。

 傷ついた魔獣が咆哮があげる。

 空気が震える。


 ——チッ、ダメージ小。これぐらいじゃ倒れないか。


 霧に紛れる前に、と狙いを定めた直後、横から何かが突っ込んでくる。

 咄嗟に体を捻ってかわす。

 その反動を活かし、攻撃してきた小型魔獣の背中に蹴りを叩き込んだ。

 ギャッ!と一声して、結界に打ち付けられた。


 中にいるマーが呆れたようにこちらを睨む。


「ビーくん!」

「悪いっ」


 シャイナの剣が弧を描き、小型魔獣にとどめを刺した。


 ——こちらに届く直前まで相手が見えない。咄嗟の対応にも限界があるな。


 また大きな気配が迫る。

 先ほど魔術球が命中した熊型魔獣が、鋭利な爪を振り下ろしながら覆い被さってくる。

 後ろに飛びすさる。

 遅れた銀髪の一部が、宙に散る。

 着地した足先に力を込め、跳んだ。

 前のめりになった熊型魔獣の頭上を越えながら、狙いをその後頭部へ定める。


「風礫弾《ガッシュ・バレット》!」


 三発——

 引き金を立て続けに引く。

 黄金銃の魔術回路に光が走る。


 飛び出した弾は、寸分たがわず後頭部を貫いた。

 受け身をとって草むらに転がり、すぐに銃を構える。

 背後でズズン、と地面が揺れる。

 黒い巨体が横たわっていた。


 その体が動かないのを確認しつつ、真綿のような霧の向こうへ目を凝らす。

 うっすら光る結界と、さらにその奥に炎剣が揺らめく。


「もう一体っ!」


 シャイナの闘志が乗った剣が振り下ろされる。

 ジュワッ、と肉が切断される音と魔獣の断末魔が耳に届く。


 手元の感覚だけで銃の弾を補充していく。

 相変わらず一寸先も見通せない。

 しかし、鉱山の時のように、自分だけに魔獣が集中する様子はない。

 冷静に対処すれば切り抜けられる。

 そう思った矢先だった。


 ヒュルンッ——


 猛禽類が獲物に向かって飛ぶような、妙な風切り音を耳が拾う。


 ——何だ、今の……?


 ビュルッ!!


 さっきより鋭く素早い。


 シャイナがいる方向——


「うあっ!!」

「シャイナ!?」


 声を頼りに駆け出す。

 黒く細長い影のような何かが、霧の中にすぐさま潜るのが見えた。

 その軌跡だけ、白い海を割ったように鮮明に残っている。


 シャイナは片膝をついていた。

 額には汗が滲み、眉間には皺がよる。

 その金色の瞳は苦々しく霧の奥を睨む。

 押さえた左肩からは、血が流れ落ちていた。


「シャイナ!」

「ごめん、反応遅れた」


 傷跡は左肩から腕にかけて、ざっくりと肉を抉っていた。

 それを見た瞬間、地面が歪んだ気がした。


「マーのところへ……」


 声が震えていることに、出してから気がつく。

 シャイナと視線がぶつかる。


 目の奥だけ燃えるように熱い。

 なのに、指先から急速に冷えていく。


「ビー、でも一人で——」

「下がれ、早く!!」


 言葉を最後まで聞かずに告げた。


「回復するまで戻るな!」


 思考が、普段より一段冷たい場所に沈んでいく。


「ビー!」


 叫んだシャイナの横の空気が動く。

 最短動作で狙いをつけ、躊躇なく引き金を引く。


「風礫弾《ガッシュ・バレット》」


 飛び込んできた黒い狼の眉間を撃ち抜く。

 勢いが殺された獣は、力なくそのまま地に落ちた。


「行け!」


 シャイナが唇を強く噛んで、顔を歪ませる。

 それでも、小さく頷き、立ち上がって走り始める。

 通り過ぎざまに絞り出すように言った。


「すぐ戻るからな。あと、鞭みたいにしなってた」

「わかった」


 痛む肩を庇いながら走る背中を目の端で見送る。


 鞭のような凶器。

 あれは何だ。どんな武器だ。

 使い手はどこにいる?


 濃霧の中では正確な動きが見えない。

 元を辿れない。

 攻撃を避け切れるかどうかが関の山。


「相性最悪だな」


 五感を研ぎ澄ませて、銃を構えた。

 白い海は沈黙を保っている。


 シャイナの傷は左肩。

 肩口から腕の内側へ向けて、抉るような傷が走っていた。

 傷の周辺には細かな擦過傷もあった。

 攻撃は——


 シュルシュル……ズルンッ


 かすかに地面をこする音。


 ビュンッ!


 ——この音っ!?

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