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エクリプス ―月蝕の二人―  作者: 灰色 ウサギ
第2章 想い出人の郷
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第25話 早すぎる夜の訪れ

 気づけば、それは音もなく忍び寄っていた。

 足元には白い靄が広がっている。そう思った時には、まるで雲の中にいるかのような濃い霧に囲まれていた。

 下手したら、近距離なのに互いを見失う。


 今はかろうじて、先頭を行くシャイナの背中までは見える。その背中が一、二歩後退してくる。

 自分もマーの方に一歩詰めた。


「かなり濃い霧だな」

「ええ、リタホームの影響でしょうか」


 リタホームの想い出人。

 深い霧の日に自分が心の底から会いたい者に会えるという。


 背負った荷物をどさりと地面に下ろして、身を軽くする。

 三人で背中を預け合い、周囲に視線を走らせる。

 シャイナが短剣を抜き出した。


「それって霧の日に出るってやつ?」

「はい、場所的にもその霧がここまで流れてきているのではないかと」

「ふーん。でも、近づいてきてるのはそんな面白そうなもんじゃないな」


 ゴウッと音がして、蔦が這うように炎が短剣に絡む。

 ビーは銃を抜き、構える。


「監視されてるような気配とは別だな」

「ああ、前の方がやばくね? 肌がゾワゾワする」

「同感だ」


 マーを背後に庇うように、シャイナの隣へと移動する。


 霧の向こうから迫ってくる気配は、明らかな殺気を孕んでいた。

 森に入ってから、付かず離れずの距離でこちらを見ていたものとは違う。


 シャイナが霧の向こうを睨む。


「逃げるって手もあるけど?」

「この霧だ、逃げてる間に分断される」

「木に登って隠れるのは?」

「枝が届く範囲にない。お前でも登れるか微妙だ」


 シャイナが軽く息を吐く。足元で草を踏みしめる音がした。


「じゃあ、迎え撃つしかないか」

「離れると厄介だな」

「ビーこそ、突っ込むなよ」

「……」

「今厄介って言ったの自分だからな!」

「……努力する。シオン、マーと一緒にいろ」

「あいでち」


 シオンは素直に内ポケットから飛び出すと、腕を伝い肩へ上り、後方のマーの腕の中へ飛び込んだ。

 

「マーは結界でシオンと自分の身を守れ。できたら補助を頼む」

「心得ました」


 そう言うと、マーは胸のペンダントを握り締め、魔術の構築に入った。ペンダントから外の魔力を取り込み、自分の魔力に織り上げていく。


 霧が一層濃くなった。


 そばにいる二人は見える。

 しかし、そこから先は乳白色の雲に隠されてしまう。

 不意に攻撃が来ても、かわし切れるかどうか。

 反撃するにしても、下手したら味方を傷つけかねない。

 ホルスター脇の小さなポーチから魔術球を取り出す。銃身を折り開き、素早く弾を入れ替えていく。


「来るぞ」


 ガシャンと銃の重低音が響く。

 シャイナが腰を落とし、深く身構える。


 風に乗って、獣臭が鼻をつく。

 草木を乱暴に踏み締める足音。

 一つではない。

 複数、いや数十か。

 低く喉を鳴らす音。

 荒い息遣い。


「チッ!」


 身に覚えがありすぎる感覚。

 鉱山での記憶が蘇る。

 あれ以降、魔獣には遭遇していない。

 体の奥に、あのざわつきはない。

 

 ——また、俺に集まるか。


「ビー、一人で行こうとするなよ」


 シャイナのわざと明るい声が、耳に届く。

 視線が一瞬だけ合う。


「……反省はした」

「そこは、離れないぐらい言ってよ」

「状況による。嫌ならついて来い」

「はいはい。そういうと思ったよ」


 その瞬間、霧を割って大きな鉤爪がシャイナを襲う。


「輝き守れ——聖なる護りの手《セイクリッド》!」


 マーは掛け声と共に地面に水晶体を突き刺す。

 水晶体を中心に円形の光の膜が広がり、三人を包んだ。


 ガキイィン!


 シャイナに当たる寸前。

 鉤爪はその聖域に弾かれ、すぐに濃い霧の中に沈み込む。


「あぶねっ……!」


 直後、別方向から狼型の魔獣が三体突進し、結界が大きく揺れた。霧の奥で大きな影が咆哮を上げる。


「くっ……すみません、このままだと長くは持ちません!」

「出るぞ、シャイナ」

「おう!」


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