第23話 三人と一匹
翌日早朝——
朝日が昇り始めた頃、三人と一匹はまだ静寂に包まれた城塞の街を出て、リタホームを目指す。
街への名残惜しさはあったが、マーに聞けば帰りも同じルートらしい。探索できなかった分は、後日の楽しみだ。
右手には見慣れぬ高い山々が連なる。果てが見えない平原を風が走って、草木を波のように揺らす。
同じ空の下で、この大地はどこまでも広がっているのだと改めて思う。
冷えた空気が肺に入り込んだ。匂いは違えど、早朝の冷たさは村と変わらない。
街道を行く人はほとんどいないので、自分たちだけがこの道を進んでいるような気分になる。
「ふぁぁ、ねむ……」
隣を歩くシャイナが大きなあくびをし、眠気を拭うように背伸びをする。
ビーの肩にちょこんと乗ったシオンが、首を傾げる。
「しゃいなたま、寝れなかったでち?」
「んー、オレ朝弱いから」
朝弱いのはいつものことだが、あえて自分からは言わないのがシャイナらしい。
「シオン、昨日の夜中、シャイナの顔の上で寝てたぞ」
「え、シオン、そんなとこで寝てまちた?」
シャイナが人差し指で頬をかきながら苦笑する。
「……まぁ」
「しかも大の字でな」
「きゃあ、ごめんなたいです」
器用に小さな前足を揃えて、頭を下げる。
「そんな重たいわけじゃなかったし、ふわふわで気持ちよかったよ」
笑って、シャイナはシオンの小さな頭を指先で優しく撫でた。
撫でられたシオンは耳を倒して、嬉しそうに鼻を小刻みに動かした。
「慣れたな」
「ビーもね。肩のりが普通になってんじゃん」
「重くないからな」
「それさっきオレが言った」
前を歩くマーが顔だけをこちらに向けて、穏やかに言う。
「すっかり仲良しさんですね。シオンさんの怪我も心配なさそうです」
「あい! まーちゃまのお薬で痛くなくなりまちた。すごいでちゅ」
シオンが元気そうに肩の上でもぞもぞと動く度に、薄紫の柔らかな毛が頬をくすぐる。
口元がわずかに緩む。
「よかったな」
「あいでち!」
横にいるシャイナも自然と目尻が下がる。
微笑ましいやり取りを見ながら、マーは人差し指を立て、声を一段大きくする。
「皆さん、今日もどんどん進みますから、頑張って歩きましょうね」
「どこまでいく予定だ?」
ビーの質問に、マーは前を指差しながら答える。
「このまま真っ直ぐ進むと、昼前には森につきます。そこからが長いです」
「長いって?」
「その森がリタホームへ続いているんですが、かなり広そうです」
「広いってどんくらい?」
風で乱れた前髪をかきあげながら、シャイナが尋ねる。
「製図屋のおじいさんにもお伺いしましたが、リタホームの周辺一帯は森です。リタホーム自体が森の一部でしょう。一日歩き続けてそこにたどり着けるかどうか、というところでしょうか」
「ふーん、そっか。でも、普段から森には慣れてるから、大丈夫かもな」
「……特殊な森じゃなければな」
楽観的な幼馴染の言葉に釘を刺す。
「リタホームの北側に続く森が、古き良き森です」
「シオンがいた森か」
耳がピンと立ち、小さな体が硬直する。
その体に軽く手を添える。
「はい。しかし、まずはリタホームを目指しましょう。許可証の更新期限まであと二日、できれば明日の昼には着きたいところですね」
草原の向こうに視線を送りながら、マーは手を細い顎に添えて何かを考えている。
その横顔が気になったのか、いつもの直感か、シャイナが疑問を口にする。
「もしかして、最悪夜歩いたり?」
その問いに、マーが振り返る。
しばし表情を変えず見つめられた後、いつものようにアイスブルーの瞳が細められる。
「頑張りましょうね」
普段と同じ穏やかな笑顔だが、夜通しの行軍を否定はしない。
シャイナがビーに耳打ちする。
「もしかして、エチルスって逆らえないタイプ?」
「逆らう余地は残さない、が正しいかもな。また頑張った方が良さそうだ」
「あいでち!」
「シオンは危ないから肩に乗ってろ」
歩く速度を早めて、草原を抜ける。
マーの想定通り、昼前に景色は木々に覆われた鬱蒼とした森へと変わった。
マーの「昼前」は、そもそもこの速足が前提だったようだ。
そこは、ビーたちが知る森とは違う雰囲気だった。
どの木も背が高く、幹が太い。
小さなものでも、大人が数人で手を繋いでようやく一周できるくらいだ。
上の方は葉が密集していて、下に届く陽の光はわずかだ。
奥に進むに従い、湿っぽい空気が肌にまとわりつく。
姿の見えない鳥の甲高い鳴き声が遠くで聞こえては、空気に吸い込まれるように消える。時折カビ臭い匂いが鼻についた。
周囲に気を張りながら、シャイナが言った。
「あんまりいい雰囲気の森じゃないね」
「ああ、警戒しといた方が良さそうだ」
シオンが怯えたように、ビーの肩の上で縮こまる。
「前より、こあい感じでちゅ」
「ここから来たのか?」
「……もっと奥の方でち」
自然とマーの顔も険しくなる。
「奥で起こっている問題の余波のようですね」
この森を通らなければ、リタホームにも、古き良き森にも辿り着けない。
違和感を覚えながらも、足を止める理由にはならない。警戒を強め、さらに森の奥へと進んだ。




