第22話 小さな願い
マーも何度か目を瞬かせた。
三人の目線が、毛繕いしている薄紫色の小動物に向けられる。
周囲の困惑をよそに、ビーは尋ねた。
「お前、名前は?」
「シオン、でち。えっと、あなたのお名前はなんていうでちゅ?」
午後のやわらかい陽の光を受けて、紫水晶のような瞳がきらきらと輝く。
「俺か? 俺はビーだ」
「びー?」
「ああ」
「……びーちゃま!!」
子うさぎは何の躊躇もなく、ビーの胸に飛び込んだ。
咄嗟に、ビーは子うさぎを優しく抱き止める。その柔らかな塊が小さく震えている。
「びーちゃま助けてくだたい!」
「え?」
「助けてって、何かあったの?」
シャイナが後ろから身を乗り出してくる。子うさぎがしゃべることは飲み込めたらしい。
シオンは小さな手を合わせ、懇願する。
「精霊たまを助けてくだたい! 精霊たまが怖くなって、みんな怯えてまちゅ。森は楽しい場所じゃなくなっちゃったんでち。シオンは、シオンは精霊たまを、みんなを助けたくて森を出たんでちゅ」
シャイナの表情から驚きが消える。
マーは静かに姿勢を正す。
シオンを急かさないよう、ビーは言葉を選んで話しかけた。
「お前、どこから来たんだ?」
「えーっと、えーと、あっちでち!」
手袋をつけたように手先だけ白い小さな手をビシッと上げて、先ほど捕まっていた裏路地の方を指す。
「あえ? でも途中でちゅかまったから、あっちでちゅ!」
今度は逆方向を指した。
しかし、またしばらくすると「えっと」と顔を右に向けたり、左に向き直したりして、最後は首を傾げた。
見かねたマーが、静かに声をかける。
「シオンさんがいた森には精霊さんがいるんですか?」
シオンは、先に耳をマーの方に向け、それから振り返る。腕の中から軽く跳ねて机に降り立つと、マーを見上げて大きく頷く。
「あい!」
「その精霊さんはどんな姿をしてますか?」
「えーとぉ、赤いお花があってぇ、白くてぇ、大きくてぇ、きれーで、いちゅもなでなでしてくれまちた! あ、ご飯も! たくさんくれまちた」
シオンは手を上に伸ばしたりして、身振り手振りを加えて話していく。
マーは顎に手を添えて、時折頷きながら、その話に耳を傾けていた。
シオンの話が一区切りしたところで、ビーはマーに尋ねる。
「心当たりがあるのか?」
「ええ。精霊がいると言われる森は数えるほどしかありません。この近辺で言えばリタホームにある『古き良き森』かと」
「そうでち! りたほーむでちゅ」
シオンがぱたぱたとその場で足踏みする。
すぐそばでシャイナが息を呑んだ。
「オレたちが行く予定の場所、だよね」
「はい。やはり、何か起きているようですね」
神妙な顔でマーは頷く。
ビーは息を吐いて、つぶやく。
「決まりだな」
シャイナが肩を叩く。
「地図屋のじいちゃんの忠告もあったけど、森にも行く必要があるな」
「ああ、行かない理由がなくなった。マーも問題ないか?」
マーは両手を組み、困ったように笑う。
「このまま放っておけないですもんね」
ビーは小さく頷いた。
シオンを改めて見る。
「シオン、お前の森へ案内しろ」
「助けてくれまちゅか?」
せつなげに大きな瞳が揺れる。
ビーはそっとその柔らかな頭に手を伸ばした。
安心はさせてやりたいが、嘘をつけるほど器用ではない。
「……助けられるかはわからん。ただ、できることはする」
「……びーちゃまは、シオンを助けてくれまちた。だから、シオンはびーちゃまを信じまちゅ」
そう言って、シオンはまたビーの腕の中に飛び込んだ。
「ずっと一緒にいまちゅ」
「……リタホームの森までだぞ。何があるかはわからんから、とりあえずそこまでだ」
「ずっとでちゅ」
「ずっと?」
「あい!」
三人は目をしばたたかせた。
マーが苦笑して、口を開く。
「とりあえず、ご飯にしましょうか。後のことは宿屋か道中でゆっくり整理できますし」
「……そういえば、お腹減ってるんだった。誰かさんがどっか行ったせいで忘れてた」
シャイナが隣の椅子に座りながら、意味ありげにこちらを見る。
「俺か」
「自覚あるなら、とりあえずよし」
「今回はしょうがないだろ」
「言い訳しない」
二人が言い合っている横で、マーはやれやれといった様子で椅子に腰かけ、シオンへ優しく声をかける。
「あ、シオンさんは後で打撲のお薬を塗りましょうね」
「あいでち」
少し冷えた串焼きとぬるくなったクレープを分け合いながら、三人と一匹で腹を満たした。




