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エクリプス ―月蝕の二人―  作者: 灰色 ウサギ
第2章 想い出人の郷
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第20話 路地裏の攻防(2)

「奇遇だな、俺も同じ考えだ」


 重心を下げる。


 手は塞がっている。

 使えるのは脚のみ。

 周囲は壁に囲まれた狭い空間。


 ビーは手の中の小さい生き物に声をかける。


「動くから少し我慢しろ」


 口元が僅かに動いたような気がした。

 そっと両手で包む。


「銀髪か……。ちょうどいい、そいつと一緒に来てもらうぜ!」


 最初にツンツン頭が斬り込んでくる。

 右。

 左。

 動きは単調。ナイフが虚しく空を切る。冷静に見ていれば避けられる。

 ナイフが胸元に伸びてくる。

 タイミングを合わせて体を捻り、回し蹴りでナイフをたたき落とす。

 武器を失い、相手は一瞬狼狽する。

 その隙に体を沈めて、ツンツン頭の足を祓う。

 相手はバランスを崩し、うつ伏せで地面に倒れた。

 素早く壁を蹴り上がり、跳躍。倒れた背中めがけて両足を沈み込ませる。着地と同時に膝を曲げ、掌の子うさぎへの衝撃を抑えた。


「がはぁっ!!」


 鈍い悲鳴と共に、足元の男の動きが止まった。

 近くに落ちていたナイフを、手の届かないところまで蹴り飛ばす。


「一人」


 そう呟いて、小柄な男に目をやる。ナイフを構えている。

 だが、目は泳いでいた。

 こちらの視線に気がつくと、奥歯を噛み締め、真正面から突っ込んでくる。


「くっそぉっ!」


 再び地を蹴った。

 相手の頭上を飛び越え、背後に——着地の勢いを乗せ、力の限り背中に回し蹴りを叩き込んだ。


 男の体は、あっけなく路地裏の荷物の山へ突っ込んでいった。派手な音と共に周囲に木箱やゴミが散乱した。

 小柄な男は散乱した荷物の中で倒れ込み、ぴくりとも動かなくなった。


「……たち、けて」


 その時、か細い声が耳に届く。

 子うさぎの声だった。

 両手を開いて、その姿を確認する。瞳は閉じられ、耳が震えている。


「大丈夫か? どこか痛むか?」

「……う……」

 

 鼻がひくひくしている。

 

 ——早くマーのところに。


 そう考えた時、背後に殺気を感じた。

 視界の端、最初に倒したはずのスキンヘッドが拳を振り下ろそうとしている。

 回避のために足先を踏み込んだ。

 避けられる。


 ——そう思った瞬間だった。


 別の影が飛び込んできた。

 その影は勢いよくスキンヘッドの頭に鋭い蹴りを喰らわせる。

 スキンヘッドは視界から消えた。

 直後、壁に激突する轟音が響く。

 軽い着地音——そこにはよく知る背中があった。

 ラフに伸ばした太陽色の髪と身につけた赤いスカーフが揺れている。

 シャイナだ。


「何してんだ?」


 すでに動かないスキンヘッドに、普段より低い声音が向けられる。

 相手が反応しないのを確認すると、その肩から少し力が抜けたのがわかった。


 すぐにこちらを振り向く。

 直感的に思った。


 ——まずい。


 太陽色の瞳が曇り、その眉間には深い皺が寄っている。

 口は真一文字に結ばれ、拳は強く握りこまれている。

 

「ビー」


 いろんな感情が混じったような声だった。

 こちらに向かって歩いてくるシャイナから目を逸らせない。思わず出た声は、普段より小さくなった。


「……悪い」

「なんでまた一人で行ったの」

「……こいつを助けたかった」


 手のひらに乗った小動物を見せる。

 大きなため息が聞こえ、シャイナの手が自分の頭をくしゃりと撫でる。


「……怪我は?」

「こいつが衰弱してる。早くマーに診てもらいたい」

「ビーは?」


 シャイナの視線はまっすぐにこちらを見据えている。

 一瞬意味がわからず、首を傾げる。こんな奴らにやられるほど、やわな鍛え方はしてないつもりだ。


「俺か? 俺は問題ない」

「ほんとに? 相手の攻撃当たったの隠してない?」

「ない。避けてる」


 その返答に、シャイナは深く息を吐き出した。

 張りつめていた空気がようやく緩む。


「ほんと、勝手な行動してるの誰だよ」

「今回は俺だな」

「いつもだろ」

「来てくれて助かった」


 シャイナが一瞬止まった。

 不思議に思っていると、頭をわしゃわしゃと無造作に撫でられる。

 見上げたその顔は、半ばあきらめも含んだ、いつもの緩んだ笑みに戻っていた。


「ほんと、そういうとこ」

「何がだ?」


「きゅ……」


 手のひらの子うさぎが身じろぎした。

 小さな声に心臓が縮む。


「戻るぞ」

「うん」


 できる限り振動が伝わらないよう注意しながら、足早にマーのところへ向かった。

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