第15話 隠せない好奇心
鳥の囀りが聞こえる。
いつものように急速に体感と意識が戻る。
体は軽い。疲れはほとんど残っていないようだ。
知った匂い、温度、体に回された腕。
目線を上げれば、穏やかな寝顔のシャイナが目に入った。規則正しい寝息は、シャイナが深い眠りの中にいることを示していた。
ちゃんと眠れている。
それにしても——
「近い」
文句を言いつつも、起こさないようにその腕の中をすり抜けて、ベッドから出た。
枕の下から銃を取り出し、その重みを確認する。
隣のベッドに目をやれば、きっちりと布団を肩まで引き上げて眠るマーの背中が見えた。布団が小さく上下している。
足音を立てぬよう、気配を消して移動する。
部屋着を脱いで、昨日と同じ服にその場で着替える。寝息に衣擦れの音が混じる。ズボンを履いている時に、背後の寝床でもそりと起き上がる気配がした。
「……ビー……、起きたの?」
いつもより低いシャイナの声。
ベルトの金具が、小さく音を立てた。
振り向かずに答える。
「あぁ。起こしたか?」
「……いや……、いなかったから……」
返事が遅いので、まだ寝ぼけているのだろう。
「いつもの時間に起きただけだ」
ホルスターを腰に巻いて銃をしまうと、慣れた重さに戻る。
シャイナがベッドから体を起こす。
「着替えた?……どっか、行くの?」
小声だからだろうか、普段より声が弱い気がする。不思議に思って肩越しに振り返ると、シャイナの顔には妙な不安が浮かんでいた。
置いていかれるとでも思ったのか。
「いいや。さすがに知らない場所だ。そこのソファで本でも読んでる」
「そっか……」
シャイナの肩の力が抜け、いつもの優しい笑みが戻る。
何を心配していたのか。
「じゃ、もうちょっと寝よ」
そういってシャイナは再び布団に潜り込んだ。
それを見届けると、カバンから本を取り出してソファに腰掛けた。
すると、布団の中から子どもがねだるような、くぐもった声が届く。
「ビーはもうこっち来ない……?」
「俺はいい。気にせず寝とけ。黙って外には行かん」
「ん」
安心したような、残念なような返事が返ってくる。
本を一、二ページ読み進めた頃には、シャイナの寝息がマーと交互に聞こえたり、重なったりしていた。
◇◇◇◇◇
日が昇り、窓からは陽光が差していた。
時折廊下を誰かが足早に歩く音が聞こえた。窓の外からは、すでに動き始めた人たちの声や積荷を下ろす音、馬車を引く馬の鳴き声なども耳に入ってきた。
村の静かな朝と違って、少し騒がしい。でも、そこに人の営みを感じて、嫌な感じはしなかった。
すると、奥の布団がもぞもぞと動き、灰金の柔らかな髪が覗く。マーがゆっくりと起き上がった。あくびを噛み殺しながら、マーは部屋を見渡し、こちらに目を向けた。
「……もう、起きてたんですね」
「普段通りだ」
マーは相変わらず寝癖がひどく、髪の毛はその存在を激しく主張していた。
「マー、昨日より寝癖がすごいな」
「えっ、本当ですか?」
慌てて両手を頭に当てて、手櫛で元に戻そうと奮闘する。頑固な髪は手櫛ぐらいではびくともせず、押さえつけられてはぴよんと跳ねて戻ってくる。
「……昔からなんですよね」
「毎朝大変だな」
「……なんの、話?」
もう一つの布団の塊が動いて、シャイナが顔を出す。目を擦り、何度か瞬きして、こちらを見る。
「マーの寝癖の話だ」
「あー」
シャイナは隣のベッドに視線を向け、ちょっと吹き出す。
「ほんとだ、今日も奇抜」
「何でこうなるんでしょうね」
その会話をきっかけに、二人とも布団を出た。身支度を整え、三人で食堂へ向かった。
出された朝食は、バターとスパイスを塗ってカリッと焼いたパン、温かいミルクスープ、目玉焼き、ソーセージとサラダだった。
シャイナが焼かれたパンを一口かじって、目を丸くする。
「ん、知らない味だけど、結構好きかも」
「独特の塩気がスープと合うな」
「お二人とも気に入ったようでよかったです。僕も嬉しくなります」
食事を終えて部屋に戻ると、マーが今日の予定を教えてくれた。
「今日はこの街で携帯食料と旅用品を買い足そうと思います。リタホームに行くまでにあと二日かかるので、ここで補充しておかないと厳しいですね」
ベッドに腰かけたまま、マーの言葉に頷いた。
「わかった」
「他の店も回れる?」
隣に座るシャイナがそわそわした様子でマーに尋ねる。
落ち着けと思い、肘でシャイナの脇を小突いた。
「必要なもの買った後だろ」
「でも、気になるじゃん」
マーは小さく笑いながら答える。
「ビーくんの言う通りです。でも、時間はあると思いますよ。全部は無理ですが、気になったお店くらいは行けるでしょう。お昼も外の予定なので、路面店で買って食べるのもいいですね」
「やった!」
「ただし明日の朝はまた早いので、遊びすぎないようにしましょうね」
「うん!」
「浮かれすぎるなよ」
「ビーこそ、勝手に行くなよ」
「誰に言ってる」
マーが三人の荷物の中身を確認し、足りないものをチェックしていく。部屋の机に置かれた小さな用紙を見て、マーに尋ねた。
「メモはいるか?」
「いえ、これくらいなら覚えられるので大丈夫ですよ」
「記憶力半端なくない?」
「普通ですよ」
「「普通じゃない」」
二人の声が重なった。
◇◇◇◇◇
宿の人に、街のどの辺りに目的の店があるのかを聞いてから、宿の外に出た。
すでに通りは賑わっており、多くの人が行き来し、昨日と変わらない活気を見せていた。
宿を出てから気がつく。
外套を置いてきたのでフードがなく、銀髪が人目にさらされる。宿の中では身につけていなかったので、そのまま忘れていた。
そのちょっとした動揺を見抜いたのか、シャイナが小声で聞いてくる。
「……外、平気?」
改めて聞かれて考える。
確かに誰かの視線が通り過ぎるのを感じるが、昨日ほどではなかった。少し慣れたのかもしれない。
二人を待たせて部屋に取りに戻るほどでもないと判断した。
「問題なさそうだ」
「そっか。じゃあよかった」
三人で商店街を目指して進む。
城門近くは昨日よりも盛況で、屋台がいくつも出ていたり、思わず目を引くパフォーマンスをする芸人がいたりと、活気があった。
シャイナが何度も足を止め、それを連れ戻す。しかし自分も見入ることがあり、危うくマーとはぐれそうにもなった。
商店街は城門前とはまた違う人波で賑わっていた。大通りの両端には店がずらりと並び、一階だけではなく建物の上階にも看板が出ている。
城門前の浮き立つような活気とは違う。
ここには普段の暮らしの匂いがしていた。旅商人だけでなく、家族連れや主婦などこの街で暮らす人々も買い物に来ているようだった。
手を額にかざしながら、シャイナが感嘆の声をあげる。
「うっわぁ。こっちはまたすごいな。これ全部店?」
「はい。通りに面しているお店は基本そうですね」
「実際見ると圧倒されるな」
「うん。来てなかったら知らないままだった」
シャイナは目を輝かせて、通りを眺めている。
改めて自分たちの村との違いを実感する。
本で知るのとは違う。自分の目で見て体験するのは、想像より刺激的だった。
マーに連れられて、商店街の中でも大きな旅用品店に入った。
自分の家の倉庫ほどもある広い店内に、見たことのない商品がお行儀よく並んでいた。床には絨毯が敷かれ、天井には装飾された照明灯が煌めいていた。
マーの背中を追いながらも、目線は店内を巡る。見ているだけでも興味深い。つい添えられた説明書きまで確かめてしまう。
シャイナも似たようなものだ。
「ビー、これ見て」
「……高っ! こんな小さいのにか?」
「なんに使うんだろ」
「説明読んでもわからん」
「ビーでも知らないんだ」
「無茶言うな」
二人で商品を眺めている間に、マーは着々と買い物を進めていた。
店員に相談しながら、要るもの、要らないもの、代替できるものなどを決めているようだ。
シャイナがこちらに意味ありげな視線を向け、つぶやく。その声と表情には抑えられない好奇心が滲む。
大いに賛成する。
「エチルスに任せとけば安心だね」
「そうだな、行けば邪魔になりそうだな」
「オレたちは店内見とこ」
「そうするか」
好奇心に負けたわけではない。
「あっ! ビー、これ面白い形してる」
「むやみやたらに触って壊すなよ。あ、これ……」
「え、何なに?」
面白そうなものを見つけるたびに、互いを呼ぶ声が店内に小さく重なった。




