第14話 未知の中の既知
マーの後に続き、宿屋の中を進む。
同じような扉が両側に並ぶ廊下を歩いた。気になるのは、どの扉にも数字の札が付いていて、部屋ごとに違う。
進んでも景色があまり変わらないので、不思議な空間に迷い込んだような感覚になる。
先程まで少し不機嫌だったシャイナも、興味を取り戻したように、首をかしげながら扉をまじまじと眺めている。
「そこは他のお客さんの部屋ですから、開けたりノックしちゃダメですよ」
「え、これ全部?」
「そうですよ」
たくさんの扉を素通りしたあと、マーの足が一つの扉の前で止まる。
「あ、ここですね」
マーが鍵についた札の数字と部屋番号を見比べた。
なるほどと思った。鍵についている番号と一致する部屋が自分たちが使う部屋なのか。
鍵を差し込んで回すと、ガチャリと廊下に重い音が響いた。マーが扉を開けて中へ入っていくので、そのまま続いた。
温かな色を灯す壁掛けランプ。
三人で過ごすには十分な広さのある部屋。
小さなクローゼットに机と椅子。
壁際に置かれたソファ。
そして、ベッドが二つ。
家とは違う部屋。それでも他人の目が入らない囲われたその場所は、自分たちだけの空間に思えた。
机に荷物を置きながら、マーが説明を続けた。
「ちなみにお手洗いと浴場は共用で、さっき通ってきた廊下のもう少し奥にあるそうですよ。えっと、ベッドはどうしましょうか」
迷いなく、シャイナが答える。
「エチルス、一人で使いなよ。オレたちは一緒でいいし」
うなずいて付け加える。
「かまわない」
どちらも幅が広い寝台で、二人で使っても多少の寝返りはできそうだ。
シャイナの視線を感じなくはないが、無視する。
「では、お言葉に甘えて奥のベッドを使わせてもらいますね」
「ああ」
マーは外套を脱ぐと、軽く土埃を払い、クローゼットへ掛けた。
「あとは宿の中で過ごしますから、外套は脱いで大丈夫ですよ」
「そっか」
シャイナが荷物を下ろして、マーにならった。
自分も背負っていた重めのリュックを部屋の隅に置き、外套を脱ぐ。体が軽くなり、思わず息が漏れた。
クローゼットに外套をしまうと、シャイナの手が後ろからすっと伸びてくる。
「髪ボサってるぞ」
「ん」
フードをかぶっていたせいで、髪が乱れていたらしい。短く返すと、シャイナが当然のように手櫛でさっと直してくれた。
「一息つきたいところですが、座ると動けなくなりそうです。先に夕飯にしましょうか」
「賛成!」
真っ先にシャイナが手を挙げた。
「そういえば、腹が減ったな」
「オレ、ぺこぺこだよ」
初めて見る街に気を取られ、人混みに酔って、空腹など意識していなかった。緊張が解けてきて、他の刺激に追いやられていた感覚が戻ってきたようだ。
「じゃあ、浴場の場所とか確認しながら食堂に行きましょうか」
廊下では、何組かの宿泊客とすれ違う。服装も雰囲気も、身に纏う匂いもそれぞれ異なる。多少視線が絡んだものの、そこまで気になるものでもなかった。
垂れ幕がかかっている入り口を見つけると、マーが教えてくれた。
「おそらく、ここが浴場ですね。男女で分かれていて、宿泊客が共同で使います」
「へぇ、こういうのなんだ。青い布がかかってる方が男用?」
シャイナが、青い布がかけられた入り口を指差す。
「ええ、そうですよ。間違えないようにしてくださいね」
「ちゃんと聞いた? ビー」
「今聞いたからわかる」
答えても、シャイナの視線が刺さったままだ。子どもじゃないのだから、流石に間違えない。
「特に予約制ではないようですし、部屋にタオルが配布されているので、食後に行きましょうか」
マーの提案に頷き、食堂へと向かった。
食堂は賑わっており、食事を楽しむ商人の一団もいれば、酒を酌み交わす旅人たち、一人黙々と食べている者もいる。
空いている席に座り、料理を注文した。
何を選べばいいかわからず、マーと同じものを頼んだ。シャイナも同様だ。
香草を練り込んだパンに、見慣れない葉に包まれた鶏肉料理、具材たっぷりのスープがトレイにのって運ばれてきた。
家で食べる料理とは違う味付け。
知らない香辛料。
食べたことのない食材。
「これ不思議な味するけど、うまい!」
「調味料の違いか? 結構いける」
空腹も手伝い、あっという間に平らげてしまう。
マーが自分たちの食べっぷりを見て、小さく笑った。
「ふふ、お口にあったようでよかったです」
「「美味かった」」
二人の声がきれいに重なった。
満足して部屋に戻ると、マーが洗面台脇に用意されていたタオルを取り出した。
「慌ただしいですが、先に浴場に行きましょうか。ゆっくりしてると、眠くなっちゃいそうですしね」
「オレは行くけど……、ビーはどうする?」
シャイナが横目で確認してくる。
「俺は先に銃の整備をしておきたい。移動中は簡単な動作確認しかできてないからな。少し時間がかかる」
「じゃあ、オレらは先行くよ」
「かまわない。お前と行くとうるさそうだしな」
「ひどくね?」
ジト目でシャイナに睨まれる。
「そうですか。では、鍵は二つあるので、一つお渡ししておきますね」
マーから鍵を受け取った。
部屋を出る間際まで、シャイナに忠告される。
「行く時、ほんと場所は間違えるなよ」
「お前じゃないから大丈夫だ」
「……はいはい。行こう、エチルス」
「では、また後で」
二人が出ていくと、部屋はしんとなった。
軽く息を吐く。村を出てから、初めて全身から雑音が抜けた気がした。
腰につけたホルスターから黄金銃を抜き、机に置く。椅子を引いて腰掛け、位置を調整して、銃を手に取った。
普段と同じように、銃を解体していく。
手は迷いなく動いた。
いつもの手順が体の緊張を和らげる。
一つ一つの部品を細部まで確認し、拭き上げていく。
汚れを落とした後は、部品の噛み合わせを確かめるように、解体と組み立てを何度も繰り返す。
部品のはまる音が静かな部屋に響いた。
それが耳に心地よい。
滑らかに、素早く、無駄なく。
動作は体に染み込んでいた。
一通りの作業を終えた頃、シャイナたちが帰ってきた。入れ替わりで、今度は自分が浴場へと足を運ぶ。部屋を出る時まで、シャイナに過保護すぎる念押しをされた。
風呂場は広く清潔で、タイミングよく人も少なかったので、快適に過ごせた。部屋着に着替え、適当に髪を拭きながら部屋に戻る。
扉をノックするとシャイナが出迎えてくれた。
こちらの顔を見るなり、ほっとしたように表情を緩めた。
「おかえり」
「ん」
シャイナの横を通り抜けて中に入る。すれ違いざまに指摘された。
「まだ髪濡れてんじゃん」
「そうか?」
「ほら、ソファに座って」
背中を押され、壁際のソファに腰掛けた。その横にシャイナが座り、いつものようにタオルでわしゃわしゃと頭を拭かれる。
「痛い」
「やってもらってるくせに文句言わない」
全体的に拭いたあとは、シャイナが櫛で髪を梳いてくれる。今度は少しずつ髪を手に取り、タオルに水分を吸わせるように優しく押し当てていく。顔から勝手に力が抜ける。
ベッドに腰掛けているマーが、こちらを見て苦笑していた。
そうされているうちに、心地よくなって瞼を開けているのが難しくなってきた。頭が次第に傾く。
それに気がついたシャイナが声をかけてきた。
「まだ寝るなよ」
「……寝てない」
「声が弱いんだけど」
「勝手に瞼が落ちてくる」
「それ寝るやつじゃん」
しばらく黙って、髪を拭かれるまま大人しくしていた。
「はい、終わり」
シャイナの声で、眠りかけていた意識が少しだけ浮上した。もう考えるのもめんどくさい。促されるままベッドに行き、靴を脱いで横になった。
柔らかな布団の感触が心地よい。
銃はいつも通り、枕の下に入れた。
「明かり、消しますね」とマーの優しい声が耳に届く。意識がまどろみの中に沈んでいく中、隣にシャイナが潜り込んでくる気配がした。
「夜中に殴るなよ」
「……お前、しだい」
声を出すのも億劫だ。それでも、重たい瞼を少しだけ開けると、金の瞳と目が合う。
シャイナはどこか照れたように笑う。その手が伸びてきて、頭を撫でられた。
「おやすみ」
「……おやすみ」
温かいベッドと知っている匂いに包まれ、疲れた体が深い眠りへと落ちていく。
やがて、意識が途切れた。




