第9話 敗北
祖父が浮かれているのはいつものことだ。
しかし、なぜか隣に座っているシャイナも両手を握りしめ、瞳を輝かせている。
「待て、お前も行く気か」
シャイナは何度か瞬きするも、すぐに答えが返ってくる。
「ビーが行くなら行くに決まってんじゃん」
「迷いなしか」
「もちのろん」
「それは真似しなくていい」
相変わらずの即決。
少しだけ口角が緩んでしまう。
「あれ、うれしい?」
「何も言ってないぞ」
シャイナがこちらにずいっと顔を寄せてくる。
太陽色の瞳が、逃がさないとばかりにじっと覗き込んでくる。
「いや、いま笑わなかった?」
「笑ってない。近い」
その観察眼に、ごまかすように手でシャイナの顔を押しのけた。
そこで祖父が、さも今気がついたように両手を合わせ、エチルスに向き直る。
白々しいにもほどがある。
「そうじゃそうじゃ。先生も二人に同行してやってくれんじゃろうか」
「え、いいんですか?」
マーは頬を上気させた。
「当然ですじゃ! 何分子どもですし、村の外のことはほとんど知りませんからの」
「むしろ、こちらからお願いしたかったくらいです。喜んで!」
祖父とマーは、手を取り合う。
あっさりと受けるマーに危機感を覚える。
喜んでいるところ悪いが、ジジイの被害者を増やすわけにはいかない。
「こら、ジジイ! 他人を巻き込むな」
「シャイナくんもおるぞ」
「こいつはほぼ家族だろ」
シャイナがぱっと顔を上げて、一瞬破顔する。
けれどすぐ、何か思い至ったのか顔を曇らせ、眉を寄せる。
そのまま机に倒れ込むように突っ伏した。
——どうした?
そちらに気を取られていると、祖父の反論が返ってくる。
「であればなおさらじゃ。儂の足では期限内に辿り着くのは難しいからの。途中で街も通る、外を知らんお前たちには、保護者が必要じゃろ」
顔を伏せているシャイナの肩を叩いて、援護を求める。
「おい、下向いてないでお前もなんか言え」
「今ちょっと複雑」
予想外に低い声が返ってくる。
「は? 何がだ」
マーがこれまで以上に爽やかに微笑む。
不思議と、その笑みにはこれ以上追及させないような雰囲気を感じた。
じわりと選択肢が塞がった気がした。
「僕は構わないですよ。念のため、校長先生にはお伝えしておきます。確か、学校ももうすぐお休みですよね」
「あ、ほんとだ!」
その言葉に、シャイナが顔を上げる。
目が合うと、軽くため息をつかれた。
さっき落ち込んでたのはなんだったのか。
心から楽しそうに、弾んだ声でマーは言った。
「むしろ付いていきたかったので、ありがたい限りです」
それでも断ろうと口を開きかけた時、祖母が料理を持ってくる。
「ビーちゃん」
いつもと変わらぬ、穏やかな呼び方。
嫌な予感がした。
祖母はゆっくりとした動作で食器を机に置くと、自分の頬に手を当てる。
「ばあばもあなた達二人で行かせるのは、とっても心配だわ」
ここで引き下がると確定する。かといって祖父にするような調子で怒鳴ることはできない。
「…………で、でもばあちゃん、流石にマーを巻き込むのは」
思ったより声が弱かった。
祖母が自分の手を取って、優しく包み込む。
「残念ながら、ばあばたちじゃ足手纏いになっちゃうわ。先生も行きたいっておっしゃってくださってるし、ここは大人に甘えなさいな」
握られた手から、柔らかな感触と体温が伝わる。
頷きたくはない。
けれど、拒むこともできない。
「ばあば、ビーちゃんのことが心配なのよ」
反論を探すも、頭は働いてくれない。
祖母の手の感触だけがやけにはっきりしている。
抗えない何かが勝利した。
「……………………………………わかった」
力が抜けて、がっくり項垂れた。
最初、祖母から祖父の依頼を聞くよう頼まれた時点で、話の方向性は決まっていたのだ。祖父母の連携を見せつけられた。仲が良いにもほどがある。
——負けたな。
そう思ったのに、嫌な感じはしなかった。
自分以外の三人は楽しそうにガッツポーズを交わし、ハイタッチして喜んでいる。その様子に、祖母もにっこりと笑っている。
もうどうにでもなれと思った。
……ジジイには、準備をしっかり手伝わせよう。




