第8話 リタホーム
まるで学校の授業を受けているかのように、マーの声がリビングに静かに響く。
「リタホームは、古き良き森と共に生きている村です」
「森と共に生きる?」
当たり前のようで、マーが言っていることは自分が思っているものとニュアンスが違うようで、思わず言葉を繰り返す。
「ええ、豊かな森からは実りや資源、特殊な土壌がもたらされる。代わりに人間は森の手入れや管理を担う。そうやって互いに生活を支え合っているんですよ」
聞く限りは自分たちの生活と同じように思うが、まるで森が意志を持っているかのような口調に疑問が浮かぶ。
すかさず祖父が、マーの説明に感心を示す。
「うむ。さすが、先生! よくご存知ですな」
「いえいえ」
「その森でしか栽培できない特殊な薬草が、今回必要なんじゃ」
マーが再び机の上の紙を見た。
口元を押さえながら、つぶやく。
「この許可証、なかなか手に入るものではないですよ」
祖父が、ふんぞり返って高笑いしている。
机に頬杖をついて聞いていたが、思わず舌打ちしてしまう。
シャイナが宥めるように、頭に軽く手を置いた。
穏やかな口調ではあるものの、マーの瞳には好奇心が滲んでいた。
「リタホームには二つ名があるんです」
「二つ名?」
「別名『想い出人の帰る場所』」
「「おもいでびと?」」
思わずシャイナと顔を合わせる。
マーは呼吸を落ち着けて、こちらを見ていつものように柔らかく笑う。
その笑顔に、思い通りに動かされているようにも感じてしまう。
「想い出人は、リタホームでのみ起こる現象です」
自分の肩が少しだけ揺れる。
説明を促す意味で、マーの顔を黙ってじっと見つめる。
その場所でしか見られない何かが気になり始めていた。
シャイナが何かに気がついて笑う気配がしたが、あえてスルーする。
マーが続きを語る。
「想い出人というのは、霧の日に現れる幻影だそうです」
「幻影? 幻ってことか?」
「ええ。ですが、その幻は姿だけではなく、声や仕草、考え方に至るまで、その人と瓜二つらしいんです」
「え、しゃべったりもすんの? すげー! それって夢とかじゃなくて?」
シャイナが少し前のめりになって、素直に感嘆の声を漏らす。
「ええ、現実に」
信じられないでしょうといった感じで、マーは肩をすくめる。
祖父は、自分を褒められたように大きく頷いた。
「じゃろう。ま、それが有名になりすぎて、村に入るのにさえ許可証がいるようになったんじゃ」
さも自分の手柄のように胸を張る祖父。その自信満々な姿に嫌気がさして、追い払うように手を振った。
気を取り直して、マーに質問する。
「想い出人ってどんな原理なんだ?」
眉尻を下げて、マーは残念そうに話す。
「……実は解明されていないんですよ。一説には森を通ってくる霧か、その森に住む精霊の力かが関係しているとか」
「精霊……」
声が少し上擦った。
「ええ、古き良き森には大精霊がいると言われているんです」
先ほどマーが森が生きているかのような説明をしていたが、合点がいく。
そして、自分の心が騒いでいるのがわかる。
大精霊がいる場所なんて、そうそうわかるものではない。
授業中に質問する調子で、シャイナが軽く手を挙げる。
「はい、大精霊って何ですか」
「いい質問ですね。大精霊は、その地域の長という感じですかね。周囲の精霊や妖精、聖の眷属と言われる者たちを守り育てていると聞いています」
「へー、なんか大きな家族のお父さんかお母さんみたいだな」
シャイナらしい感想だと思った。
難しい言葉は使わず、でもその本質は捉えている。
同じように思ったのか、マーも目を細める。
「素敵な表現です。まさしくその通りですね」
「やった、褒められた」
嬉しそうにシャイナがこちらを見てきたので、軽く頷く。
祖父もうんうんと首を縦に振ると、すっと緑の洋紙をこちらの前に滑らせる。
「というわけで、ビーや。行ってくれんか?」
「……」
興味はある。
リタホームの特性、想い出人、大精霊。
心惹かれるものがありすぎる。
かと言って、素直に頷くと祖父の罠にまんまとハマったように思う。
シャイナやマーも期待の視線を投げてくる。
答えないでいると、祖父が言葉を積んだ。
「ばあさんも、ビーちゃんに頼んだらと言っとったからのう」
身じろぎ一つして、身体が固まる。
「いやぁ、期限も近い。これを逃すと一生、あの村には行けないじゃろなぁ」
祖父を軽く睨むが、本気で睨んでいないのは気づかれているだろう。
「想い出人なんて、儂も会ったことないんじゃ。ああ、大精霊のお膝元なんて、どんだけ魔力が満ちてるのか。普通の魔術具は使えるんじゃろうか、違った特性が見れたりするのかのう」
祖父は自分の性格をよく知っている。あからさまに興味のあるものばかりを並べられる。
「ビー」
呼ばれて隣を見れば、冒険心が隠せないシャイナがそわそわしている。
斜向かいのマーも、表情は穏やかだが、なんとなく圧がある。これは何か正当な理由をつけて付いてこようとしている気がする。
祖父がマーもいる場で話をしたことも考えると、してやられた感はある。
三人にわかるように息を吐いて、つぶやくように言葉を落とす。
「…………行けばいいんだろ」
「よっしゃ!」
ガッツポーズで喜ぶ祖父。
「事前情報と、準備はちゃんと教えろ」
「もちのろんじゃ!」
「その浮かれ具合が心配なんだよ! ——ったく……」
ふと隣に目を向けた。




