第7話 不安的中
ビーは祖母に促され、渋々エチルス先生——マーを案内する。リビングに入り、祖父の背中を睨みつつ、ダイニングテーブルへ向かう。
近づくほど勝手に歩幅が狭くなる。
それも無駄な足掻きだった。
祖父が気配を察したのか、座ったまま体ごと振り返った。
「おお、ビーや。おかえり」
「……ただいま」
「なんだか疲れとるの。シャイナくんも……お、エチルス先生も! ようこそお越しくださいました」
祖父は少し身を乗り出して、こちらの後ろにいる二人に笑いかける。
「いえ、僕こそお誘いいただいて嬉しいです」
「どうぞどうぞ、座ってください」
祖父がマーに自分の隣の席を勧めた。
それを横目に、いつもの定位置である祖父の向かいの席に腰掛ける。シャイナも普段通り隣に座った。
ここまできたら、腹を括るしかない。
机に片肘をつき、話を促した。
「なんだ、じじい。用事があるなら言え」
祖父の目尻が下がり、口角がこれでもかと緩む。
——やっぱり聞くんじゃなかった。
片手で目元を覆った。出したくもないため息が、腹の底から漏れた。
テーブルの下でシャイナが肘で小突いてくる。顔を寄せたシャイナが、声を潜める。
「ビー、眉間に皺よってる」
「寄らない理由がない」
「話だけは聞いてあげなよ」
「これまでまともなことあったか?」
「……ない」
「だろうが」
「今度は違うかも」
「前回死にかけたやつが言うセリフか」
「あれもか」
「あれもだ」
「でも、ばあちゃんに頼まれたじゃん」
「……わかってる」
改めて視線を上げると、祖父は手を組んで、嬉しそうにこちらの反応を待っている。
マーは状況を察しているのか、にこやかな笑みを浮かべて静観している。心なしか楽しそうなのが気にかかる。
気づけば、隣のシャイナを見ていた。
目が合うと、シャイナは僅かに顎を動かす。
——聞け、ってか。わかってる。
仕方なく、祖父を見据える。
「で、なんだ」
「いやぁな、今朝ちょっと爆発したじゃろ」
悪びれる様子もなく、今日の天気を口にするような気軽さで言った。
「爆発?」
マーが思わず聞き返す。
それはそうだ。日常会話に『爆発』なんて単語そうそう出てこない。
シャイナがすぐさま補足する。
「今朝なんか大きな音聞こえなかった?」
「聞こえ、ましたね……」
「あれ、じいちゃんが起こしたやつなんだ」
「え?」
初めて、マーの笑みが固まる。二、三度目を瞬かせている。
祖父がウインクして、堂々と宣言する。
「よくあることじゃ」
祖父を睨み、いつもより声を低くして呼ぶ。
「じじい」
「はい!」
返事だけは威勢がいい。
こめかみが引きつる。
ここで説教を始めたら話が進まない。
「続き」
隣ではシャイナが「怪我人とかはいなかったから」と付け足している。マーは胸を撫で下ろしていた。
祖父はわざとらしく咳払いをすると、神妙な顔つきで話し出す。
格好をつけているところが鼻についたが、今は飲み込んだ。
「今朝の爆発でな、大事な薬草が消し飛んでしまってな。調べてみると、今は取り寄せもできんのじゃよ」
「自業自得だろ」
「まぁ、話を最後まで聞いてくれ。その薬草なんじゃが、実は現地まで行けば買えるんじゃ」
「はあ?」
話の行き先が見えてこない。
シャイナも首を傾げている。
すると、マーが助け舟を出す。
「貴重な薬草でしょうか。現地でしか買えないとなると、何かしらの許可証や購入券が必要になりませんか?」
あまり耳慣れない言葉に、思わず繰り返す。
「許可証?」
「購入券?」
シャイナも後半の言葉を拾う。
マーはこちらに視線を流した。
「はい。希少な商品の場合、関係者や購入実績のある人に専用の許可証を発行することがあるんです。目的は、買い占め防止や価格調整などですね。あと購入者を限定することで必要な人がきちんと買えるようになります」
祖父を見る。
「持ってんのか?」
祖父がここぞとばかりに胸ポケットから一枚の紙を取り出す。仰々しい手つきで机の中央に置いた。
緑に染められた洋紙には、細かい文字がびっしりと並んでいる。見慣れぬ単語も多いが、文字を目で追っていくと、最後の方に祖父の名前と有効期限が刻まれていた。
「待て。期限が七日後じゃねぇか」
「てへ、更新忘れとった」
「大事なんじゃないのか」
「めっちゃ大事じゃ」
「更新しとけよ」
「今思い出したのが、きっと神からの啓示じゃ」
「いいように取るな!」
思わず腰を浮かせた途端、肩をシャイナに押さえられ、椅子に戻された。
「ビー、落ち着けって」
文面を読み込んでいたマーが、紙へわずかに顔を寄せる。宝物を見つけたかのように、弾む声で言った。
「これは珍しいですね」
「お、さすが先生。わかりますかな」
「ええ。これはリタホームへの入村許可証ですね」
「ご明察!」
祖父が指をパチンと鳴らして、マーを指差す。
「「リタホーム?」」
自分とシャイナの声がぴたりと重なった。




