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エクリプス ―月蝕の二人―  作者: 灰色 ウサギ
第2章 想い出人の郷
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第5話 日常に溶け込む

 教室内にマーの包み込むような静かな声が落ちる。

 何度か彼の授業を受けたが、やはりわかりやすかった。


 難しい内容を噛み砕いて、言葉を変えて、実生活に基づいた内容と紐づけてくれるので、やけに頭に残る。

 いろんな場所を見聞きしてきたらしく、たまに話の中に外の世界のことも混じった。

 気候や土地柄が、家の造りや服装、そこに住む人の気質にも影響する。

 そんな話は、生徒たちの興味を引いていた。


「ですので、存在しているものにはきちんとした理由があるんですよ」


 その言葉が妙に頭に残った。


 みんなも似たようなことを感じているのか、マーの話に聞き入っていた。

 普段なら寝ているシャイナも起きていて、話に頷いたり、ちゃんとノートを取っていたりする。


 ポツリと誰にも聞こえないようにつぶやく。


「明日は雪だな」

「なんか失礼なこと言ってない?」


 小声で返された。

 ちゃんと起きている。


 そして放課後。

 いつものように図書室で本を読んで、シャイナの宿題を見てやる。相変わらずマーの授業以外はほったらかしだ。

 思わず呆れて、ペン先でシャイナのノートを小突く。


「マーの授業以外も頑張れ」

「がんばれない」


 シャイナは、ノートから顔を上げて即答する。


「諦めが早い」

「ビーが教えてくれるし」

「開き直るな」


 そんなやりとりをしていると、図書室の扉が開く。ここを好んでくる人は限られているので、自然と目が向いた。

 マーがゆっくりとした足取りで入ってくる。何気ない仕草なのに、図書室にいる数少ない視線も集めていた。

 マーはこちらに気がつくと、少し眺めてからにこりと笑った。

 シャイナも気がつき、パッと顔を輝かせる。

 相変わらずわかりやすい。


「あ、エチルスじゃん」


 こちらに近づいてきたマーは、声を抑えて尋ねた。


「放課後はいつもこちらに?」

「そうだ。読書ついでにこいつの宿題見てる」

「ついでってひどくね?」

「ついで以外にあるか」


 シャイナとのいつもの会話にマーがくすくすと笑う。


「どこいっても仲良しさんですね」

「そうか?」

「うん」


 シャイナが、さも当然とばかりに首を深く縦に振る。


「頷くな」

「ほんとじゃん」


 そのやり取りに、マーはまた楽しそうに目を細めた。

 改めてこちらを見る。


「実は今日、ビーくんのお祖父さまに夕食をお誘いいただきまして。帰りご一緒していいですか?」

「もちろん!」


 いの一番にシャイナが答える。


「だから、なんでお前が答える」

「答え一緒だろ」


 マーが柔らかく微笑む。


「じゃあ、少し待っててもらえますか。準備してきますから」

「こいつの宿題がまだ終わらないから、ゆっくりでいいぞ。終わってなかったら、先に帰ればいい」

「やべっ! 置いてかれる」

「がんばれ」


 気のない応援をする。

 ノートにかじりつきながら、シャイナが必死な声を出す。


「エチルス、ゆっくりきて」

「はい、わかりました」


 微笑みをたたえたまま、マーは図書室を出て行った。

 

「笑われただろ」

「気にしてんの?」


 シャイナは頬杖をついて、なんでもないような顔をする。太陽色の瞳がこちらを捉えていた。

 一息ついて、先を促した。


「早く手を動かせ」

「ビーが話しかけたんだけど」

「置いてくぞ」

「それは嫌だ」


 シャイナが慌ててノートに向かったのを見て、また本に視線を戻した。



◇◇◇◇◇


「終わったぁ」


 疲れたのか、シャイナが天を仰ぐ。

 窓の外に目をやると、空は橙と深い青に染まっていた。

 シャイナのノートをざっと見る。

 汚い字が並んでいるが、ちゃんと宿題は終わっているようだ。


「ん、頑張ったな」

「もっと褒めて」

「ダメだ、調子に乗る」


 タイミングを見計らったように、マーが図書室に戻ってくる。


「お待たせしました」

「今終わったとこだ」

「ナイスタイミング」


 席を立つと、シャイナも同じように立ち上がる。荷物をカバンに入れ、図書室を出た。


 三人で夕暮れが近づく道を、たわいのない話をしながら帰った。


 ——この時はまだ、普段より少し賑やかな夕食が始まると思っていた。

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