第4話 それぞれの立場
学校に着くと、朝だというのになんだかみんな騒がしい。
廊下のあちこちで会話が飛び交い、生徒たちは浮き足立っている。
「マー先生、いつも落ち着いてて素敵だよね」
「そうそう、あの優しい笑顔」
「つい保健室にも行っちゃった」
変化が少なく娯楽もない村に訪れた新しい先生——マー・エチルスの影響は思った以上に大きいらしい。
しかも、教師だけでなく保健室の先生も兼ねている。
聖魔術と呼ばれる回復・治癒などの術が得意なマーには、妙に合っていた。
廊下を歩いていると、数人の女子生徒がシャイナを囲む。
「シャイナくん、おはよー! ねえねえ、聞いて。うちのクラス、今日エチルス先生の授業あるんだ」
「おはよ。オレんとこもあるよ」
相変わらず、シャイナはみんなから話しかけられては律儀に返している。
「ねえねえ、私見ちゃった! 先生、この前そこの廊下でこけてたんだよ」
「え、かわいいー」
「ギャップあるよね。シャイナくんもそういうの見たことある?」
「うん、知ってるよ。よく物落としたりもしてるよね」
彼の不運も、すでに校内でちらほら目撃されているようだ。
その容姿と何事もそつなくこなしそうな雰囲気で、何もないところでつまずいたり、机の角にぶつかったり、たまたま資料が雪崩れてきたりする。
それがまた、人気を押し上げているらしい。
男子生徒たちの話題も新しい先生のことで持ちきりのようだ。
「おれ、あの先生の授業ならわかる」
「そうなんだよ! なんか頭に入ってくんだよな」
「あとなんか目を離せないっていうか」
普段授業や勉強のことを気にしない連中も、宿題をちゃんとやっていたり、時間割をこまめにチェックしている。
シャイナが話し込みそうなので、黙って教室へと向かう。
何人かに挨拶を返しながら進んでいくと、反対側から灰金色の髪を揺らしながらマーが歩いてきていた。端正な顔立ちに、洗練された所作が遠目でもわかる。
こちらに気がつくと、アイスブルーの瞳を細め、軽く手を振ってくれる。
小さく手を振り返すと、後ろから肩を掴まれた。
シャイナが足早に追いついてきた。
視線はこちらではなく、なぜか廊下の先に向いている。
それまで女子たちに向けられていた笑顔には、少しだけ焦りが滲んでいた。
「どうした?」
「置いてくなよ」
「話し込んでたろ」
「それでも置いてくな。てか、誰に手ぇ振って……ってエチルスじゃん!」
近づいてきたマーは、胸に分厚い本とノートを抱えて、柔らかく笑う。
「おはようございます。ビーくん、シャイナくん」
「おう」
「おはよー、エチルス!……先生」
学校で呼び捨てにしたのを気にして、シャイナが周囲に視線を巡らせる。
「エチルスで構わないですよ」
「そっか。じゃあ、今日の授業楽しみにしてる」
シャイナは肩の力を抜いて、人懐っこい笑顔を浮かべた。
教室へ向かいながら話す。
「楽しみにしてくださるのは嬉しいですね。みなさん興味持って聞いてくださるので助かってます」
「エチルスの話が上手いからだよ。一限目はオレらの教室だっけ?」
「はい、朝会兼一限目ですね。一緒に入りましょう」
マーがドアを開けて、教室に足を踏み入れる。
すると教室内からひときわ明るい声があがる。女子からは黄色い歓声があがり、男子からも次々と声がかかる。
「先生、おはようございます!」
「今日の授業はなんの話ですか?」
「先生、荷物持ちます」
その後に入ったシャイナも、もれなくその洗礼を受ける。
「あ、シャイナもいるじゃん。おはよー」
「シャイナくん、先生と一緒に来たの?」
「仲良いね」
「今そこの廊下で会ったんだよ」
朝からこの熱量を涼しい顔で普通に捌く二人を見て、違う生き物だなと思う。
自分では、あんなにうまく溶け込めない。あれだけ声をかけられたら、すぐに疲れて対応が雑になるだろう。
喧騒に飲み込まれないように、あえて少し遅れて教室に入り、静かに自分の席に着いた。
壇上では、マーがみんなに席につくように伝えているところだった。
あれだけ騒がしかった教室は、次第に授業を受ける空気に変わっていく。




