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エクリプス ―月蝕の二人―  作者: 灰色 ウサギ
第2章 想い出人の郷
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第4話 それぞれの立場

 学校に着くと、朝だというのになんだかみんな騒がしい。

 廊下のあちこちで会話が飛び交い、生徒たちは浮き足立っている。


「マー先生、いつも落ち着いてて素敵だよね」

「そうそう、あの優しい笑顔」

「つい保健室にも行っちゃった」


 変化が少なく娯楽もない村に訪れた新しい先生——マー・エチルスの影響は思った以上に大きいらしい。

 しかも、教師だけでなく保健室の先生も兼ねている。

 聖魔術と呼ばれる回復・治癒などの術が得意なマーには、妙に合っていた。


 廊下を歩いていると、数人の女子生徒がシャイナを囲む。


「シャイナくん、おはよー! ねえねえ、聞いて。うちのクラス、今日エチルス先生の授業あるんだ」

「おはよ。オレんとこもあるよ」

 

 相変わらず、シャイナはみんなから話しかけられては律儀に返している。


「ねえねえ、私見ちゃった! 先生、この前そこの廊下でこけてたんだよ」

「え、かわいいー」

「ギャップあるよね。シャイナくんもそういうの見たことある?」

「うん、知ってるよ。よく物落としたりもしてるよね」


 彼の不運も、すでに校内でちらほら目撃されているようだ。

 その容姿と何事もそつなくこなしそうな雰囲気で、何もないところでつまずいたり、机の角にぶつかったり、たまたま資料が雪崩れてきたりする。

 それがまた、人気を押し上げているらしい。


 男子生徒たちの話題も新しい先生のことで持ちきりのようだ。


「おれ、あの先生の授業ならわかる」

「そうなんだよ! なんか頭に入ってくんだよな」

「あとなんか目を離せないっていうか」


 普段授業や勉強のことを気にしない連中も、宿題をちゃんとやっていたり、時間割をこまめにチェックしている。


 シャイナが話し込みそうなので、黙って教室へと向かう。

 何人かに挨拶を返しながら進んでいくと、反対側から灰金色の髪を揺らしながらマーが歩いてきていた。端正な顔立ちに、洗練された所作が遠目でもわかる。

 こちらに気がつくと、アイスブルーの瞳を細め、軽く手を振ってくれる。


 小さく手を振り返すと、後ろから肩を掴まれた。

 シャイナが足早に追いついてきた。

 視線はこちらではなく、なぜか廊下の先に向いている。

 それまで女子たちに向けられていた笑顔には、少しだけ焦りが滲んでいた。


「どうした?」

「置いてくなよ」

「話し込んでたろ」

「それでも置いてくな。てか、誰に手ぇ振って……ってエチルスじゃん!」


 近づいてきたマーは、胸に分厚い本とノートを抱えて、柔らかく笑う。


「おはようございます。ビーくん、シャイナくん」

「おう」

「おはよー、エチルス!……先生」


 学校で呼び捨てにしたのを気にして、シャイナが周囲に視線を巡らせる。


「エチルスで構わないですよ」

「そっか。じゃあ、今日の授業楽しみにしてる」

 

 シャイナは肩の力を抜いて、人懐っこい笑顔を浮かべた。

 教室へ向かいながら話す。


「楽しみにしてくださるのは嬉しいですね。みなさん興味持って聞いてくださるので助かってます」

「エチルスの話が上手いからだよ。一限目はオレらの教室だっけ?」

「はい、朝会兼一限目ですね。一緒に入りましょう」


 マーがドアを開けて、教室に足を踏み入れる。

 すると教室内からひときわ明るい声があがる。女子からは黄色い歓声があがり、男子からも次々と声がかかる。


「先生、おはようございます!」

「今日の授業はなんの話ですか?」

「先生、荷物持ちます」


 その後に入ったシャイナも、もれなくその洗礼を受ける。


「あ、シャイナもいるじゃん。おはよー」

「シャイナくん、先生と一緒に来たの?」

「仲良いね」

「今そこの廊下で会ったんだよ」


 朝からこの熱量を涼しい顔で普通に捌く二人を見て、違う生き物だなと思う。

 自分では、あんなにうまく溶け込めない。あれだけ声をかけられたら、すぐに疲れて対応が雑になるだろう。

 喧騒に飲み込まれないように、あえて少し遅れて教室に入り、静かに自分の席に着いた。


 壇上では、マーがみんなに席につくように伝えているところだった。

 あれだけ騒がしかった教室は、次第に授業を受ける空気に変わっていく。

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