第3話 怒鳴る理由
工房の入口に立っていると、祖父母の会話が耳に入ってきた。
「大きな爆発音でしたねぇ」
「いや、ちょっと、てへへ。好奇心に勝てなんだ」
「——は?」
聞き逃せない発言だった。
祖母と話して気が緩んでいる祖父の背後に黙って回り込む。
その気配を感じ取ったのか、年を経て丸くなった肩が強張るのがわかった。
「——ふざけんなよクソジジイ。またてめぇの探究心とやらに付き合わされたってことか」
「い、いや、研究者としては、実際にやってみてこそ新たな知見が得られ……」
「とか言って、教本に『混合厳禁』『同時調合禁止』ってのをガチでやったんだろうが!」
「ぎくぅっ!」
「なーぁにが、『ぎくぅっ!』だ! 何度目だ、大概にしろ!」
巻き込まれまいと、シャイナが早々に祖母を一時避難させるのが目の端に入った。
両手を後頭部に回し、祖母の隣でこちらをのんびり眺めている。
「また始まっちゃったな」
「そうね~。ビーちゃんがしっかりものなのよね。おじいさんもわかってるけど、やっちゃうのよ。でも、火事じゃなかったし、朝ごはんの用意しちゃおうかしら」
祖母は片手を頬に当てて悩んでいるようだった。
シャイナが明るく答える。
「いいんじゃない。たぶん、これ時間かかるし」
「それもそうね。シャイナくん、手伝ってくれる?」
「もちろん! ばーちゃんのご飯美味しいから早く食べたい」
「ありがとう」
祖母とシャイナは短い会話を交わして、母屋の方へと入っていった。
それを見た祖父が逃げようとするが、首根っこを捕まえる。
「まだ話は終わってない」
「ひえぇぇ」
結局、母屋から朝食のいい匂いが漂ってくるまで説教は続いた。
「二度とするなよ」
「反省は、しとるよ」
悪びれもせず実験をやめる気配がないことに、再度苛立ちが募りそうになった。
母屋から、パンの焼けた香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。
腹の方が素直だ。
大きくわざとらしくため息をつくと、祖父に向き直る。
「朝飯だ、いくぞ」
祖父を促し、リビングへと向かった。
◇◇◇◇◇
朝食を終え、身支度を済ませてシャイナとともに学校へ向かう。
道すがら、煮え切らない思いがつい口から出る。
「——ったく、毎度毎度毎度毎っ度懲りねぇな」
「まぁまぁ、じーちゃんに怪我なくて良かったじゃん」
「反省の色がない」
怪我がなかったから怒れたが、大怪我でもしていたら笑い事では済まない。
「じいちゃんらしいよ」
「お前慣れすぎ」
シャイナがこちらを見て口元を緩める。
「ビーは心配してたんだろ。じいちゃんが怪我してないか、倒れてないかって」
見透かすような瞳から目を逸らす。
「……うるさい」
「はいはい」
そう言って、頭をぽんと叩かれる。
先を行くシャイナの背中を睨むと、後ろ頭が目に入る。
太陽色の髪がくしゃっとなったままだ。
朝の騒動の際、寝間着だったシャイナは一度家に帰り、身なりを整えてきたはずだが、寝癖を直し忘れている。
「寝癖ついてるぞ」
「まじ、どこ」
「後ろ」
「直して」
「めんどうだな」
しかし、立ったままではうまく触れない。
「ちょっとかがめ」
「ほい。丁寧にお願いします」
そう言って、シャイナがその場にしゃがみ込む。
手ぐしで簡単に整えていく。
金の髪に朝の日差しが注いでいる。
思っていたより柔らかで、あたたかな髪が指の間をさらさらと流れた。
毛流れを整えていると、シャイナが嬉しそうに小さく笑う。
「そういや、今日エチルスの授業あるな」
シャイナが思い出したように言った。
マー・エチルス。
鉱山で共に死地を乗り越え、一緒に村に帰った彼が、今ではこの村の学校の教壇に立っている。
不思議な縁もあるものだ。
「そうだな。まさか、先生になるとはな」
「ほんと、みんな騒いでたしな」
赴任予定の教師が来られなくなったことを知った祖父は、マーを学校に紹介した。
マー自身、もともと地質調査のために滞在先を探していたこともあり、互いに渡りに船だったらしい。
シャイナが続けて話す。
「授業めっちゃわかりやすいから、寝なくて済む」
「確かに話は面白いし、整理されてる。……まぁ、これぐらいでいいか」
「ん、ちゃんとできた?」
「できた、たぶん」
シャイナは寝癖があった場所を撫でながら、立ち上がる。
「怖いなぁ」
「お前の顔なら、多少変でも大丈夫だ」
少し驚いた顔でこちらを見る。
「どういう意味?」
「褒めてる」
「絶対違うだろ」
いつものように言い合いをしながら、学校へ向かった。
——この時はまだ、帰宅後にまた祖父を問い詰めることになるとは思っていなかった。




