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エクリプス ―月蝕の二人―  作者: 灰色 ウサギ
第2章 想い出人の郷
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第3話 怒鳴る理由

 工房の入口に立っていると、祖父母の会話が耳に入ってきた。


「大きな爆発音でしたねぇ」

「いや、ちょっと、てへへ。好(・)奇(・)心(・)に勝てなんだ」

「——は?」


 聞き逃せない発言だった。

 祖母と話して気が緩んでいる祖父の背後に黙って回り込む。

 その気配を感じ取ったのか、年を経て丸くなった肩が強張るのがわかった。


「——ふざけんなよクソジジイ。またてめぇの探究心とやらに付き合わされたってことか」

「い、いや、研究者としては、実際にやってみてこそ新たな知見が得られ……」

「とか言って、教本に『混合厳禁』『同時調合禁止』ってのをガチでやったんだろうが!」

「ぎくぅっ!」

「なーぁにが、『ぎくぅっ!』だ! 何度目だ、大概にしろ!」


 巻き込まれまいと、シャイナが早々に祖母を一時避難させるのが目の端に入った。

 両手を後頭部に回し、祖母の隣でこちらをのんびり眺めている。


「また始まっちゃったな」

「そうね~。ビーちゃんがしっかりものなのよね。おじいさんもわかってるけど、やっちゃうのよ。でも、火事じゃなかったし、朝ごはんの用意しちゃおうかしら」


 祖母は片手を頬に当てて悩んでいるようだった。

 シャイナが明るく答える。


「いいんじゃない。たぶん、これ時間かかるし」

「それもそうね。シャイナくん、手伝ってくれる?」

「もちろん! ばーちゃんのご飯美味しいから早く食べたい」

「ありがとう」


 祖母とシャイナは短い会話を交わして、母屋の方へと入っていった。


 それを見た祖父が逃げようとするが、首根っこを捕まえる。


「まだ話は終わってない」

「ひえぇぇ」 


 結局、母屋から朝食のいい匂いが漂ってくるまで説教は続いた。


「二度とするなよ」

「反省は、しとるよ」


 悪びれもせず実験をやめる気配がないことに、再度苛立ちが募りそうになった。

 母屋から、パンの焼けた香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。

 腹の方が素直だ。


 大きくわざとらしくため息をつくと、祖父に向き直る。


「朝飯だ、いくぞ」


 祖父を促し、リビングへと向かった。



◇◇◇◇◇


 朝食を終え、身支度を済ませてシャイナとともに学校へ向かう。

 道すがら、煮え切らない思いがつい口から出る。


「——ったく、毎度毎度毎度毎っ度懲りねぇな」

「まぁまぁ、じーちゃんに怪我なくて良かったじゃん」

「反省の色がない」


 怪我がなかったから怒れたが、大怪我でもしていたら笑い事では済まない。


「じいちゃんらしいよ」

「お前慣れすぎ」


 シャイナがこちらを見て口元を緩める。


「ビーは心配してたんだろ。じいちゃんが怪我してないか、倒れてないかって」


 見透かすような瞳から目を逸らす。


「……うるさい」

「はいはい」


 そう言って、頭をぽんと叩かれる。

 先を行くシャイナの背中を睨むと、後ろ頭が目に入る。

 太陽色の髪がくしゃっとなったままだ。 

 朝の騒動の際、寝間着だったシャイナは一度家に帰り、身なりを整えてきたはずだが、寝癖を直し忘れている。


「寝癖ついてるぞ」

「まじ、どこ」

「後ろ」

「直して」

「めんどうだな」


 しかし、立ったままではうまく触れない。


「ちょっとかがめ」

「ほい。丁寧にお願いします」


 そう言って、シャイナがその場にしゃがみ込む。

 手ぐしで簡単に整えていく。


 金の髪に朝の日差しが注いでいる。

 思っていたより柔らかで、あたたかな髪が指の間をさらさらと流れた。

 毛流れを整えていると、シャイナが嬉しそうに小さく笑う。


「そういや、今日エチルスの授業あるな」


 シャイナが思い出したように言った。

 マー・エチルス。

 鉱山で共に死地を乗り越え、一緒に村に帰った彼が、今ではこの村の学校の教壇に立っている。

 不思議な縁もあるものだ。


「そうだな。まさか、先生になるとはな」

「ほんと、みんな騒いでたしな」


 赴任予定の教師が来られなくなったことを知った祖父は、マーを学校に紹介した。

 マー自身、もともと地質調査のために滞在先を探していたこともあり、互いに渡りに船だったらしい。


 シャイナが続けて話す。


「授業めっちゃわかりやすいから、寝なくて済む」

「確かに話は面白いし、整理されてる。……まぁ、これぐらいでいいか」

「ん、ちゃんとできた?」

「できた、たぶん」


 シャイナは寝癖があった場所を撫でながら、立ち上がる。


「怖いなぁ」

「お前の顔なら、多少変でも大丈夫だ」

 

 少し驚いた顔でこちらを見る。


「どういう意味?」

「褒めてる」

「絶対違うだろ」


 いつものように言い合いをしながら、学校へ向かった。


 ——この時はまだ、帰宅後にまた祖父を問い詰めることになるとは思っていなかった。

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