第1話 日常に戻る
家の裏手の林を抜けると、そこには大きな湖が広がっている。
対岸には緑豊かな森が連なり、雄大な山々が腰を落ち着けていた。
風が吹いて、湖面が陽光を反射して輝く。
ビーは革製のブーツを脱ぎ捨てると、水の中に足を突っ込んだ。
足先から冷たさがじんわりと上がってくる。
ゆったりめのズボンに水がしみ込んでいく。
鍛錬をこなした後のほてった身体にはちょうど良かった。
一瞬泳ぎたい気持ちになるが、誰かさんの怒鳴り声が聞こえてきそうなので押しとどまる。
じゃぶじゃぶと数歩進んで、その場で目を閉じ深呼吸をした。
一本の線を引くように、心が落ちついていく。
静かに黄金色の銃を握りしめる。
「あまたの光 遠く彼方より 疾く駆ける」
呪文の詠唱を始めると、風向きが変わる。
空気がひりつく。
目に見えない精霊たちの力が集まってくるのを感じる。
「大地を穿ち 天を分かつ その声は万物の脅威とならん」
短い銀髪が視界を何度もよぎる。
風が周囲を威圧するように吹きすさんだ。
手の中で、銃はまるで炎のような熱を帯びる。
震えが大きい。
額には汗が滲む。
奥歯を噛みしめ、暴れる力を無理やり押さえ込む。
「粛々たる、理を――っ!?」
――次の瞬間、乾いた破裂音が響き渡る。
身体は弾かれたように後退し、バランスを崩して浅瀬に尻餅をついた。
風は凪ぎ、肌を切るような空気は霧散する。
水面は、何事もなかったかのように穏やかな顔を取り戻した。
ビーは座ったまま、左手に握りしめた銃を見つめ軽くため息をつく。
――今日は失敗したな。
鉱山の一件から、数ヶ月が経っていた。
あれ以来、書庫で得た知識を実戦で使えるか、日々試していた。
「黒」に加えて、あの日のことを何度も夢に見る。
飛び起きて寝付けず、本を読んで朝を迎えたことも一度ではない。
それをシャイナに言わないでいたら、また怒られてしまった。
今は日常がちゃんとある。自分もそこにいる。
でもあの時、少しでも何かが食い違えば――。
自然と銃を握る手に力が入る。
体力、魔術、判断力、何もかも足りなかった。
あの時の最適解を頭の中で何度も探す。
ビーは深く息を吐く。
疑問はひとつも解消されていない。
夢魔。黒い力。そして視線。
悩んでも答えは出ないし、過去には戻れない。
今はできることをやるしかない。
あの力に頼らなくても、守れるように。
――強くなる、もっと。絶対に。
顔を上げ、澄み渡った空を仰いだ。
「よし」
気持ちを切り替えた――その刹那。
ドゴオオォォ――ン!!
後方から地響きのような爆発音。
明らかに自宅の方角からだ。
舌打ちすると同時に走り出した。




