第2話 いつも通りの朝(2)
裏口から靴を脱ぎ捨て、そのまま奥へ駆け込む。
廊下を曲がったその先に、一人の老人が倒れていた。
ビーはすぐさま駆け寄る。
「じいちゃん!」
「大丈夫か?」
「――いたた、たたた」
まず意識があることに、ビーは安堵する。
「どこか打ったか?」
「――っ痛。……いやまあ、階段から落ちてな」
「「階段……」」
祖父の後ろを見ると、階段から廊下にかけて色々なものが散乱していた。
まず旅行リュック、そこから飛び出している地図やランタン、携帯食料。
階段の途中あたりに、水筒、着替え、りんご数個、火おこし道具、タオル、毛布などが転がっている。
ビーは再び額に青筋ができた。
「――――ふざけんなよ、クソジジィ!!」
「ビー、ちょっと落ち着けって」
「何回言えば学習すんだ! 毎回毎回家を空けるたびに、ばあちゃんはいつも不安なんだぞ! 怪我してないか、何かトラブルは起きてないかって。 この前も足のひざ悪くして帰ってきてただろうが! いい加減歳を考えて自重しろ!」
一息に言い終わると、ビーは祖父を睨みつける。
その手はきつく握られていた。
祖父チェロベックは気まずそうに小さく身を縮めて俯いていた。
すると編み上げ帽子に右手を添えて、舌を出し、小さくつぶやく。
「…………てへぺろ」
「………」
「び、ビー、落ち着けよ」
「てへぺろ、じゃねぇ! こんのクソジジイ――っ!!」
ビーの怒りが、家を再び震わせた。
ビーが掴みかかろうとした瞬間、後ろからシャイナが慌てて羽交締めにする。
「ビー、待てって!」
「あらあらあら、どうしたの」
ひょこりと廊下の向こうから祖母カローシェが顔をだす。
まだ寝巻き姿で、老眼鏡のズレを軽く戻しながら、ビー、シャイナ、祖父と視線が移動する。
「おじいさん、何かしたの?」
ため息をつくと、ビーは祖父の襟首を放す。
「このジジイがまたどっか行く気だったらしい」
祖母が祖父に寄り添い、そっとその手を取る。
「怪我はないですか、おじいさん」
「か、かろーしぇちゃん……」
眼をうるうるさせて、何かを訴えようとする。
すかさずビーが反応する。
その声は冷たい。
「泣き落としは効かねぇぞ」
「まぁ、まぁ。 じいちゃん、怪我してんだろ。先に手当てしようよ」
シャイナのなだめに、ビーは怒りを吐き出すようにため息をつくと、祖父のそばに跪く。
「立てるか?」
「たぶん、――あいたたっ!」
「オレの肩使いなよ」
シャイナの申し出に、ビーも祖父の手を担ぎ、二人で支えながら運ぶ。
「寝室でいいよな」
「ん」
シャイナの質問に短く答える。
祖母は、お薬取ってくるわ、といって反対方向に足早に向かった。
祖父を奥の寝室のベッドに運ぶ。
ゆっくりと腰かけさせ、祖父がバランスを崩して落ちたりしないよう声をかけながら二人は離れた。
祖父はベッドに横になる。
「ふう、すまんかったなぁ」
「ほんと反省しろ」
「まぁまぁ。大きな怪我はなかったんだし、未遂だったんだから、そんな怒るなよ」
「シャイナくんも、毎回すまないなぁ」
「いつもじゃん。気にしてないよ」
「なんていい子なんじゃ」
祖父が再び目を潤ませる。
「うっせぇ。シャイナ、お前もジジイを甘やかすな」
「ちょ、オレにまで敵意向けんなよ」
こんこんと小さな音が耳に届く。
「ビーちゃん、ドア開けてくれる?」
祖母がドアの外から声をかける。
ビーはすかさずドアを開けた。
「ありがと、ビーちゃん。 おじいさんに痛み止めのお薬持ってきたわ」
「持つよ」
「あら、ありがとう。じゃあ、こっちに持ってきてくれる」
ビーは薬を受け取ると、そのまま祖母の後に続いた。
銀の鋭い目が祖父を睨む。
「ちゃんと飲め」
「あーん、孫が厳しい」
「うるさい」
「まぁまぁ、ビーちゃんたち。お薬はばあばが飲ませるから、ご飯食べて来なさいな。もうすぐ学校に行く時間よ」
ベッド脇に置いてある時計は、八時をすぎていた。
学校の始まりは九時。
ここは村の端だ。
学校まで歩けば、それなりに時間がかかる。
時計を見てシャイナが少し慌てる。
「わ、ほんとだ」
「シャイナくんのもあるわ、食べてってね」
「いつも、ありがと!」
「はぁ……。行くぞシャイナ」
ビーはため息をつくと、シャイナを伴い部屋を出た。
リビングに近づくにつれ、パンの焼けた匂いと甘い香りがする。 食卓には祖母が用意してくれた朝食が、いつも通り二人分置かれていた。
香ばしく焼き上がったパンに、湯気が立ち昇るコーンスープ。森で採ってきたフルーツに、新鮮な野菜のサラダ。シャイナの家から貰った卵の目玉焼きまで並んでいる。
二人は隣合わせの定位置に座る。
「いただきます」
「いっただっきまーす」
ビーが黙々と口にするのに対し、シャイナは一口ごとに笑顔になったり、瞳を輝かせてはビーに話しかける。
「相変わらず飯うまいよなぁ」
「食べながら喋んな」
「あ、塩使う? はい」
「ん」
「入れすぎんなよ」
「うるさい」
「あ、これうまい」
「食べてるからわかる」
「そういやさ、昨日森に子鹿いたんだよなぁ」
「今朝いたな」
「最近生まれたのかな」
「たぶんな」
二人は手早く朝食を平らげた。 食器をシンクに片付け、二人でさっと洗ってしまう。
「オレ、カバンとってくるわ」
「ん」
シャイナは裏口から出て、自宅へ向かう。
ビーはサッとだけシャワーを浴びて着替えると、髪を拭きつつ二階へ上がる。 濡れた頭のまま上着を羽織ると、ノートとペンと少し分厚い本を革カバンに適当に放り込んだ。
階下に戻りながら、カバンを斜めにかける。 祖父母の寝室のドアをノックしてからドアを開けた。
「ばあちゃん、ごちそうさま。うまかったよ」
「それは良かったわぁ」
祖母は幸せそうににっこり笑う。
「学校行くけど、なんか用事ある?」
「そうねぇ、おじいさんの痛み止めが少なくなってきたから」
「じゃあ、帰りとってくる」
「おう、愛しのビーよ。わしの分までしっかりやってくるんじゃぞ」
「テメェは大人しく寝とけ」
「こわっ」
「ビーちゃん、お願いできる?」
「わかった」
そう言って外に出ると、タイミングよくシャイナも駆けてくる。
「おっしゃ!」
パチンと二人はハイタッチする。
「急ぐぞ」
「間に合うかな」
「走ればな」
ビーたちの家は村の東の外れにあり、学校はちょうど真反対にある。
「余裕っしょ」
「途中ばてるなよ」
朝日を浴びながら、二人は村道を走りだす。
「ビーが耐久力ありすぎなんだよ」
「普通」
「普通じゃねぇ」
そんなやり取りを交わしながら学校へ向かった。




