第28話 開放
祖父は母屋を出て、庭にある倉庫へと向かう。
渡り廊下を歩いている途中、客間の明かりがまだついているのに気がつく。
マーがまだ起きているのだろう。
前をいく背中は普段と変わらず小さいのに、心なしか今は頼もしく見えた。
節くれだった手に握られた鍵束が、静かな夜に重厚な金属音を立てる。
鍵を開けて中に入ると、外とは違う独特な匂いが鼻をくすぐる。
慣れた動作で祖父が壁のスイッチを押すと、室内灯が薄暗い倉庫内を優しく照らした。
まず目に入るのは、背の高い棚だ。
優にビーの身長の倍はある。
倉庫全体に所狭しと並べられ、どの棚も埋まっており、入りきれなかった一部は床に積み上げられていた。
日用品の在庫から、祖父母が集めた魔術道具や修理材料など用途も種類もさまざま。時折ビーも整理を手伝うが、一向に片付く気配はなかった。
祖父は迷わず奥へ進み、倉庫の二階へと続く階段を登る。
軋む木と鍵束の揺れる音が重なる。
この先には、ビーが何度か侵入を試みたが入れなかった場所があった。
「……じいちゃん」
「約束しとったからな」
顔を少しこちらに傾けて、器用にウィンクしながら答える祖父に苦笑する。
L字型の階段を上っていき、二階につくと、一階全体を見下ろせるロフトのような作業場がある。
その作業場を進んだ先に目的の場所があった。
祖父チェロベックの書庫だ。
漆喰の分厚い白い壁。
その扉も同様に白く、他の壁より一歩奥まっていた。
明かり採りの窓から差し込む月の光で、周囲より青白く映った。
扉には金色の丸い輪の取手がついており、しっかりとした錠前が門番となり、許可なき者の侵入を拒んでいた。
祖父が鍵束から一つ鍵を選び、鈍色の錠前に差し込んだ。
ガチャリとひときわ大きな重低音が響く。
祖父が不意に振り返って、悪戯っぽく尋ねた。
「何度か入ろうとしとったじゃろ」
ビーは思わず肩が跳ねる。
その様子に、祖父は笑った。
「はっはっは、やっぱりな。 まだ開けられんかったじゃろ?」
「……無理だった」
ビーはため息と共に白状する。
「特別仕様にしとったからな。
お前さんにはまだ早い。……と思っとったが、もう大丈夫じゃろ」
しわがれた手を錠前の外れた扉にかざし、小さく呪文をつぶやく。
扉にこぶし大の円形の魔術紋が、緑色の光を帯びながら浮かび上がる。
乾いた声の詠唱が終わると、魔術紋は儚く消え去り、代わりにカチリと小さな音が返ってきた。
まるで招き入れるかのように、音もなく、扉が薄く開いた。
扉の金の輪に枯れた手がかかる。
ビーもその輪を掴んだ。
「手伝う」
観音開きの重い扉を一つ、また一つ開ける。
すると、主人を待ち侘びていたかのように、手前から奥に向かって、順番に明かりが灯された。
「しばらく開けてなかったからの」
祖父は靴を脱いで中へ入り、厚手のカーテンを端に寄せて、いくつかの窓を開放する。
風が入り込み、中から古びた紙や独特な革の匂いが流れてくる。
自然とビーの胸の鼓動が高まった。
ここでなら、何か見つかる気がした。
入り口で立ち止まっていると、祖父が手招きする。
「入っていいぞ」
祖父に倣い、靴を脱いでそっと足を踏み入れた。
その光景に息を呑む。
床は赤い絨毯が全面に敷き詰められ、見上げるほどの書架が奥まで整列し、棚にはぎっしりと書物が詰まっている。
革の背表紙、紐で括られただけの本、辞書のような本、さまざまな種類の本が静かにビーの来訪を観察していた。
ビーは目を見開いて、それらを見つめ返した。
胸が高まり、まるで熱に浮かされているような気になる。
並んでいるタイトルは、どれも見たことがないものばかりで、ビーの興味を引くには十分だった。
まるで小さな図書館だ。
両側に視線を忙しなく投げ、タイトルを指で軽く撫でながら奥へ進むと、机とソファが置かれていた。
ビーはその机にそっと触れる。
自分の訪れを歓迎するように、その質感は温かく手に吸い付くようだった。
普段より柔らかく、それでいて真面目な声が背中越しに聞こえる。
「お前さんの求める答えがここにあるかはわからん。でも、きっと、何かの助けにはなるじゃろうて」
ビーは小さく頷き、答えた。
「……ん、ありがとう」
「自由に使え」
「そうさせてもらう」
祖父はビーにこの部屋の鍵はもうかけないことや、室内の簡単な説明をすると、「根詰めすぎるなよ」と忠告して母屋に戻って行った。
ビーはソファに腰掛け、目を閉じて深呼吸をする。
木の匂い、古びた本の香りが身体を満たしていく。
先ほど口にした言葉が、胸の奥でまた熱を持った気がした。
「よし」
小さく呟いて、手近にある本を手に取った。




