第26話 帰宅(2)
「……ジジイ。鉱石、急ぎじゃなかったのか?」
「ほへ?」
祖父は素っ頓狂な声を出す。
銀の瞳が鋭く細められる。
「遅くなったら依頼主が困るとか、言ってただろ」
指摘を受けた祖父は明後日の方向を向いて、目を合わせない。
吹けもしない口笛を吹くフリまでしてみせる。
「……そ、そういえば、そんなこともあったかもしれんのう?」
「てめっ、やっぱ嘘か!」
「いや、そんな事実もなくはないのじゃ」
「ないんだろうが!」
掴みかかろうとするビーを、シャイナが後ろから羽交い締めにして止める。
「待ってビー! 帰ってきたばっかなんだから」
「やっぱ一回ちゃんとわからせる!」
取っ組み合い寸前の様子を眺め、頬に手を当てた祖母が「まあ」とつぶやく。
マーはそのやり取りに目を見開いていた。
祖母が玄関に立ち尽くすマーに視線を移し、首をかしげる。
「……あら? ねぇビーちゃん、こちらの綺麗なお兄さんはどなた?」
「あぁ? 途中で会った」
まだ怒りの渦中にいるビーは、不機嫌そうに必要最低限の会話で済ませようとする。
ビーを抑えたまま、シャイナがフォローを入れる。
「ビー、もうちょっと説明しなよ。えっと、エチルスには道中色々助けてもらったんだ。お礼したくてついてきてもらった」
「マー・エチルスと申します。僕こそお二人には道中助けていただきました」
紹介されたマーは、深々とお辞儀をしたあと、柔らかく微笑んだ。
祖父はこの機を逃すかとばかりに、マーの前に素早く移動する。
「それは、それは。孫たちがお世話になりましたな」
「あらあら、そうだったのね。ここでは何ですし、どうぞお上がりくださいな」
「ささ、どうぞどうぞ、こちらへ」
孫の抗議の声は聞こえてないとばかりに、祖父は足早にリビングへ逃げた。
来客用のスリッパをマーに差し出し、祖母もあとに続く。
舌打ちをして、ビーはようやく大人しくなった。
シャイナも腕を緩める。
「ほら、行こ」
シャイナに背中を軽く叩かれ、ビーは盛大なため息をつきながらリビングへと向かう。
二人の後ろについて歩きながら、マーが尋ねた。
「シャイナくんとビーくんはご親戚ですか?」
「ううん、違うよ。家が近いだけ。オレんちビーんちのもうちょい向こう。
幼馴染って言ってなかったっけ?」
シャイナは特に気にする風でもなく、当然のように答えた。
その答えを受けて、ビーはフォローにならないフォローを入れる。
「こいつ、ずっと入り浸ってるからな」
「ビーを世話するためだけどな」
「それはこっちのセリフだ」
マーは目を何度か瞬かせていた。
◇◇◇◇◇
ダイニングテーブルから、祖母が淹れたお茶と手作りのクッキーの香りが漂ってくる。
マーは、祖父母の話にも付き合いつつ、今回の一件について、ことのあらましを説明してくれている。
祖父母は「まぁ!」「なんと!?」と驚きを隠せないようだった。
祖母の肩が震え、それを祖父がそっと背中から支えているのが視界の端に入った。
ビーは、リビングのソファに深く腰掛け、本を手に取る。
シャイナも隣に座り、お菓子に舌鼓を打っていた。
数日しか経っていないのに、座り慣れたソファ、穏やかな木の匂い、お茶とお菓子がやけに懐かしい。普段は気にも留めないものが、今はやけに鮮明に感じた。
シャイナがダイニングテーブル側を横目で見ながら、ビーに話しかける。
「エチルスが話してるの聞いてると、あの場所での出来事がなんか現実じゃないみたいだな」
「そうだな。あんなに必死だったのにな」
「あ、だからって反省忘れんなよ」
ビーはシャイナから目をそらす。
それを追うようにシャイナがのぞき込んでくる。
「……忘れてない」
「いま一瞬間があった」
「忘れてない。近い」
ビーはシャイナを本で押し除ける。
その隙にとばかりに、シャイナの手がビー用に取り分けられた皿に伸びた。
「あの時のお詫びにクッキー一個もらい」
「あ、それ残しといたやつだぞ」
「反省してんだろ」
「それとこれとは話が別だ」
ビーとシャイナが小競り合いをしている間に話がまとまったのか、祖父母の弾んだ声が聞こえてくる。
「せっかくですから、しばらく家に泊まっていらして」
マーは首を振りながら、手のひらを祖父母に向けて遠慮している。
「いえ、そんなお世話になるのは申し訳ないです」
祖父も楽しそうだ。
「いやいや、何のお礼もせず恩人を帰すわけにはいきません。
部屋はたくさんありますから」
「そうですよ。この村は宿屋はありませんし、どうぞゆっくりしていってくださいな」
祖父母の様子を見て、ビーはつぶやく。
「やっぱな」
シャイナも三人の様子を観戦している。
「じいちゃんばあちゃん、人をもてなすの好きだよな」
「今日はいい飯が食える」
「ナイス」
ふと気がついたように、ビーはシャイナに視線を投げる。
「お前は一旦帰らなくていいのか。マーに服借りたままだろ」
「あ、そうだった。じゃあ、夕飯まで家に戻ってなんか持ってくるかな」
すかさずビーが注文をつける。
「果物多め」
「わかってるよ」
苦笑しながら、シャイナはクッキーを食べ終え、一時帰宅した。




