第23話 温かさ
エチルスは、眩い光と激しい風に思わず目を覆った。
空気を切り裂くような高音が響く。
それらはすぐに収まり、何事もなかったかのように辺りはしんとなった。
先ほどの緊迫した、命を脅かすような静けさではない。
洞窟の天井に開いている大きな穴から、風の音や遠くで鳴く鳥の声も耳に届いた。
光が弾けた中心に、二人が揃って倒れている。
エチルスは周囲に視線を巡らせる。
先程まで暴れていた黒いものはもう見当たらない。
ところどころ、何かに切り取られたように岩が欠けている。
魔獣たちの残骸はあるものの、漆黒の脅威はその姿を消していた。
気配さえも感じられない。
エチルスは、念の為危険がないかを確認しながら、二人の元まで進む。
近づくごとに、地面の傾斜がわずかにきつくなる。
乾いた足音だけがこの場に響く。
慎重に二人を上からのぞき込んだ。
――気を失っている?
光が爆発する直前に見た光景そのままに、二人の手は固く繋がれたまま、互いに向かい合うように横たわっている。 まるで離されるのを拒むように。
エチルスはしゃがんで、小刻みに震える手を少年たちの口元や首に当てる。
指先に体温を感じる。
呼吸もある、脈もゆっくりだが正常。
本当に気絶しているだけのようだ。
ゆっくり長く息を吐くと、肩の力が抜けた。
ほんの数秒、胸に残る疑問を飲み込むように、目を閉じた。
気合を入れなおすように腕まくりすると、改めて二人の怪我の程度を確認していく。
ビーは全身が傷だらけ。その中でも右肩からの出血が服を染めている。
しかし、致命傷につながるような大きな傷はないようだ。
問題はシャイナの方だ。
先ほどは解毒処理の途中だった。
毒を受けた上に、背中に大きな爪痕も何か所もあったので、すぐに手当てしたほうがいい。
背中側に回り解毒魔術を施そうとして、息を呑んだ。
「……毒の跡が」
シャイナの背中の爪痕は今もしっかりとある。
しかし、毒を受けたあとがどこにも残っていなかった。
駆け出したあの背中には、確かにまだ青紫の変色した部分が残っていたのに。
エチルスは呼吸を整えた。
優先すべきことが山ほどある。
一度土壁の中へ戻り鞄を取ってくると、再びシャイナの治療に専念した。
◇◇◇◇◇
ビーはゆっくりと目を開けた。
眩しさに目を細める。
穏やかな風、優しい光。
――ここは…… 。
頭の中を先ほどの光景が一気に駆け巡る。
「――シャイナっ!!」
反射的に体を起こすと激痛が走った。
声にならない声をあげて、思わず体を中心に向かって折り込み、痛みに耐える。
全身がバキバキと音を立てそうなくらい硬い。
「――――っ、あ、ぐ……!!」
身体の奥に違和感がある。
まるで鉛を埋め込まれたように、ずしりと重い。
あの黒の名残なのだろうか。
痛みが引いてくると、左手に突っ張りを感じた。
自分の手をしっかりとにぎる、大きな無骨な手。
傷が残る身体。
切り裂かれた赤いスカーフ。
太陽色の髪は少し乱れて、瞳は閉じられている。
しかし、その顔は心なしか血色が良く見える。
「シャイナ!」
「大丈夫ですよ」
ゆっくりと包み込むような声が、そっと耳に届く。
目線を上げると、穏やかな瞳がこちらを見つめていた。
「マー……」
「シャイナくんの治療はほぼ終わってますので、もうすぐ気が付くと思いますよ」
微笑みを浮かべるマーの額にはうっすらと汗が滲んでいる。
片手はペンダントを握りしめ、もう片方の手をシャイナにかざしていた。
よく見れば、シャイナの体は薄い光の膜に覆われている。
心地よい温かさが空気の中に沁み込んでいた。
――回復魔術。
「ビーくんもだいぶ無茶してましたから、回復薬も飲んでいた方が良さそうですね」
「……悪い」
「いいえ、お二人のおかげで僕はここにいるようなものですから。
こちらこそ、ありがとうございます」
マーは何も聞かなかった。
きっと疑問に思うことはたくさんあるだろうに、質問することも責めることもない。
ただ治療に専念している。
その優しさに、申し訳なさと居心地の悪さを感じた。
何も言えずに下を向いていると、わずかに息が漏れる音を耳が拾う。
「――っ…」
シャイナが身じろぎして、ゆっくりと瞳を開ける。
「シャイナ……」
全身から力が抜ける。
シャイナが何度か瞬きをして、焦点が合う。
握られた左手に力がこもった。
太陽色の瞳がこちらを認識した途端、その瞳は険しくなる。
「こんのバカっ!! ――ってぇ!」
シャイナは勢いよく起き上がると、開口一番、怒鳴った。
しかし急に体を動かした反動で、天を仰いで顔をしかめる。
それでもその厳しい眼差しは変わらない。
「なんで一人で行った!?」
胸に抱え込んで溜まっていた苦しみが飛び出したような声だった。
マーが何か言いかけたが、すぐに口を閉じた。
「……あいつらの目的俺だった」
「だからって勝手に死にに行くな!!」
「ちがっ」
「違わない! オレがどれだけ……! どれだけお前の事考えたと——」
握られた左手が痛い。
太陽色の強い眼差しが赤みを帯びて、実際泣いてはいないのだが、泣いているように見えた。
こういう時、なんて言えばいいのかわからない。
「……悪い」
いつもと同じ言葉しか出てこない。
でも、シャイナが生きている。
それだけで心は何倍も軽かった。
「反省しろ」
「……」
「頼むから、一人で行くなよ」
「……わかった」
「ほんとにわかってんだろうな」
「……」
「はぁ、もう……」
シャイナは空いている方の手で顔を覆って、大きくため息をついた。
握られていた手の強さが一度緩んで、もう一度優しく包むように握り直された。
シャイナがもう一度顔をこちらに向けた。
視線が繋がる。
心底安心したように、シャイナの目尻が優しく下がる。
普段より柔らかな、解放されたような笑顔だった。
「……まぁ、お前が生きててよかったよ、ほんとに」
「……ん」
その返事に、シャイナの手が伸びてきて頭を撫でた。
手の温かさに、ほんの少しだけ目の奥が熱くなった。




