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第13話 狂宴の始まり

マーが灯りを前にかざす。

カランとランプの中の魔術球が揺れ、照らされた景色が動いたように見えた。


「だいぶ進みましたけど、まだ先長そうですね」

「そうだな」


ビーも灯りを掲げるが、光が届く範囲外は闇である。


「思ったより、なんもないな」


黒猫を踏まないよう、シャイナが地面付近を確認しながら進む。


「お前は何があると思ってるんだ」


話す声が反響する。

周囲を囲む土と岩の混じり合った独特の匂い。

どこからか水が滴る音が耳に届く。

湿り気を帯びた風がわずかに流れていることから、どこかに繋がっているのだろう。


三人でいるので方向を見失わずに済むが、前後は暗い闇が広がっているだけなので、だんだんとどっちが前で後ろなのかわからなくなりそうだった。

風が時々亡者のような声を出す。


「なんだか、怖いですね」

「先が見えないからなおさらだな」

「一本道なのに迷いそ」


対照的にシャイナの声色は比較的明るい。


にゃあと足元の猫が鳴いた。

三人を導くように、少し先を進みはじめる。


「あ、猫さん。先に行くと危ないですよ」


灯りが照らす範囲は広くない。

せいぜい半径一、ニメートル。

少し先に行くと黒猫は闇に溶け込んでしまう。

金の猫眼だけが動いているような錯覚に陥る。


「待ってください」


猫がヒョイっと岩陰へ消えた。


「危ないですよ」


猫を追って、必然的にマーの足が速くなった。

それにつられてビーとシャイナも続く。

気が付けば、三人とも走っていた。


すぐそこにいたはずの猫の姿は一向に見えない。

奥に光が見えた。


「あ、あれ出口ですかね」


そう言ってる間に三人は光の中へ飛び込んだ。

暗闇に慣れた視界が一瞬、白くなる。



そこは大きく開けた場所だった。


軽く村の広場くらいはあるだろうか。

遮蔽物や起伏もない、天井も目を見張るほど高く、ただ広い空洞。


明るいのは、天井にぽっかりと穴が開いていて、そこから光が差し込んでいるからだ。

光が差し込むその地面には、恩恵を受けた草花が手足を伸ばして絨毯を形成している。

岩肌はところどころが怪しげに紫の光を放つ。


「うわ、ひっろー!」


最初に声を出したのはシャイナだった。

先程までの陰鬱とした洞窟内とは違い、開けていて明るい。

開放的になるのも無理はなかった。


「すごいですね……」


マーは手をかざし、目を細めて天井や周囲を見回す。


「ほんとだな」


ビーは目を見張った。

想像とは全く異なる場所だった。

鉱山の洞窟と聞いていたから、本の挿絵で見たことがあるような、暗闇での作業かと思っていた。

陽の光も温かく、下手したらピクニックでもできそうな雰囲気さえある。


三人は一時黒猫のことを忘れて、その場所を堪能していた。

シャイナが岩壁から露出している紫色の水晶を指差す。


「なあなあ、この壁で光ってるのが鉱石?」

「たぶん、そうだろうな」


祖父から鉱石については、あまり情報を得られなかったが、おそらくそれだろう。

『なんかピカッとる』という、とても曖昧な表現で教えられていたが、他の石にはない特徴だ。


両手を合わせて、マーが喜ぶ。


「じゃあ、ここが目的地なんですね」

「そうなるな」


ビーは肩の力を抜いた。


「あ、そういえば、猫さんは?」


マーが周囲を見渡す。

隠れる場所などない。


「どこ行ったんだ?」

「……見たところ、ここで行き止まりだな」


ビーが来た方向と反対側や壁に沿って視線を流しても、他に進めそうなところはない。


静寂があたりを占める。

三人は顔を見合わせた。

それでも、聞こえるのは風の音と遠くで響く鳥の声。


突如この場に不似合いな音が耳に飛び込んでくる。

ガガッという音に始まり、激しい轟音と振動――土煙と共に来た道の入り口が崩落する。

低い地響きとともに、ビーたちのところまで、土煙が風と共に流れてくる。


三人はその様子を呆然と、ただ見ていることしかできなかった。


先ほどとは違う静かさがそこに佇んでいた。


「そんな……」


マーの乾いた声が漏れ出た。


全員の視線は、つい先ほどまであったはずの出入り口に向けられている。

大きな岩盤がいくつも積み重なり、脱出は困難だと判断するには十分だった。


にゃあーん


猫の鳴き声が響く。


崩れ落ちた瓦礫の上に、黒猫は座っていた。

金の瞳が不思議な光を湛えている。

ビーたちの視線を受けて、黒猫は笑ったように見えた。

軽い身のこなしで下へ降りてくる。


そして、こちらを見据えながら口を開いた。


「なんていうのが適切かしら」


鼓膜に入り込むような、艶のある女性の声だった。


その声音に、産毛が逆立つような感覚を覚える。

ビーの背中に冷や汗が流れた。


誰も微動だにしない。


猫の姿は一瞬にして人型になった。

その容姿はほぼ人間に近い。

人差し指を顎に当て首を傾げると、肩で波打つ漆黒の曲線が刃物のような光を放つ。

毒のように赤く染められた唇が小さく開く。


「やっぱり……。はじめまして、ね」


金の双眸が、獲物を見つけた獣のように研ぎ澄まされる。


「……」

「……」


ビーとシャイナは喋らなかった。

否、喋れなかった。


喉元に手をかけられているような閉塞感、息苦しさがじわりじわりと迫ってくる。


ビーの左手が黄金銃を握りしめる。

手汗で銃が滑りそうになる。

心臓の鼓動が耳元で聞こえる。


シャイナもいつでも振り抜けるよう、腰の短剣に手を添えていた。

その表情は強張っている。


ビーは目の前にいる存在を、できる限り冷静に観察する。

人型に変化できる。

それだけで十分異常だった。


本で読んだことがある。

人の姿をとる魔は高位種だと。

魔獣の力など軽く凌駕する。


なぜこんなところに――


あの黒猫は最初からそうだったのか?

状況は変わらないのに、疑問だけは次から次へと湧いてくる。


マーは青ざめて、その体を震わせていた。

彼もまた知らなかったということだろう。


ごくりと生唾を飲み込む音が体にやけに響いた。


「安心なさいな、私は手は出さないわ」


細い手がゆっくりと挙げられる。


「私がするのは見守ることだけ」


血の凍るような合図だった。


女の手が空を掴む。

その瞬間、彼女の周囲に数多の魔獣が出現する。

その数はざっと見積もっても百は下らない。目の前が闇色で埋め尽くされる。


狂宴の始まりだった。

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