兵団最強の狼男は、俺のことが嫌いらしい。
地獄の鍛錬が始まって、はや一ヶ月。
自分で言うのもなんだが、かなり成果は出ていた。
レインの魔力球訓練は、決められていた最低ラインの三つを超えて、五つでお手玉まで出来るようになった。
形成もほぼノータイムで、意識も力も集中せずに安定した球を作れるに至った。
ジークとのマンツーマン稽古も終わり、他の兵士との組み手や試合が中心になった。
気がつけば、上から数えた方が早い位置に食い込んでいた。
稽古終わりには仲間たちと食事をとり、お互いの身の上話や雑談をしあう。
疲れが溜まってくると、こっそりリエルが自室で膝枕してくれる。
すっかり、影の国の一員だ。
陽の国襲撃時の救出劇もあってか、兵士たちも俺を受け入れてくれた。
むしろ、黒騎士も意外と普通の人なんだなと、良い意味で笑ってくれた。
誰も俺を特別扱いしない。
一人の人間、黒木志郎──ロウとして扱ってくれる。
それが、とてもありがたかった。
──ただ、一人だけ。
俺を目の敵にする奴がいる。
「──よう、黒騎士」
組み手が終わり、一息ついていた時。
背後から声をかけられる。
背の高い狼男。
身体は灰色の体毛に覆われていて、片目には眼帯をしている。
低く、唸るような声。
何度も聞いたせいで、一言だけで眉をひそめる。
「なんだよアッシュ……今日の稽古は終わりだろ」
声をかけてきた狼男──アッシュを見る。
彼は影の国の兵団でも最強格の戦士だ。
組み手も剣術試合も、アッシュにだけは一度も勝てていない。
「そう言うなよ。まだ体力が余ってるんだ」
「もうひと勝負、付き合えよ」
俺を見下ろしたまま、口を開く。
最近はずっとこれだ。
稽古の後、彼に二〜三回は負けないと終われない。
しかも手を抜くと勝負の回数が増える。
だから疲れた体に鞭を打って、全力で挑む。
「……一回だけだぞ」
「ああ。一回だけ、な」
ニヤついた声。
今日も一回で終わる気はないんだろう。
最初は武器を持たない格闘戦。
お互い構え、様子を伺う。
最初に仕掛けたのはアッシュだった。
強靭な脚力で大地を蹴り、一瞬で目の前に跳んでくる。
身体の軸をずらし、薙ぐように拳を叩き込んでくる。
それを受け止めて背後に回り、空いた胴体に肘を入れる。
アッシュが俺の肘を空いた片腕で受け止め、そのまま腕を固めて極めてくる。
「ぐっ──!」
少し力を込めて、アッシュの拘束を緩ませる。
抵抗を感じた瞬間、襟元を掴もうと片腕を下から潜り込ませた。
だが、即座に仰け反られて躱される。
空を切った腕を掴まれるが、そこから少しだけ身体を潜り込ませて、腕を軸にアッシュの身体を捻りあげる。
が、これも反応され、さらに身体を跳ねて捻りを戻された。
「──そらっ!」
そのまま頭を掴まれ、腕を極められながら引き倒された。
「がッ──!」
押さえ込まれたまま、動けず十秒。
勝負あった。
「まずは一回、だな」
得意げに鼻を鳴らし、手を離す。
「そら、次は剣だ。立て」
木剣を投げられる。
それを掴み、杖代わりにして立ち上がる。
「一回だけって、言っただろ……!」
「格闘ではな。剣はまだだ」
軽く剣を振り回して、アッシュが構える。
ため息と共に、俺も構える。
今度は俺から仕掛ける。
下段から斬り上げ。
防がれる。
アッシュが上段から斬りかかる。
防ぐ。
木剣がぶつかり合う音が何度も響く。
一進一退の攻防が繰り広げられる。
だが、確実に俺の方が押されていた。
稽古場の端に追いやられ、鍔迫り合いになった。
「また強くなったか?流石の伸び代だな、黒騎士さんよ!」
体重を乗せて、押し込まれる。
ギリギリのところで、耐える。
「アッシュには敵わないけど……な!」
こっちの体重を乗せて、押し返す。
アッシュが後ずさったところに、さらに追撃。
突きを繰り出す。
が、軽く弾かれて、軌道を逸らされる。
直後、肩に木剣が直撃した。
「ぐっ──!」
痛みに耐えかねて、膝をつく。
これで、二敗。
「良い運動になった。付き合ってくれてありがとよ、黒騎士」
また軽く木剣を振り、鼻を鳴らして背を向ける。
あれだけやり合ったのに呼吸が乱れていないのが、少し腹が立った。
「……一つ、教えてくれよ。アッシュ」
「──あん?」
怠そうに振り向く。
瞳に、少しだけ敵意が見えた。
「なんで、俺なんだ」
「俺にだけ、突っかかってくる」
俺の問いを聞いて、アッシュの表情が歪む。
直後、振り向きざまに木剣を横に薙ぎ払った。
そのまま早足で近づき、俺を木剣で殴りつける。
「──っ!?」
「お前が気に入らねえ以外に、何があるんだよ」
「ジークさんとレインに気に入られて、直々に稽古つけられて」
「兵団に入ったかと思えば、あっという間に俺に追いついてきやがって!」
木剣で殴りながら、鬱憤を吐き出すように怒鳴る。
「おまけに妙な魔法まで使えて、初陣で仲間を救って持て囃されて!」
「お前を気に入る理由が、どこにあるんだ!」
側頭部に一撃。
脳が揺れて、倒れ込む。
「──お前が何者かは知らねえし、関係ねえ」
「ジークさんの右腕は俺だ」
「リエル様を護るのも、俺だ」
「レインも、俺が──!」
木剣が、頭めがけて振り下ろされる。
直撃する寸前。
「──止めなさいアッシュ!」
レインの凛とした声が、稽古場に響いた。
「っ!?レイン!?」
アッシュの動揺する声。
剣を下ろして、後ずさる。
「ロウ!大丈夫ですか!?」
「……ああ……」
駆け寄ったレインに抱き起こされる。
肩を抱く手が震えている。
「──やりすぎですよ、アッシュ」
怒りに震える声。
アッシュの狼狽える姿が、霞む視界に映った。
「……っすまない。つい、熱が入って……」
「それだけではないでしょう。明らかに私怨が混ざっていました」
「この件はジークとリエル様にも報告します。あなたには相応の沙汰が待っているでしょう」
「──少し、頭を冷やしなさい」
レインの冷たい目がアッシュを刺す。
アッシュの耳が、力なく垂れ下がっていた。
レインが呪文を唱えて、周りの部材で即席の担架を組み上げる。
宙に浮かんだ担架に乗せられ、稽古場を後にする。
揺れる担架の感覚を最後に、意識が暗闇に沈んだ。




