地獄の鍛錬のあとは、甘い膝枕が待っていました。
「ロウ。今回は五秒が目標です。」
「魔力球の形成と維持は魔法制御の基本です。最終的には無意識で最低三つ、お手玉しても消えないくらいは出来るようになってもらいます」
「一個作るのに、こんなヒィヒィ言ってるのにか……!?」
──その日の午後。
「おらどうしたぁ!もう剣が左右に振れてるじゃねえか!そんなんじゃパンも斬れねえぞ!」
「はぁ……はぁ……体力お化けめ……っ!」
──フーウェルの話を聞いた翌日から、地獄の鍛錬が始まった。
午前はレインによる魔法の座学と実技。
午後はジークによる剣術と格闘術の稽古。
正直、とてつもなく過酷だった。
ジークの体力は怪物じみている。
毎日二〜三回意識が飛びそうになるまで追い込まれる。
レインの授業は魔法の理論を理解するのに時間がかかっていた。
実技もイマイチコツが掴めず、失敗続きだ。
今日もジークにボコボコにされて、自室に帰ってきた。
異世界に召喚されて、初めて貰ったマイルームだ。
「だぁ〜〜〜っもう無理動けねえ」
ベッドに頭から倒れ込む。
せめてシャワーを浴びなければと思ったが、もう足が働くことを拒否していた。
「……やっぱ汗臭え……シャワー浴びよう……」
生まれたての子鹿のように腕を震わせながら、ベッドから身体を持ち上げる。
立ち上がったところに、扉がノックされた。
「リエルです。ロウ、起きてますか?」
「はい。起きてますよリエル様」
慌ててタオルで頭を拭く。
「……入っても、よろしいでしょうか」
心臓が跳ねる。
自分の部屋に、異性が入る。
元の世界ではついぞなかった経験だ。
「は、はいっ!大丈夫です!」
動揺が隠せず、声が上擦る。
「では、失礼しますね」
声の後に、扉が開いた。
普段の豪奢なドレスとは違う、ワンピースのようなパジャマを着ていた。
「リ、リエル様!?」
驚いて素っ頓狂な声が出てしまった。
異性との関わりが薄かった身には、少々刺激が強い格好だ。
「驚かせてすみません。よろめきながら部屋に入る様子を見えたものですから」
扉を閉めて、こちらに近づく。
「少しでも、疲れを癒せればと思いまして」
ベッドの上に座り、膝を叩く。
「膝枕、どうですか?」
「……シャワー浴びてからでお願いします」
速やかに、しかししっかりと身体を清めて浴室を出る。
リエルは変わらず微笑みながら待っていた。
「さあ、どうぞ」
「……失礼します」
おずおずと、リエルの膝に頭を乗せる。
柔らかくて、暖かい。
「うわ……すげえ気持ちいい」
思わず顔がにやける。
多分、相当情けない顔をしているだろう。
「ふふ。喜んでいただけたようで良かったです」
ゆっくりと頭を撫でられる。
子供の頃を思い出す温もりと感触。
頭を撫でながら、リエルが口を開く。
「……ロウは、一人でここに喚ばれてしまったんですよね」
「寂しいと、思ったことはなかったのですか?」
──もちろん、ある。
テオドリックに呼ばれてから、出ていくまでの約半日。
ずっと家に帰りたかったし、両親に会いたかった。
影の国に助けられてからは必死すぎて物思いにふける暇もなかったが、こうしてゆっくりする時間を貰えると、どうしても思い出してしまう。
両親の声、家の匂い。
母親の飯の味、ガレージで働く父の姿。
「……もしも寂しくなったら、いつでも頼ってください」
「私は、いつでもあなたの側にいますから」
お腹の上を優しく、ゆっくりと撫でながら囁く。
その優しさと、ホームシックで涙が出てきた。
「……ありがとうございます。リエル様」
「今は、リエルで良いですよ。ロウ」
温もりと優しい言葉に包まれて、眠りについた。
翌朝、目が覚めると体力も気力も普段以上に漲っていた。
──リエルの膝枕が効いたようだ。
「ロウ。今日は調子が良いですね。昨日よりも十秒以上、魔力球を維持できています」
魔法の稽古を始めてから、初めてレインに手放しで褒められた。
「次は……もう一つ……!」
両手で作った魔力の球から片手を離し、空いた手でもう一つ作る。
そのまま両手で維持する。
「……何か、嬉しい出来事とかありましたか?」
レインが目を丸くする。
急激な進歩に俺自身も驚く。
だが、その驚きで集中が切れてしまい、球が弾けた。
「クソッもう一回……!」
それからもしばらく試したが、結局二個が限界だった。
それでもレインからは拍手を貰った。
「ロウ、今日は随分元気だな!よく眠れたか?」
「まあ、そんなとこだ!」
ジークとの組み手も順調だった。
相変わらず最後は負けるが、以前よりも長くやり合えるようになった。
ジークの動きが見える。
攻撃に対する防御とカウンターも、速やかに出せる。
咄嗟の判断には迷うところもあるが、それでもなんとかついていけている。
「この調子なら、そろそろ基礎訓練は修了できそうだな。もう一踏ん張り頑張れよ!」
「はいっ!」
会ったばかりの頃はよろめいていた背中への一撃も、耐えられるようになっていた。
ある日の晩。
いつも通り稽古を終えて、部屋に戻った。
気付けば、戻ってすぐに気絶するように眠ることはなくなった。
ちゃんとシャワーを浴びて、歯を磨いて、ベッドに入る。
今まで出来なかった当たり前が、出来るようになっていた。
「とはいえ、やっぱ疲れはあるな。寝よう」
ベッドに横になろうとした時、ノックが響いた。
「はい、空いてますよ」
俺の声を聞いて、扉が開く。
ノックの主はリエルだった。
以前とはまた違うパジャマ。
今回のは愛らしい意匠が入っている。
「隣、良いですか?」
「もちろん、どうぞ」
少し自分の座る場所をずらして、リエルの席を作る。
「聞きましたよ、最近調子が良いみたいですね」
リエルが座り、俺の目を見て微笑む。
「多分、リエル…のおかげだよ。この前の膝枕から、体力も気力も漲ってるんだ」
つい癖で様をつけそうになる。
二人でいる時は敬語でなくても良いと、リエルに言われたんだった。
「まあ。それは何よりです」
手を合わせて喜ぶ。
喜び方も気品があって、つい見惚れる。
「……では、今日も膝枕、どうですか?」
お言葉に甘えて膝枕を楽しむ。
疲れがとれていく確かな感覚がある。
「リエルの膝枕は不思議だな。こうしてるだけで、身も心も安らぐ。なんでだ?」
俺の問いに、微笑みながらリエルが答える。
「──秘密の、おまじないですよ」




