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幕間:黒騎士がいなくなった王国にて

王城内には、ある噂がまことしやかに囁かれていた。


“救世主が生きている”

“救世主は魔王軍に付いている”


廊下ですれ違う侍女たちが、声をひそめて囁く。

騎士たちは眉を顰め、兵士たちは怯えた様子で視線を交わしていた。


──そんなはずはない。


奴は──救世主・黒騎士ロウは、魔獣と戦って死んだ。

──ワシが、そう仕向けたのだ。


誘引魔法で魔獣を呼び寄せ、ユーゴ王に知らせた。

救世主の腕前を測ろうと王に提案して、奴を一人で魔獣狩りに行かせた。


部下の報告では、死体はなかった。

魔獣がその場で食い尽くしたか巣に持ち帰ったものと思っていたが。


王も既に噂は聞きつけているらしい。

呼び出しを受け、謁見の間に足を踏み入れる。


「ユーゴ王。テオドール・オズワルド、馳せ参じました」


片膝をついて礼をする。


「──早かったなテオ。相変わらず時間に余裕を持つ男だ」


王は背もたれに身体を預けたまま、口を開く。


「遅刻するよりは万倍マシですからな」


言葉を聞いて、王が軽く笑う。

すぐに笑顔が消え、本題を話す。


「さて……お前も聞いているだろう、“あの噂”についてだが」


「はっ!」


──やはり、奴のことだったか。


「部下の報告では、魔獣の出現地域に近い城門から出撃させて以降の足取りは不明」


「──既に一ヶ月以上経っておりますし、死んだと考えるのが妥当かと……」


頭を上げて所感を述べる。

王の顔を伺うと、やはり納得いってない様子だった。


「だが、城内に斯様な噂が回っているのは良くない。遠からず臣下から民へと噂は流れる」


「救世主が魔王の側に付いたとあれば、民は恐怖し、我々の大義を疑うだろう。それは避けねばならぬ」


淡々とした口調で話す。

言葉の重圧に、首を垂れそうになる。


「テオ。お前に裁量を与える。始末をつけよ」


「お前が隊を組織し、黒騎士が生きているのならばこちら側に引き戻せ。それが叶わぬなら──」


小さく息を吸う。


「──殺せ」


一際低く、強い声が響いた。


謁見を終え、廊下を歩く。

王の言葉を聞いてから、やるべきことは決めていた。


謁見の間の門番に言伝は済ませた。

応接間に入り、人を待つ。


「テオドール卿。入ります」


重いノック音と共に、狭そうに肩を縮め、身を屈めながら大男が入ってくる。


岩のような筋肉に覆われた身体に浅黒い肌。

頭髪を刈り上げた坊主頭。

扉の前で直立すると、二メートルをゆうに超える巨漢が目の前に現れた。


「うむ。よく来たな、タイカン・アームストロング」


「まあ座れ。紅茶でもどうだ?砂糖と菓子は……いらんのだったな、お前は」


焼き菓子と角砂糖を二人分手に取ろうとして、一人分に留める。


「お気持ちだけいただきます。卿」


丁寧なお辞儀の後、席に着く。

荒そうな見た目の割に、作法がなっているのが面白い男だ。


ティーカップを二つテーブルに置き、自分も席に着く。


「さて、早速本題に入ろうかの。タイカンよ、かの噂はお前も聞いておるじゃろう」


「──ええ。なんでも、救世主が魔王軍に下ったとか。召喚早々我らを裏切るとは、とんだ痴れ者です」


紅茶を音もなく飲み、タイカンが口を開く。

自分に都合の良い形で噂が流布されていることに、少し安堵する。


「そう。先ほどユーゴ王からもその話をされてな」


「お前と、お前の率いる部隊に救世主を連れ戻して欲しいのじゃ」


焼き菓子を手でちぎり、タイカンの目を見る。


「お前は我が国の騎士の中でも屈指の人格者」


「お前の言葉であれば、魔王に拐かされた救世主の心を取り戻すこともできるはずじゃ」


いざとなればその剛腕で叩き潰せ、という言葉は腹の底にしまい込んだ。

この男は清廉、誠実。

一応は味方になっていたであろう相手を殺せ、というのは酷だろう。


「──なんと。それほどまでに私のことを買ってくださっていたとは」


タイカンの顔が明るくなる。

これは、決まったか。


「タイカン・アームストロング。拝命しました」


立ち上がり、敬礼。

そのまま扉の前に歩いていく。


「では早速、部下たちにも知らせてきます。準備ができ次第、卿へ連絡しますので」


扉に身体をぶつけながらくぐり、閉じる前にまた礼をする。


扉が閉じてしばらく後、肩の力を抜き、背もたれに身体を預ける。


「ふぅー……全く、冷や汗ものじゃ」


正直、ハラハラした。

タイカンが純粋な男で助かった。


召喚したその日のうちに姿を消し、魔王軍に鞍替えしたなんて話、自分が騎士の立場ならまず召喚者を疑う。


一人静かに、焼き菓子を口に入れて紅茶で流し込む。


「──頼むぞ、タイカン。ワシの名声と、この国の安寧のために」

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