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影の国は、狙われていました。

レインたちの治療のおかげで、身体はかなり楽になった。

現実の医療だったらもっと長い入院生活だったろうが、魔法のあるこの世界では数日でほぼ完治した。


自らの足で、リエルの元へ向かう。

もちろん、事前にレインを通じて許可は取ってある。


「失礼します、リエル様」


扉を開けて、王の間に入る。


中央に幾何学模様が配置された床。

白と黒のコントラストを活かした空間。

ユーゴの城とは趣向が違うが、こちらも美しい大広間だ。


部屋には、玉座に座るリエルと側に立つ二人の側近がいた。

片方はレイン。

もう片方は、初めて見る顔だ。


長い赤髪と髪と大きなツノ。

赤い瞳。

頬の辺りには鱗のようなもの。

長く太い尻尾。

背の高い、片翼の男。


「お待ちしてました、ロウ」


レインが俺の方に歩み寄る。


「もう一人で歩けるのですか?」


「ああ、レインたちのおかげでな。感謝してもしきれない」


レインに連れられて、玉座の前まで歩く。

連れてこられるのではなく、案内されるのも、こっちに来てから初めてかもしれない。


「おう、お前が例の拾われた人間か、坊主」


片翼の男が俺を見て口を開く。

人間離れした威圧感。

頭からつま先まで見られるが、その目に敵意は感じなかった。

どちらかというと、興味の対象のようだ。


「もうすっかり歩けるようになりましたね、ロウ」


玉座から立ち上がり、リエルが俺の元に歩み寄る。


「リエル様。良くないっすよ、すぐそうやって近づくの」


片翼の男が片手で軽く制止しようとする。


「大丈夫ですよジーク。彼は悪い人の目をしていません」


慣れた手つきで手を下ろさせ、俺の手をそっと握る。

ジークと呼ばれた男は、複雑そうな顔をしていた。


「ジーク。自己紹介、忘れてるわ」


レインが彼の目を見て指摘する。


「分かってるよ。俺はジーク、見ての通り竜人だ。訳あって直接戦えないんだが、軍の総指揮をやらせてもらってる。よろしくな」


片手を振りながら名乗る。


「では、以前言っていた約束を果たしましょう。レイン」


「はい。それでは、外に行きましょうか。ロウ」


レインが俺の手を取り、出口に向かう。

今日は、リハビリを兼ねて城の外──影の国の街を歩く。


「無理はしないように。それと、帰って来たら感想を聞かせてください」


リエルが控えめに手を振る。


「戻ったらお前の事ももっと教えてくれよ坊主!“黒騎士”の異名はどこで取ったのかとかよ!」


ジークがからかい半分で声を上げる。

……どう説明したらいいものか、今のうちに考えておこう。


城を出ると、外は夜だった。

異様に大きな月と火の灯った街灯が、街を静かに照らす。


王国と違って、多種多様な種族が行き交っている。

ケモミミの生えた人。

下半身が馬の人。

獣人や鳥人。


初めて海外出張に行った時と似た感覚だ。

肌の色の違いが、耳や尻尾の違いに変わっただけ。

それも、お互いの違いを誰も気にしていない。

それが当たり前のように。

俺のいた世界よりも、ずっと自然に見えた。


「……こんな時間に出歩いて大丈夫なのか?」


レインの方を向いて聞く。

日本でも夜中の外出は多少警戒するものだったが。


「問題ありません。この影の世界には、昼という概念がありませんから」


「えっ」


昼がない?

北極とか南極ならそんな時期もあると聞いたことはあるが。

ここはどう考えてもそんな極地ではない。


「影の世界とは、言わば世界の裏側です。ロウがいた世界を“陽の世界”と私達は呼んでいます」


「ちなみに、今は陽の世界でいうところの午前十時くらいに相当します」


「……マジで?」


通りで人通りがあるわけだ。


「あ、レインさん」


歩いてる最中に、声をかけられた。

背の小さい、猫の獣人。


「あら、ミケちゃん。今日も店番?」


レインが屈んで目線を合わせる。


「はい。今日も美味しいお魚が入ってますよ」


ニコニコして軒先の魚に目線を移す。

見た感じは川魚とカニがメインのようだ。

異世界でも食物が似通っているとは、ちょっと興味深い。


「ところで、そちらの人間さんは?」


ミケが俺の方を見る。


「彼はロウ。最近ここにきたのよ」


レインが俺の手を軽く引く。

つられてミケに目線を合わせるように屈む。


「へえー。お兄さんもリエル様に助けられたんだ」


「アタシも同じ、助けられてここで働いてるんだ」


「ミケって名前もリエル様に貰ったの」


ムフーッと胸を張る。

とても可愛らしい。

つい、軒先の魚の串焼きを二尾買ってしまった。


「ミケ。もう少し街を歩いてくるから、また後でね」


「うん、また後で」


二人で手を振って、ミケの魚屋を後にする。


「ここで暮らす人たちは、みんな陽の世界から追いやられたり、命の危機に瀕したところを、誰かに助けられてここに住み始めたんです」


魚を片手にゆっくり歩きながら、レインが口を開く。


「最初はリエル様が人を助け、助けられた人がまた誰かを助けて」


「そうした繋がりが、今では国と呼ばれるまでに大きくなったのです」


「もちろん、希望があれば帰ることもできますが、大体の人はここで居を構えます」


なるほど。

それで街の雰囲気が柔らかいのか。

リエルが王様をやっているのも納得だ。


助け合いで国が生まれる。

少なくとも、俺のいた世界じゃありえない話だ。


「食料とか雑貨なんかは、どう賄ってるんだ?こっちにも川とかあるのか?」


夜しか無いなら、特に野菜なんかは採れるものも変わってくると思うが。


「可能な限り自給してはいますが、特に食料の多くは陽の世界に行って買ったり採集しています」


「どうしても、品質はあちらの方が優れていますから」


レインが少し目を伏せる。

確かに、食料事情を他国に依存しきっているのは危険だが。


「なんでそんな顔するんだよ。貿易で成り立ってるなら、それはそれで良いことじゃないのか?」


「……影の国は、正式に国として認められていません。そもそも存在すら知られていません」


「……ユーゴ・サンテールの治める”陽の国“を除いて」


レインが俺の目を見る。

その目には、様々な感情がないまぜになった複雑な思いが見えた。


「彼らだけが、ここの存在を知っています。だから、可能な限り外に痕跡は残したくないのです」


「痕跡を残すと、そこから辿られて彼らに攻め込まれてしまいますから」


僅かに拳を握る。

初めて、声に鋭さが混ざった。

それだけで、これまでここで何が起きたのか察することができた。


──待てよ。

ユーゴの城──陽の国では”影の国は悪、侵攻を止めて滅ぼすのが救世主の役目“みたいな事を言われた。


だが、ここの人たちの暮らしぶりは真逆だ。

彼らは慎ましく生きている。

侵略なんて望みそうになかった。


──俺からすれば、理不尽と変な期待を押し付けてくる陽の国の方が、生きづらい。


「彼らはこの土地が欲しいのです」


「ここは誰の目も届かない場所。都合の悪い存在を、“いなかった”ことにもできます」


「……これほど都合の良い土地、国を運営する者であれば、誰であれ欲しがります」


──それからもレインの話を聞きながら街を周り、城に戻ってきた。


「どうでしたか、街の様子は?」


リエルが直接出迎えてくれた。

ジークは仕事で席を外しているらしい。


「とても良い場所でした。隣人同士、助け合って生きている。俺には縁遠かった世界です」


「……陽の国で聞かされた話とは、真逆でした」


率直な感想。

やはり、俺にはここが悪逆な侵略国家だとは思えない。


「やはり、あなたもそう聞かされていたのですね」


リエルが少し俯く。


「ここは行き場のない人々の避難所。元々、軍隊を作るつもりもありませんでした」


「ただ、どこかからこの地のことが漏れてしまった。それから、陽の世界から──」


「リエル様!奴らが来ました!」


バタバタと鳥人の兵士が広間に駆け込んでくる。

見るからに薄い鉄板の鎧と、小さな盾と細い槍。

陽の国の重装兵と戦うのは正直、無理筋に思えた。


「分かりました。ジークの指示に従い、迎撃を。レイン、街の人たちを避難させて」


「はい、リエル様」


みんな慌ただしく動きだす。


俺は──


「ロウは──」


無意識に、言葉が口を突いて出た。


「俺も、戦わせてください」


ここの人たちには、良くしてもらった。

ミケだけじゃない。

新しい作業着を作ると言ってくれた羊の獣人。

俺とレインにソーセージの試食をくれた狼男。

他にも、色んな人が外様の俺を受け入れてくれた。


俺に出来ることは、少ない。

それでも、見捨てることなんてできない。


「──分かりました。あなた、彼をジークの元に案内して」


「はっ!さあ、こちらです!」


兵士に連れられ、城の外、城壁へ。


──恐怖は、無理やり押し込めた。


彼らの居場所が壊され、奪われる方が怖かったから。

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